彼方と悠太・4
晴くんと一緒に校門を出た私の足取りは軽かった。
スキップしたいくらい!
外はもう時間が遅いから暗くなっているけれど、今日は満月だ。思ったよりも明るい光が私たちを照らしていて、心も明るかった。
今日は何だかいろんなことがあったけれど、晴くんは変わらなくて、ちゃんと私のことを信じてくれていて。部活中の晴くんのこともちょっと知れたし。
双子に私が晴くんのこと好きって訴えているのを聞かれたのは……恥ずかしすぎるけど……
でもあの二人のことだから、自分に関係のない話はどうでもいいか、すぐに忘れるか、なんじゃないかな? そうであることを願おう。
にこにこしている私を、晴くんも笑顔で見つめていた。
「ずいぶん機嫌が良くなったな。図書室では顔色悪かったから心配やったけど」
「図書室では、ちょっとね……いろいろあった後やから不安で疲れてたんかも。でも今は晴くんが一緒やから平気!」
「ごめんな。うちの部員が彩を疲れさせてしもて」
「あは、全然かまわんよ! あの二人のおかげで、部活中の晴くんのことも少し分かったし」
双子も、何だかんだ言って晴くんのこと尊敬してるっぽかったし……さすが私の晴くん!
私は晴くんの顔を見上げた。私の視線に気付いて、晴くんも私を見る。
私が晴くんを見つめたまま話さないので、晴くんは不思議そうに首をかしげた。
「どうかしたか?」
「あの時とそこまで表情に違いはないと思うのに……それやのに、あの体育館でうちらを見とった時と今の晴くん、全然違うなーって思って」
「そうか?」
「うん! 今はね、あー、この人、私のこと好きなんやなーって分かる顔してる!」
晴くんはやわらかく表情を緩めた。
「そらそうやろうな。彩しかおらん場所で、彩を見とるのに、気持ちを隠す必要なんてひとつもないからな」
「うん。私が晴くんのこと好きやなって思ってるんも分かる?」
「当然分かる。図書室でもあんなに訴えられたしな」
「あ、あれは……ちょっとあの場ではやりすぎてしもたっていうか……忘れてほしいわけちゃうけど、蒸し返さんといてー」
私は恥ずかしくなってぎゅっと目を閉じた。
晴くんがふわっと頭をなでてくれる。
「あんなに一生懸命好きやって言ってもらえて、感動せんはずないで。あれが図書室やなかったら、すぐに彩を抱きしめて離さんかったのに」
晴くんの言葉で、声で、晴くんが本当にそう思っていたんだなってことが分かる。
私は晴くんの手をぎゅっと握った。
「……そしたら今は?」
「うん?」
「今は……ここは、図書室ちゃうよ。それで、周り誰もおらんけど……」
晴くんをじっと見つめる。ほんとは恥ずかしいけど! こんなの、明らかに誘ってるよね?
でも……晴くんなら、私がこんなことを言っても、あきれたりしないんじゃないかなって……
私がどんな心の中を打ち明けても、それを知れてうれしいって言ってくれる晴くんなら、私のこの気持ちだって受け入れてくれるんじゃないかなって思って。
晴くんは私を見つめて優しく笑った。
そして思った通り、私を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめてくれた。
あたたかい晴くんの体。
ハンド部の大柄な人たちの中にいると、晴くんは小柄に見えるけれど、一緒にいると普通に身長が高くて体もめちゃくちゃがっしりしている、大きい人だ。
その晴くんの腕にすっぽりと包まれている。
ああ、晴くんに抱きしめられるのって、どうしてこんなに気持ちいいんだろう?
晴くんが着ている服の感触とか、その下にあるしっかりした晴くんの体とか。触れるはずがない晴くんの心とか、心臓の動きとか、全部伝わってくる。そして私の心と、鼓動と混ざり合って、私たちが一つになったような不思議な気持ちになる。
こんなにも心地いい場所がこの世にあるなんて。
「晴くん……なんで晴くんってこんなに気持ちええん? 催眠術でも使ってる?」
「催眠術?」
「うん……私気持ち良くってこのまま溶けてしまいそうや」
晴くんの腕の中で私はうっとりしながら話した。こんなにあたたかくて、こんなに優しい場所ほかにはない。
「俺もめっちゃ気持ちええ。でも彩が溶けてしもたらもう抱きしめられんくなるから、溶けへんように頑張ってもらわなあかんな」
私はあは、と笑った。
こんなに気持ち良くてとろけてしまいそうなのに、我慢なんてできないよ。
「そしたら、晴くんも溶けてしもたら良くない? 二人で溶けちゃえば、混ざるやん!」
「混ざるんは……ええけど、ここでそうなると排水溝に流れてまうからな……」
晴くんが真面目な声でそんなことを言うものだから、私の口からぐぐ、と変な声が出た。
「もう、晴くん、普通に素でおもろいやん! 排水溝って!」
私は晴くんの体に抱きついたまま、体を揺らせて笑った。
晴くんて、もしかして天然なのかも? 私を笑わせたくておもしろいこと言う練習しようかな、って言ったり、二人で溶けあったら排水溝に流れちゃう、なんて言ったり。
おもしろいこと言おうとしなくたっておもしろい!
「彩がおもしろいと思ってくれるんやったらええけど……そんなおもろいこと言うたかなあ」
「それが分かってへんのが晴くんのええところやね。ちゃんとめっちゃおもしろいよ!」
私は晴くんの胸にぐりぐりと顔を押し付けた。
晴くんは、本当に私にとって完璧な人だ。すごーく私のこと好きでいてくれて、優しくって、そしておもしろい! 頭もいいし、かっこいいし、部活でも部長をやっていて後輩に尊敬されている。こんなスーパーマンみたいな人が、私をこんなに大切にしてくれている。
「私、前世でどんな徳を積んだんやろ? 晴くんみたいなすごい人が、こんなに私を好きでいてくれるなんて不思議でしゃあない」
晴くんはゆっくりと私の頭をなでた。
「……俺からすると、それは丸ごとこっちのセリフやねんけどな。彩みたいにかわいくて愛情深い彼女がおって、俺の人生はここがてっぺんなんかなあ、と思ってまう」
「へへ、そんなん言ってもらえてうれしい」
まるっきり私たちってバカップルだなって思う。こんな風にお互いに目がなくて、好きでたまらなくって……
でも、これが幸せなの。こんな風に二人で幸せな気持ちを伝えあう。こんな時間が、私たちのすべての行動の原動力になる。
私たちはお互いの頬をくっつけた。晴くんの体は私より熱いけれど、二人の頬はちょうど同じくらいのぬくもりだった。
「晴くんのほっぺた、私と同じ温度やね。気持ちいい」
晴くんが少し顔を動かすと、二人の頬がより密着した。二人で顔をくっつけていると、キスしているわけじゃないのにすごくどきどきして、目を開けているので周りの景色もよく見える。
ああ、夜の街のこの風景。これ以上ないくらい晴くんとくっついて目に入ってくる風景が、現実のものじゃないような気がする。夢を見ているような、絵画を見ているような、不思議な感覚だった。
私たちが頬をすり合わせて心地良さに浸っていると、遠くの方で聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「クッソー、こんなとこでまでいちゃついとる! 爆発しろ!」
「おいカナ、部長に聞こえるで。明日からのこと考えろ」
「どうせ二人の世界やから外野の声なんか聞こえてへんやろ!」
私たちは顔を見合わせた。
この声……あの双子じゃないか。
私たちは体を離して、でもしっかり手はつないで二人の方を向いた。
「全部聞こえとるけど」
晴くんが言うと、二人の足が私たちの10m手前でぴた、と止まった。
「あ、あれー? 部長やないですか! おつかれさまです! 今帰りですか? 偶然っすね! 俺らもなんす!」
慌てて早口で話すカナくんを、ユウくんがあきれた目で見ている。
ほんと、この二人っておもしろいなあ。
私は笑顔で隣の晴くんを見上げた。
「あの二人って……めっちゃ振り回されるけど、なんか憎めへんよね。私は一人っ子やけど、もし弟がおったらこんな感じなんかな? って思ってまう」
私の言葉に、晴くんは少し目を見開いて肩をすくめた。
「彩にあんな弟がおったらたまらんな。弟ちゃうくて良かった」
「え、そう?」
「ああ。あんなんが弟やったら、彩はずっとあいつらがなにしでかしとるか心配してそれで頭がいっぱいになってしまいそうや。そんなん嫌やんか」
あれ。……晴くんって、意外とよくやきもち焼くよね。
私はうれしくなってふふ、と笑った。
私たちのところに、カナくんとユウくんが近付いてきた。
「部長、ほんで、明日からの練習についてなんですけど……ちょっと交渉させてほしいなーなんて!」
話しながらやってくる彼らに、晴くんはくるりと背を向けた。
晴くん?
晴くんはそのまま私の手を引き、駅の方に歩き出した。
「え、部長!」
晴くんを呼ぶ彼らの方を振り向くことなく、晴くんは私を見た。
「せっかく二人でおるのに、あいつらの相手しとったら貴重な時間がなくなってまう」
「え……晴くん、ええの?」
「どうせ明日の朝も夕方もあいつらには会うからな。そん時にいくらでも時間が取れるねんから、わざわざ今彩との時間を犠牲にして相手をする必要はない」
えー! それは……そう言われれば、確かにそうなんだろうけど。
やっぱりこれは、あれかな。やきもち?
「部長、待ってくださいよ!」
「俺らの誠意を見てください!」
「彩、ちょっとだけ急げるか? はよ行こう」
晴くんはさっきよりも強く私の手を握りしめた。
その強い感触がうれしくて、私の胸は高鳴りっぱなしだ。
夜の街を、しっかりとした足取りで私の手を引き歩いていく晴くんが頼もしい。
この人と一緒なら、手をつないでいれば、どこにだって行けるのだと思った。
空はもう真っ暗で、大きな丸い月が私たちを照らしている。
その月の光は、私たちの行く末を照らしている道しるべのように見えた。




