彼方と悠太・2
私がちょっと食い気味に二人を見つめていると、そんな私を見た二人が眉をひそめて目を合わせた。
「……おい、ユウ、これ……」
「……ああ、カナ。言いたいこと分かるで」
二人がお互いにしか分からなさそうなことを言っている。今度は何だろう?
二人は私をちらちら見ながら話している。
「こんなん俺でも分かるで。これはもう正に恋する女の目ってやつやろ。ほらあの顔、見えるか?」
「当たり前やろ。これ見えんかったら、視力悪いどころの話ちゃうわ。失明レベルや」
……え! 私、そんなに周りが見ても丸分かりなくらい、晴くんに恋してるのが分かっちゃう?
やばい、ほっぺた緩んでたかな……
だってもっと晴くんの話が聞きたくて。部活をしている時の、私の知らない晴くんをもっと教えてほしいって思って……
でもそんなにあからさまだったかな、と私は少し恥ずかしくなってしまった。
たぶん顔が赤くなってしまった私を見て、更に二人は真剣な顔をしてうなずく。
「……どうするよ、ユウ」
「ほんまやな。まさか部長の彼女が、俺らにガチで惚れるとはな。ほんまイケメンは辛いで」
二人の言葉に私は文字通り目をひん剥いた。
な、何それ!?
二人はすごく意識しているっぽいキメ顔で私を見つめた。
「彩さん、悪いな。部長を捨ててまで俺を選んでくれる気持ち、めっちゃ分かるで。そんなん止められへんやんな。でも、すまん。俺は言うなればハンドボールが恋人やねん。彩さん一人のもんにはなられへん。な? ユウ」
「あー、俺は彩さんがめっちゃメシ食わせてくれるんなら、彩さん選んでもええで。その代わり俺めっちゃ食うから覚悟しといて」
「はー!? なにお前裏切っとるねん!」
「うっさい! 俺はとにかく腹減っとるんじゃ!」
ユウくんがカナくんを蹴飛ばし、怒ったカナくんがユウくんに殴りかかる。
二人がつかみあいの喧嘩を始めたので、その突然の展開に体がすくむ。
同時に私は途方に暮れていた。
何これ? この二人は本気で言ってるの? まさか。
そして、目の前でものすごい兄弟喧嘩が始まってしまって、もうどうしたらいいか分からなくて私は動くことができなかった。
すると、体育館横の扉が重い音を立てて開いた。
「……お前ら、全然反省する気ないんか」
晴くんが来てくれた!
良かった、晴くんなら何とかしてくれる。
……そして、部活中の晴くんが近くにいる、と思うと、それだけでうれしい気持ちも湧き上がってきた。
私はすがるように晴くんを見つめた。
晴くんは、双子のそばに私がいたことに気付いて驚いたように目を見開いた。
「……彩?」
双子にあまりにもびっくりさせられて、うまく声が出てこなかった私は、晴くんを見つめてこくこく、とうなずいた。
二人は晴くんが現れたので、一応殴り合いはやめたけれどつかみ合ったままフリーズしている。
晴くんはまた二人に視線を移した。
「どうやらお前らはもう練習に戻る気はないみたいやな」
「え! ちゃうんです、部長!」
「そうそう! えーと、ほら、彩さんが! 俺らに夢中になってもて! 部長捨てて俺らを選ぶ言うから、それはやめとけって言う俺と、食いもんくれるんならオッケーや、言うユウで意見が食い違って! そんでちょっとこんな感じに!」
めちゃくちゃ早口で、さらに大声で言うカナくんにまた驚かされる。
だから! 何言ってるの!? 全然、何もかも違うんだけど!
私が助けを求めて晴くんを見ると、晴くんは無表情で私たちを見ていた。
……え?
え、晴くん、どうして……
「反省するべき時間に結局そんなくだらんことやっとったんか。お前らは放置してもしゃあないことが分かった。体育館に戻れ」
「ぶ、部長! 許してくれるんすか!」
「あほか。理解力どこに置いてきてん。お前らは今週いっぱい練習には参加させん。全部雑用しとけ。まずはすべてのボールをホコリ一つ残さんように磨くこと。さっさと行ってやれ」
「え! そんな!」
「口答えする暇があるんならはよしろ」
「やっぱり鬼や……!」
二人は歯を食いしばり、でも反抗しても無駄だと悟ったのか走って体育館の中に入っていった。
……晴くん……
え、まさか、誤解してないよね?
まさかだよね。晴くんがそんなこと……あの二人の言うこと、うのみにしたりしないよね?
晴くんを信じているけど、確認しないと不安で、私は体育館の中に戻ろうとする晴くんに声をかけた。
「あ、あの、晴くん」
私の声を聞いて一瞬足を止めた晴くんは、私と視線を合わせなかった。
「……まだ部活中やから」
そう言って、晴くんは体育館に入って扉を閉めた。
私は一人でその場に取り残されてしまった。
とぼとぼ図書室まで歩いていって、いつも座る席に行き、私は机に突っ伏した。
晴くん……
まさか、だよね? 誤解なんてしてないよね? 今まで私たち、あんなに気持ちを確かめあったもんね? あんな……あの二人の言葉で、晴くんが簡単に私の気持ちが離れたなんて考えるとは思えない。
え、でも、もしかしてあの二人の言葉って、そんなに晴くんにとって信頼できるものなの? 私よりも。
そんなことある?
でも晴くんはきっと、私なんかよりあの二人と部活で長い時間一緒に過ごしてきたはず。
あの、晴くんのまったく感情が読めない表情を思い出す。
……嫌だよ。そんな顔しないで。いつもの穏やかなあたたかい表情で私を見て。私のことを大切に思ってくれていることが視線だけで分かるような、そんな目で私を見て。
……ううん、でも晴くんは部活の最中だったし……仕方ないのかも。
部活を頑張っている時に、私のことなんて考えてたら集中できないから……
部活をしている時の晴くんを知りたいって思ったのは私じゃないの。だから、部活中の晴くんがどんな風であれ、ショックを受けたりしちゃいけない。
そうだよ、晴くんは部活中だったから。
だから……誤解したわけじゃないんだよね?
ああ、嫌だ。こんなもやもやした気持ち、嫌。
早く晴くん、来て。ちゃんと会って、目を見て話そう。
ちゃんと向かい合って話せば、私たちに乗り越えられないことなんてないでしょう?
夢を見ていた。
晴くんが無表情で私を見つめている。
そんな晴くんに、私は必死で弁解していた。
「晴くん、ちゃうねん。あの二人が言っとったこと、全部誤解で……。私はあの二人に晴くんのこと聞いてただけやねん。私の知らん、ハンドボールしてる時の晴くんを知りたくて、二人に教えてもらってただけで。別に二人に対してなんか思ったりとかしてへんし。お願い、信じて」
晴くんは表情を変えずに答える。
「でも、彩はあの二人と話してたら楽しいんやろう? おもしろくて笑顔になるんやろう? 彩を笑顔にできるんは、俺やなくてあの二人なんちゃうんか」
どうして。違う!
「そんな……確かにあの二人のしゃべってるんはおもしろいから笑ってまうけど、それと晴くんと一緒にいて笑ってるんは全然違う。違うねん」
ちゃんと説明しなくちゃ。確かにあの二人といる時も、晴くんといる時も、私は笑っている。でも違うの!
「俺はあいつらみたいにおもしろいこと言えるわけやないしな。彩がもっと笑顔でいられる相手を選ぶんも仕方ないんかもしれん」
嫌だ。そんなこと言わないで。違うの。
好きなの。
私が好きなのは晴くんなの。晴くんだけなの。信じて。




