双子・誘拐事件・4
体育倉庫の前で悶えている双子を放置して、晴くんと私は帰路に着いた。
晴くんは無言でずんずん歩いていく。そんな晴くんの顔を、私は心配な気持ちで見上げた。
「あの、晴くん……ほんまにあの二人のこと、警察に突き出したりせんよね?」
晴くんは一瞬ぴた、と足を止め、それからゆっくりと私を見た。
「……もし彩の体や制服に少しでも傷や汚れがついとったら絶対に許せへんし通報もやむなしやと思っとったけど。一応、目に見える場所にそういう異常は見当たらへんし、彩自身も傷つけられてへん、と言うんやったら……そこまでする必要はないんかもしれん」
「う、うん。私、そんなん望まへんよ。あの二人やって、思い込みでちょっとやりすぎてしまっただけなんちゃうかな……」
「彩はあいつらに甘すぎちゃうか?」
「え……」
晴くんは立ち止まったままじっと私を見ている。私の反応を見てるの?
もしかして私が、彼らに特別な感情でも持ってると思ってる?
もしそんな風に思われていたらショックだけど……でも今は、晴くんの方が傷ついているように見えた。晴くんが一番苦しんでいるように見えた。
私は、静かだけどじっと何かに耐えているような表情の晴くんの手をそっと握った。
「あのね、私が甘いんちゃうの。晴くんがめっちゃ怒ってくれたから、もう私が怒る必要がなくなってしまっただけやねん。こんなに私のために怒ってくれる人がおるんやったら、それならもうそれ以上の怒りなんていらんかなって。ごめんね、怒ってる晴くんの気持ちは全然よくないやんね。怒るっていういらんエネルギーを晴くんに使わせてしもとる」
「いや、これは……俺が勝手にしとることやから。彩が謝ることちゃう」
「……あのさ、晴くん」
私は晴くんの手をさらに両手で握りしめた。
「これ、私が勝手に思ってるだけやねんけど、晴くんはもしかして、自分に怒ってへん? 私を危ない目に遭わせたんは自分やって思って、自分を責めてへん?」
晴くんを見つめると、晴くんの瞳が揺らいでいるのが分かった。
……やっぱり。
「前もあったもんね? 私が他の人から傷つけられた時に、晴くんは私のことを助けてくれたのに、それより前に私が傷つけられるのを防げんかったって自分を責めてたやろ? そんなこと思わんといてほしいのに……。あの時も言ったけど、私が傷つくのを防げんかったことを悔やむんちゃうくて、危ない目に遭ってる私をちゃんと助けて、それを私がうれしいって思ってることを分かって。晴くんがそんな風に自分を責めてたら、私が辛いやん」
……この最後の言葉は、前に晴くんが私に言ってくれた言葉だけど。
私が自己嫌悪に陥っている時に、晴くんは私が私自身を嫌っていたら晴くんが辛くなるって言ってくれた。
だから今日は、私がその言葉を晴くんに返すよ。
私が危険に陥るのを防げなかったからって、自分を責めないで。それは晴くんのせいじゃないの。それより、晴くんが助けに来てくれて、私がどれほどうれしかったか、どれほど安心したかを知ってほしい。私にとってはそっちの方が大事なんだよって分かってほしい。
晴くんは少し泣きそうな顔をして笑った。
「ほんまに……彩はかっこええな。俺を救ってくれるヒーローみたいや」
「あれ、私、体育倉庫に私を助けに来てくれた晴くん見て、ほんまもんのヒーローやって思ってたよ!」
「そしたら俺らは、お互いにお互いのヒーローなんやなあ」
「ふふ、ほんまやね」
晴くんが私の腕を引き、強く抱きしめた。
晴くんにしては珍しい。晴くんはいつも、すごく優しく私に触れる。抱きしめる時だってそうだ。
でも今、晴くんはすごく強い力で私を抱きしめている。
私も自分の精一杯で晴くんに強く抱きついた。
私たちは呼吸が苦しくなるくらい、強く、強く抱きしめ合った。
私たちはしっかりと手をつないで歩いていた。
空はもう真っ暗で、星が瞬いていた。西の空も、ほんの少しの明るさも残していない。当然だよね、これだけいろいろあったんだから……ずいぶん時間も遅くなってしまった。
いろんなことがあって疲れているはずなのに、気分はすっきりしていた。……晴くんの心の中にずっとあった怒りの感情も、今ならもう消化できているかもしれない。
「……あいつらにちょっと厳しくしすぎたんかもしれんなあ」
晴くんがぽつり、と言った。
「何百回注意してもいらんことばっかりしでかすから、練習に参加させへん期間もどんどん伸びてしもてなあ。あいつら、ああ見えてもアホみたいにハンドにはまっとるやつらやからな。だいぶん鬱憤がたまっとったんかもしれん」
「そうなんや?」
そういえば私、あの二人が部活中どんなのか全然知らないや。以前部活見学に行った時は、目立つ二人がいつも女の子から黄色い声を浴びせられてるなあ、と思っていたけど、私自身は晴くんしか目に入ってなかったし……。二人に部活中の晴くんのことを質問したりはしたけど、二人自身のことは聞いたことがなかった。
「どんだけ厳しい練習させても、あともう一回筋トレやれば、あともう一本シュート打てばもっとうまくなると思って、時間忘れていつまでもやっとるようなやつらや。そんなやつらからハンド取り上げてんから、そらどんな手を使ってでも練習に戻ろうとするやんな」
「へえ!」
あの二人、自信家だし女の子に人気があって当たり前って思ってるっぽいし、もっとチャラいんだと思ってた!
そんなに真面目にハンドボールに取り組んでる子たちだったんだ!
ん? いや、それなら……
「ねね、そんなハンド馬鹿みたいな二人が、晴くんのことめっちゃ褒めてたで! 試合でミスしないから、あの人はすごいって本気で言っとった! 敵も味方もだますようなパスして、晴くんから来たパスでシュートするんめっちゃ気持ちいいって! だから私、やっぱり晴くんはすごい人なんやって思っててん」
「あいつらが?」
「うん」
「そうか……」
晴くんは少し考えるように空を見つめた。
「今日のことで、また罰を与えて練習禁止にしとったら、いつまでもこんなことが続いてまうな。だからと言って全然なかったことにはできんし。……しゃあないから妥協案を出すか」
「妥協案?」
「ああ。普段より一時間早く朝練に来て、その日の雑用をすべてこなす。終わらんかったら昼休みもやる。それでも終わらんかったら夕練が終わった後にやる。部活の時間以外に雑用をやらせて、部活自体には出られるようにする」
……なるほど! やったことの責任はちゃんと取らせるけど、でも二人がどうしてもやりたくて仕方なかったハンドボールを奪うことはしないんだ。それならあの二人、大喜びで雑用だってやっちゃうんじゃないかな?
「それええやん! ちゃんと罰としてやるべきことはやらせて、そんで大好きなハンドもしっかりできる。ハンドがちゃんとできたら、あの二人も心を入れ替えるかも?」
「入れ替えることはないと思うけどな。三つ子の魂百までやし。あいつらは変わらんやろうけど」
でも大好きなハンドができるなら、あの二人ももう余計なことは考えたりしないよね?
すごくいい!
「晴くんさすがやね! めっちゃええ案やん!」
「これ以上彩になんかあったら困るからな」
晴くんが私を見つめ、微笑みながら頭をなでる。
私も手を伸ばして晴くんの頭をなでた。
私たちは顔を見合わせて笑った。
「ふふ、大丈夫。なんかあったらまたヒーローが助けてくれるから!」
そう、いつだって晴くんが駆けつけてくれる。私を守ってくれる。だから私、何も怖くないよ。
そして、晴くんの心は私が守ってあげる。
物理的に敵と戦う、とかは……私には無理だけど。でも心なら。
私はずっと晴くんと一緒にいるよ。寄り添ってる。晴くんが私にそうしてくれるように。
だからこうやって、ずっと手をつないでいようね。




