ハンドボール部の見学・2
図書室に……行こうかなあ。でも……もう帰っちゃおうかなあ……
自分の行動が決められなかった。
今、あんまり晴くんに会いたくない。今すごく私の気持ちはもやもやしていて真っ黒だから。晴くんに会ったら、馬鹿みたいなひどい言葉を言ってしまうかもしれない。そういう自分を止められる自信がない。
晴くんはいつも、私がしんどかったら先に帰っていいよって言ってくれてるから……だから、私が今日図書室にいなくたってきっと気にしない。それなら、やっぱり帰っちゃおうかなあ……
自分の行動が決められなくて生徒玄関と図書室の間をうろうろしていたら、突然私の前に男子生徒が現れた。
バタバタと走ってきた二人の男子が、私にぶつかりそうになり、すんでのところで踏みとどまって体を反転させて私をよけ、盛大に転んだ。
二人が転ぶ大きな音。舞う砂埃。
「うおー! いてー!」
大きな声がして私はものすごくびっくりした。人にぶつかられそうになったのもそうだし、ぎりぎりでぶつからなかった大きな男子がゴロゴロ転がったのも衝撃的だった。
「え、え、あの……大丈夫?」
「クッソ、いって! おいカナ、このドアホ! どこが近道じゃ! 余計に時間かかっとるやんけ!」
「うっさいなユウ、この時間にこんなとこに人おると思わんやんか!」
そして二人は同時に私を見た。
私はびくっとした。
その二人の男子生徒。すごく背が高くて、体が大きくて、めちゃくちゃ存在感がある。二人はまったく同じ顔をしていた。
……双子!
一人はきれいな金髪で、一人は赤髪。……あれ? この二人、練習の時に見たような……
「ち。文句言うたろうかと思ったけどキレーなねーちゃんやんか。しゃーないから許したるか」
「おい待て、あの名札の色見ろ。上級生やぞ」
「知るか!」
あ、この二人は下級生なのか……すごく体が大きいから、見た目だけでは年下だなんて分からなかった。
いや、そういえば、一つ下の学年に、すごく目立つ双子がいるって噂になっていた。この二人のこと?
「えっと、大丈夫? 二人のその様子やと転んでも全然平気そうやけど」
二人の勢いに少し怖気づきながら声をかける。怪我とかしてないよね?
「へ、この程度ツバつけときゃ治るっちゅーねん」
「カナのツバやったら悪化しそうやけどな」
「おいユウ、誰がバイキンまみれじゃ!」
すごく息の合った掛け合いに何だか感心してしまう。さすが双子だなあ……
二人はまた同時に私を見た。う。このまったく同じタイミングで私を見るの、何なんだろう? 双子ってこういうもの?
「ねーちゃん、今日俺らの練習見にきとったやろ。俺らのファン?」
「え……」
気付いてたのか! え、ということは、この二人が私の存在に気付いてたってことは、もしかして晴くんも気付いてたのかな。
「初めて見る顔やなーと思っとってん。えらいべっぴんやから話題になっとったで」
「いっつも見にきとる子ら、だいたい固定やもんなー」
……そうなんだ。そんな風に、いつもハンド部の練習を見に行っている子がいるんだ。そして部員みんなに認識されて……きっと晴くんも。
ふと思いついて、彼らに聞いてみようかな? と私は顔を上げた。
「……あの、練習終わった後に、差し入れを持って行ってた人たち、いたやろ?」
私の言葉に双子は顔を見合わせた。
「ねーちゃん、俺らに差し入れくれんの? さんきゅー!」
「でも手作りはNGやからな。その辺厳しいねん。あとあんまり高いもんもあかんで。そういう決まりやねんよな」
じゃあ……晴くんに差し入れを渡していた彼女たちは、そういうことをすべて分かったうえで厳選して差し入れを選んでいて……そして晴くんも、分かって受け取ってたのか……
「あ、せやからもしねーちゃんがどうしても俺らに特別なもんくれたかったら、クラスに直接持ってきてもらった方がもらえる確率高くなるからな!」
「カナにそんなええもんやっても豚に真珠やから、俺にくれた方がええで」
「誰が豚や! そんならユウはハイエナじゃ!」
「おい、お前らうるさい」
双子がまた言い合いを始めたところで、突然冷静な声が割って入った。
私ははっとして声がした方を見る。
そこには晴くんが立っていた。
あ……どうしよう。会いたくないって思ってたのに。今日は会わずに帰ってしまおうって思っていたのに。
双子は晴くんの姿を見て、ビシッと直立不動になった。
「部長!」
「いや、今日練習見に来とったこのねーちゃんが、俺らに差し入れくれる言うから、どんなもんならOKなんか教えとっただけなんです!」
いつの間にか彼らの中では私が差し入れをすることで決定していたみたいだ。
晴くんは不思議そうな表情で私を見た。
「……彩が?」
「「え?」」
双子が同時に声を上げる。
「部長、この人と知り合いっすか?」
「つか、彩って……部長が女子を呼び捨てにするって……」
「「もしかして彼女!?」」
二人はばっと顔を合わせた。真剣な表情で視線を巡らせる。
「……おい待て、これ、やばくないか?」
「部長の彼女が俺らのファン!?」
「あかん、泥沼の未来しか見えん……!」
「うおー、俺らがあまりにもイケてるから! イケメンすぎんのも罪やな!」
「分かった、イケメンすぎるんはお前に譲るから、俺はこの泥沼から抜けさしてもらうで」
「ふざけんな! 同じ顔しといて一人だけ逃げられると思うなよ!」
二人が畳みかけるようにしゃべっているのがおかしすぎて、私は思わずふふっと笑ってしまった。だって、あまりにもこの二人の掛け合い、漫才みたいなんだもの。
「あ、ねーちゃん……やなかった、彩さん、笑ったら更に美人やんけ」
「罪な男やな、俺ら。こんな美人、しかも部長の彼女すら虜にしてしまうなんて、こりゃやっぱデビューするしかないか!?」
「プロハンドボーラーと漫才師の二足の草鞋か……前例ない感じでええな、それ!」
「おい、お前ら」
晴くんの声が二人の掛け合いに割って入った途端、また二人の背中がぴん、と伸びた。
「いつまでそれ続けるつもりやねん。もうとうの昔に下校時間は過ぎとる」
「はい!」
「俺ら、一目散に帰ります!」
そう言ったかと思うと、二人は猛ダッシュで靴箱の方へ走って行った。
突然現れてそして瞬時に去っていった二人に、私はあっけに取られていた。
……すごいな。確かにあの双子は話題になってもおかしくない。めちゃくちゃやかましくて、すごく変わった……面白い二人だなあ。
私が感心して二人の去った方向を見ていると、晴くんが静かに私に声をかけた。
「彩はあの二人のこと知っとったんか?」
話しかけられて、びくっと体が反応する。……嫌だな。今晴くんと話したくないのに。
「……ううん、今日初めて知った」
「今日初めて知って、それで差し入れやろうと思うくらい仲良くなったんか?」
「……晴くんに関係ないでしょ」
ああ、こんな言い方したいわけじゃないのに。でも晴くんと二人になった途端、あのもやもやした黒い気持ちが私の心の中を占めていって、どうしたらいいのか分からない。
「……もし差し入れしたいんやったら、一応うちは決まりがあるねん。生ものとか手作りは禁止で、個人への差し入れも遠慮しとるし」
「……晴くん個人がもらっとるのに、そんな決まり意味あるん?」
「え?」
晴くんの顔が見れない。自分の言い方がひどいって分かるから。声とか、口調とか、すごく感じが悪いって分かる。こんな風に晴くんと話したくないのに。
「いや、俺は」
「来んといて」
晴くんが近付いてくるのを感じて、私は思わず避けた。
ああ、どうしよう。こんな態度取りたくない。こんなこと言いたくない。それなのにもやもやが私の全身を覆いつくして止められない。
「彩」
「触らんといて。そんな……他の女の子のプレゼントを受け取った、他の子の気持ちを受け取った手で私に触らんといて。そんな晴くん、嫌や」
駄目だ、言ってしまった。言ってはいけないことを言ってしまった。
これ以上ここにいちゃ駄目だ。私は顔を背けて靴箱の方へ急いだ。
「彩」
「お願いやから一人にして。私今、一人でおりたいねん。お願いやから」
うつむいてそう言って、私はその場を去った。
晴くんは追ってこなかった。




