彼方と悠太・3
すごく息苦しくて辛かった。
そんな私の肩に、そっと手が置かれた。
……分かる。これは晴くんの手だ。
私はぴく、と動いて目を覚まし、すぐに晴くんの手を握った。晴くんが離れていかないように、必死でつかんで、両手でぎゅっと握りしめた。
「彩? 寝とったか?」
「晴くん」
私は顔を上げて晴くんの顔を見た。晴くんは少し驚いたような表情をしていた。
私は必死で晴くんに訴えた。
「晴くん、誤解せんといて。私が好きなんは晴くんだけやの。私は確かにあの二人とおっても笑ってるけど、それはただ単に二人の話がおもしろいから笑ってるだけやねん。晴くんとおる時とは違う。晴くんと一緒におる時は、私、おもしろいだけやなくて、めっちゃ楽しくて、うれしくて、胸が痛くなるくらい幸せで……それで自然と笑顔になってしまうねん。私が心から幸せな気持ちで笑えるんは、晴くんと一緒におる時だけやの。私が好きなんは晴くんだけやねん。お願いやから信じて」
「彩」
晴くんは私の言葉に戸惑っているようだった。
……戸惑うって、どうして? やっぱり晴くんは、あの二人の言葉の方を信じてしまったの?
これ以上晴くんにどう説明したらいいのか分からなくて、私は晴くんを見つめたまま唇をかんだ。
そんな私の様子に気付いた晴くんは、はっとした表情になって、すぐに私に近付いた。
一瞬躊躇してから晴くんはかがんで、座っている私と目線を合わせ、そしていつもの……私が大好きな優しい目をして私を見つめた。
「信じるもなにも、最初から全部分かっとる」
「……え?」
全部分かってるって……何が? いったいどれを、全部分かってるの? 私が晴くんを好きってこと? 双子のことは好きじゃないってこと? 晴くんと一緒の時だけ、本当に幸せに笑ってるってこと? それともそのすべて?
晴くんの『全部』って、どの全部なんだろう……って気持ちと、目の前にいるのはちゃんといつもの晴くんなんだ、という安心感で、私はじっと晴くんを見つめた。そんな私を晴くんも静かに見つめている。
……ああ、見つめ合ってるだけで幸せだ……
私がそんな風に思っていたら、突然晴くんの後ろで大きな声が聞こえた。
「はー! まじでなんやねん! 俺ら一体なに見せられとるわけ!?」
突然の大声に私がびくっとすると、晴くんがなだめるように私の肩をぽんぽん、と叩いた。
そして後ろを振り返った。
「彼方。ここが図書室って知っとるか? でかい声出すな」
「分かっとりますよ! でもこれ、なんの時間っすか!? なんで俺ら、部長が彼女といちゃついとるところ見せられなあかんのですか!?」
「あれやな。俺らはいわゆる当て馬ってやつか?」
どうでも良さそうなユウくんの声も聞こえる。……え、二人ともいるの!? ということは……さっきの私が話してたこと、全部聞かれてた!?
私の視界には晴くんしか入っていなかったけれど、少し体をずらして晴くんの後ろを見ると、確かにあの二人、カナくんとユウくんがふてくされたように立っていた。
カナくんは苛ついたように地団太を踏んだ。
「当て馬あ~!? この俺様をそんな扱いするとか、何様のつもりじゃ!」
吐き捨てるように言うカナくんを、晴くんが振り返ってじっと見る。
晴くんに見られたカナくんは、蛇に睨まれた蛙みたいに背筋をピシッと伸ばして固まってしまった。
「あ、はい、部長の彼女様でしたね。俺がたいそう悪うございました」
……あー、駄目だ、やっぱりおもしろい。カナくんが話しているのを聞いていて、私は思わずぷっと笑ってしまった。
晴くんはそんな私を優しく見つめた後、再び二人に視線を移した。
「……で? お前らは彩に言わなあかんことがあるんとちゃうんか?」
「あ、はい! 先ほどは俺らのさぼりに付き合わせ……やなくて! えーと」
「俺らのくだらない戯言に巻き込んでしまい申し訳ありませんでした!」
「これからは心を入れ替え彩さんを俺らの妄想に巻き込まないことを誓います!」
カナくんとユウくんの二人がまるで選手宣誓みたいに、交互に私の前に出てきてそんな風に言うものだから、私は目をぱちくりさせた。
何これ?
「彩を下らんことに巻き込んで申し訳ないって謝罪や。許してやってくれ」
晴くんが簡潔に説明してくれる。……あ、そういうこと……
「え、えーと、私は別に……晴くんが誤解してへんのやったらかまわへんっていうか。二人のおしゃべりはおもしろいし、私が君たちのファンやとか、君たちのこと好きやとかそういうことさえ言わへんかったら全然かまわんから……」
「「あざす!」」
「省略するな」
「「ありがとうございます!」」
「彩が許す言うんやったらお前らはもう帰ってええよ」
「「はい! おつかれっした!」」
大きな声で返事をして、二人は猛ダッシュで図書室を出て行った。図書室の出入り口のところで、先生に騒がない! 走らない! と叱られながら。
二人が走り去った後、図書室は急にしーん、と静まり返った。
晴くんが私を見つめて、そっと頬に触れる。
「……もしかして俺はまた彩を不安にさせてもうたか?」
「え……」
不安……は、確かにそうだった。晴くんを絶対に信じるって気持ちもあったけれど、どこか不安で……
そうだ、晴くんが、あの二人の言葉を聞いた後、無表情で私を見ていたから。
でもそれはきっと部活中だったからだろうし……結局私が勝手に不安になっていただけだ。
私は私の頬に触れている晴くんの手に、そっと自分の手を添えた。
「……ううん、信じてたもん。晴くんは誤解したりせんって。うちら、めっちゃお互い好きやもん。それ分かってるから、平気」
「その割にさっきは俺に必死で誤解するなって言うとったけど」
「あ……あれは」
「彩があんな風に言ってくれるん、めっちゃうれしいけど、後ろにあの二人もおって聞いとるし、どうしようかと思った」
ひえー! やっぱり聞かれてたよね、そうだよね……
ああ、穴があったら入りたい……というか、穴がなくても掘って入りたいくらい恥ずかしい……
「うう、だって、嫌な夢見て……晴くんが私よりあの二人の言うことを信じる夢見てしもたから……」
「あいつらはすぐ話を広げすぎる、言うとったやろ。またなんか言うとるなあ、くらいにしか思ってへんかった」
ああー! やっぱりそうだよね……
「でも、じゃあ、なんであの時、うちらのことめっちゃ無表情で見てたん? もしかしたら普段から部活の時はあんな感じなんかと思ってたけど、私はあんまり晴くんにああいう表情で見られることないからどきっとしてもて……それに、私が晴くんに話しかけようとしてもすぐに体育館の扉閉めて行ってしもたし」
「あの時? あの時は……とにかくあいつらをさっさと彩から離さなあかんと思っとった。あの調子やったらいつまでも彩が絡まれて大変な思いすると思ったから。だからあいつらに表情でも分からせなと思っとってんけど……。それからあいつら、走って体育館の中に行ってしもたから、下手なこと始めんようにはよ監視せなと思って急いどってん」
……そういうことかあ。なるほど。聞いてみれば、全部つじつまが合う……
あの、二人を叱らなければいけない状況で、私を見てにこにこしてる場合じゃないもんね……
それに確かにあの二人、新技を完成させたくて、練習の合間でもこそこそやってたみたいだから、体育館の中にいる間は目を光らせていないといけないっていうのも分かる。
……なあんだ。思った通りだ。
やっぱり晴くんは私の知ってる晴くんだった!




