かわいいわがまま・2
駅へ向かう途中、赤信号で立ち止まった時に、携帯で彩にメッセージを送った。今部活が終わって帰っているところだ、と。
するとすぐに彩から電話がかかってきた。
「彩?」
『あ、晴くん? 部活終わったんやね。おつかれさま』
こうやって、彩のことを考えた時にすぐに声を聞かせてくれる。それはなんて幸せなことなんだろう。
「ああ。彩は? ゆっくり休めたか?」
『ええー?』
くすくす彩が笑っている声が聞こえる。その彩の愛らしい表情が想像できて、心があたたかくなった。
『ゆっくりなんて……休まれへんよ。晴くんのことばっかり考えてた。ずーっと!』
「俺のこと考えとったら休まれへんのか?」
『うん。全然! ずっとどきどきして落ち着かへんもん。早く会いたいなって思ったり、今部活でなにやってるんかな? って想像したり。休憩時間とかちょっと時間が空いた時は、もしかして私のこと考えてくれとるかなあって思ったり。頭の中、晴くんでいっぱいやった!』
彩はどうして、こんなにいとも簡単に俺の心を動かすんだろう。部活の間はずっと集中しているので他のことは考えていなかったのに、その時間彩のことを想わずにいたことがものすごくもったいなく感じた。
「そうか。……ごめんな、俺は部活の間は彩のこと考えてる暇なかってん。その分今からはずっと考えとるから勘弁してくれ」
『あは、なにそれ! 晴くんは、ハンドボールやっとる時はそのことだけ考えてるからかっこいいんやん。全然それでええねんで! 私のことは、一緒にいる時だけ考えてくれたらええよ。でもその代わり、私とおる時は、絶対100%私のことだけ考えてね』
彩と一緒にいる時に、他のことなど考えられるはずがない。こんなにも愛しい存在が目の前にいるのに、他のものが目に入るはずがない。
「分かった。でも一緒におらんくても、ずっと考えとるし……早く彩に会いたいといつも思っとる」
俺は普段、言っても無駄なことを口にすることはあまりない。でも今日は、すんなりとその言葉が出た。今は俺の部活帰りの時間で、もう遅いし、これから彩に会うことなんて不可能なのに。
俺の言葉を聞いた彩は、ふふ、と小さく笑って、そして打ち明け話をするように口を開いた。
『……あのね、晴くん、私今からわがまま言ってもいい?』
「わがまま? もちろん。なんでも言うてくれ」
『うん。私ね、晴くんに会いたい。今すぐ会いたい。今これから、会われへんかなあ?』
「え……」
彩がそんなことを言うとは思わなかったので、一瞬頭が真っ白になる。そう、そんな風に俺は彩に甘えてほしかった。毎日部活がある俺のことを考えて一歩引くのではなく、ずっとそう言ってくれたらいいのに、と思っていた。
『……やっぱりあかんかなあ? 晴くん、明日も部活やもんね』
「いや、全然あかんことない。これから、今すぐ彩のところに向かうから。着くまでの間待っててくれるか?」
『うん。あのね、私も駅まで行って待ってるから、晴くんはうちの最寄り駅まで来てくれる?』
「分かった」
『……ほんまにええ? めんどくさいって思ってへん?』
「まさか。俺もめっちゃ彩に会いたかったから。でも夜に彩を外に出させたらあかんと思ってそんなん言われへんって思っとった。だから今、彩が会いたいって言ってくれてめっちゃうれしい」
『うん。ありがとう』
俺は電話を切り、暗い道を駅に向かって走り出した。駅の向こうに彩がいる。そう思うと、走らずにはいられない。
彩が俺に会いたいと言ってくれた。甘えてくれた。
会いたいなんて、そんなのはわがままでも何でもない。俺も会いたいと思っていたから。それは二人が会うために行動することを後押ししてくれる言葉だった。
彩が住んでいる場所の最寄り駅にたどり着く。
電車を降りて急いで階段を駆け下り、改札を抜けた。駅舎の脇、人の邪魔にならない場所で彩が手を挙げているのが見えた。
「晴くん、こっち!」
彩の笑顔が輝いて見える。今日、午前中会っていたというのに、まるで長い間会えなかった恋人にようやく再会できたような気分だった。
すぐに彩の元へ駆け寄る。すると彩は笑顔で、ぎゅっと俺の体に抱きついてきた。
突然、彩の体の柔らかさと匂いが俺に襲い掛かってくる。
それと同時に、爆発的なうれしさが体の奥底からあふれ出してきた。
彩がこんな風に、会った瞬間に抱きついてきてくれるなんて。
周りに帰宅途中の人がたくさんいるというのに、彩は恥ずかしがることなく俺に飛び込んできてくれた。
感動して俺も彩を強く抱きしめる。すると彩は、顔を上げて俺を見て、目を細めて満面の笑みを見せた。
「へへ、会えてうれしい」
これまでとは違う。彩は、照れたり俺がどう思うだろう、ということを考えてためらったりせず、まっすぐに俺に気持ちを伝えてくれている。
あまりにも幸せで、頭がおかしくなりそうだった。
「……俺もめっちゃうれしい。彩がこんな風に俺にくっついてくれて」
「だって、私はいっつも晴くんにくっつきたいねんもん。そうしてもええんでしょ?」
「もちろん」
そうやって誰にも見せない心の内を俺に見せてくれること。それは俺が何よりも望んでいたことだった。
俺はゆっくりと彩の髪をなでた。
「……やけど、さすがにここは人が多すぎるから……あんまりこんなんしとると周りから顰蹙を買うかもしれん。もったいないけどちょっと控えとこう。こんなにかわいい彩の姿を周りに見られてまうんも気になるし」
「えー、そう?」
「そうや。めちゃくちゃ惜しいけど」
彩はニコッと笑って俺から体を離した。二人の間に隙間ができてしまうのが寂しかったけれど、その代わり俺たちはしっかりと手をつないだ。




