ふたりで、その先へ
二人でたくさんおしゃべりして、ゆっくりゆっくり歩いていたつもりなのに、とうとう私の家の近くまでやって来てしまった。
次の交差点。あそこを左に曲がって数分歩けば私の家に着いてしまう。
家に近付くにつれ、私の足は重くなって、そしてできるだけ別れの時が近付いていることに気付かないふりをするために、それまでよりも口数が多くなった。
……でも晴くんは、そんなの許してくれない。
ちらっと時計を見ながら私の話が途切れるのを待っているのが分かった。
「あのね、それで、茜がいっつも彼氏と遊びに行った話するねんけど、私はあんまりよく分からんから、ただうんうん、って聞いてるだけやってん。でもこれからは茜に晴くんと一緒に行くんにおすすめの場所とか教えてもらえるかなあ?」
「ええな、いろいろ教えてもらおうな。……彩」
切り替えるように晴くんが私の名を呼ぶ。
嫌だ、もう終わりだなんて言わないで。
……でもそれを口に出すことができなくて、私は黙ったままうつむいた。
「今日、朝も夜も彩に会えてほんまにうれしかった。俺に付き合ってくれてありがとう。でもあんまり遅くなるんも良くないし、今日はもう家に入ったほうがええ」
……晴くんがそう言うだろうって分かってた。晴くんが遅い時間まで私を外にいさせようとするわけがないもの。
でも、まだ離れたくない。バイバイって言いたくない。もっと一緒にいたい。
私、わがままを言ってもいいんでしょ? それなら、離れずに、ずっと一緒にいたいって言ってもいいでしょ?
私の素直な気持ちはそれだけど……
もちろんその気持ちを、晴くんに言うことだって今の私ならできる。
でも。
……いくら馬鹿な私だって知ってるよ。私がわがままを言ったって、時間の流れは止められない。どれだけ時が止まってほしいと願ったって、今も時間は進んでいっている。
私たちは絶対に離れないといけない。
私が立ち止まってうつむいていると、晴くんが私と向かい合わせに立って、私の肩に手を置いた。
「彩、今日はほんまに楽しかったしうれしかった。……大丈夫か? 家に入れるか?」
嫌だ。まだ帰りたくない。
私はうつむいたままぶんぶん、と首を横に振った。
「……嫌や。晴くんとまだ一緒にいたい。……晴くんは違うん? 晴くんはもう私と離れてしまってええん?」
「もちろんずっと一緒にいたいに決まっとる。でもそうも言ってられへんやろ。彩はちゃんと家に帰って、安全な場所におるって俺を安心させてくれ」
「晴くんと一緒にいたら安全やもん。なんも怖いことないもん」
「でもそんなん、世間はそうは思ってくれへん。俺らはお互いにちゃんと自分の家に帰らなあかん」
そんなの。……そんなの分かってる。分かってるけど、離れたくないの。ずっと一緒にいたいの。そう思うのは駄目なの?
晴くんはどうしてそんなに平気な顔をしているの? 私はこんなに晴くんと離れるのが辛くて哀しいのに。離れたくなくて仕方がないのに。晴くんは口では私と一緒にいたいって言っているけど、本当はそんなこと思ってないの? いつまでも離れたくないと思うほど好きなのは、私だけなの?
哀しくて涙が出てくる。
私、駄目だな。晴くんと一緒にいると、ものすごく泣き虫になる。こんなに簡単に泣くような人間じゃないと思ってたのに……
「……彩」
晴くんがそっと私の涙を指で拭った。
私はぐっと唇をかんだ。
「こんなに哀しいのに……こんなに好きで仕方ないん、私だけなん?」
晴くんがゆっくりと私を抱きしめる。
哀しい、哀しい、哀しい。
晴くんが今私を抱きしめているのは、私を絶対に離さない、という意思表示のためじゃなく、ただ泣いている私をなだめるためだ。それがすごく哀しかった。
「彩が寂しくて泣いとるのに……ごめんな」
晴くんの声は穏やかだ。感情的になってしまっている私に引っ張られたりしない。すごく静かだけど、私のことを想っている、真心を感じる声だった。
「ほんまにごめんな。でも俺はうれしいねん。彩がそんな風に感情をあらわにしてくれることももちろんやけど……。今別れて、これだけ会いたい気持ちを募らせた俺たちが、次に会う時にどれほどうれしくなるやろうって考えると、それだけで幸せで仕方なくなるねん」
晴くんの言葉に、私は顔を上げた。
晴くんは涙でぐしょぐしょの私の顔に愛しそうに触れ、ゆっくりと涙をなぞった。
「たった半日別れていただけやのに、さっき会った時にほんまに彩がかわいくて、いじらしくて、会えた喜びで胸がいっぱいになった。それでまたこうやって、二人で楽しい時間を過ごして、別れて。もちろん離れるんはほんまに寂しいし、辛いと思う。でもその寂しさが大きいほど、次俺らがまた顔を合わせた時の喜びは大きくなるんやろうなって、もう今から分かる。それが楽しみで仕方ないねん」
「え……」
晴くん、そんなこと考えてたの?
私たちが、次会う時……そんな先のことまで今から考えていたの?
……確かに、こんなにお互いに本音を見せあって、楽しくて仕方ない時間を過ごした後に、身を切られるような別れを経験してしまったら……。そうしたら、次会う時の喜びなんて、きっと今日の比じゃないよね。うれしくて仕方なくて、また会えた喜びが爆発しちゃうくらいだと思う。
……そんなことまで考えていたの?
私は、ただ今の幸せのことしか考えていなかったのに。
今の幸せを手放したくない。それしか考えていなかった。
でも晴くんは違う。今の寂しさの、その先を見ていたんだ。
大好きな二人が離れてしまう。離れたくない、そんなの嫌だ。だから離れない、って、二人の気持ちを今だけで完結してしまうのではなく、二人の気持ちはずっとこの先も続いていくんだって……私たちの気持ちの未来を見ていたの?
私は驚いて晴くんの顔を見上げた。
……晴くんて、すごい。
本当に、全然私とは考え方が違う。ものの見方がまったく違うんだ。
私みたいに目の前のことしか見ないんじゃない。晴くんはいろんなものを見ているんだ。
どうして晴くんがすごい人なのか、ほんの少しだけ分かったかもしれない。
私のことをずっと優しい目で見つめている晴くんの気持ちが初めて分かったような気がして……私はたまらなくなって晴くんの胸に顔をうずめた。
「……晴くん、ごめんね。私めちゃくちゃ子供っぽいやんね……あほみたいなわがままばっかり言って……」
「なに言うとんねん。彩のそのまっすぐな気持ちがどれほどうれしいか分からんか? ほんまはこのままお前をどっかにさらっていってしまいたいくらい、お前の気持ちがうれしいねん」
「……さらっていってくれてええのに」
「そうやな。そう思うけど、彩は俺一人のものやない。家族や友達がおって、みんなにとって大事な人間や。みんなが大事に思っとる彩を俺も大事にしたい。だからさらうことはせん」
うん、そうだよね。それが晴くんだ。そして私はそんな晴くんが好きなの。
私は晴くんにぎゅっと強く抱きついた。
「晴くん、好き。めっちゃ好き。好きやから……家に帰るね」
「ああ。俺も彩が心の底から好きやで。いつか離れんくてすむ日が来るまで、それまでは離れる寂しさとまた会える喜びを大事に感じとこう」
「……離れんくてすむ日? そんな日、来るん?」
私が晴くんを見つめると、晴くんは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「俺らがこの気持ちを持ち続けられたら、必ずその日は来るから」
あ……そういうことか。
言葉の意味が分かって、私の心はかっと熱くなった。
私たちが離れなくてすむ日。つまりそれは、私たちが同じ家に帰るようになる日だ。
そんな未来がいつか来るのかなあ?
ううん、違う。そんな未来を、私たち二人で作っていくんだ。
きっと晴くんとならそれがかなう。
私たちがいつまでも一緒に過ごせる未来が、晴くんとなら築けると思った。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
ひとまずここまでが第一章となります。
次回からは第二章ということで、彩と晴太郎の二人だけではなく、他のキャラにも焦点を当てた話が増えていきます。
次は誰の『きみと私』の話になるのか、楽しみにしていただけると幸いです。
また会いに来ていただけたら嬉しいです!




