思わぬ参加者
数学の小テストが返されていた。
私が受け取った答案。……あー、9点……。あと一息で二桁に届かなかった……
また補習かあ……
私ががっくりしていると、晴くんが先生に呼ばれた。
先生は晴くんに答案用紙を渡しながら、何か話している。
晴くんは先生の言葉に表情を変えずにはい、気を付けます、と答えていた。
……どうしたんだろう?
自分の席に戻ってきた晴くんに小さい声で尋ねる。
「どうしたん? 先生、なに言うとったん?」
「ん? ……ああ、俺が答案に名前書き忘れとったから、あかんやんかって言われた。本来なら0点やけど、小テストやし解答は満点やから今回だけ大目に見るって言われた」
晴くんが答案用紙に名前を書き忘れる? 珍しい……。晴くんはそういうミスって絶対しなさそうなのに。
「瀬戸くんもそんなミスするんやね?」
「ちょっとぼんやりしとったんかもしれん」
それでも解答は満点って……どんなぼんやりなの、それ!
やっぱり脳みそのつくりが私とは違うんだなあ……と、私は一桁しか点数が取れなかった自分の答案用紙を見てため息をついた。
廊下に貼りだされた今日の補習者のリストを見て、クラス内が騒然となった。
そのリストの中には、いつものメンバーに加えて、なんと晴くんの名前まであったからだ。
「おい、瀬戸! どういうことや? お前が補習って」
クラスメートに詰め寄られた晴くんは涼しい顔をして答えた。
「どういうこともなにも、俺がテストで規定の点に達してへんかったから補習受けることになったんやろ」
「だからなんでやって聞いとるねん! お前が補習ってありえんやろ!」
「ちょっと考えごとしとって、テスト中上の空やったかもしれん。解答欄でもずれとったかな」
何を聞かれても手ごたえのない答えをする晴くんに、クラスメートも質問するのをあきらめたようだった。
晴くん、どうしたんだろう? この前も答案用紙に名前を書いていなかったって言ってたし……本当に考えごとをしてたの? 何か悩みでもあるの?
私は晴くんの席に近付いて、こそっと話しかけた。
「……ほんまにどうしたん? 補習なんて……らしくないやん。部活も行くん遅くなるやろうし」
「そうやな、部活のことは気になるけど、まあ一日くらいどうとでもなるやろう。それより今日は補習も一緒やな」
「え? ……うん、それはそうやけど」
満足そうに話す晴くんに、あれ? と思う。
……もしかして晴くん……わざとなの?
わざと補習を受けようとしてる? そのためにテストで名前を書き忘れたり、あえて悪い点を取るようにしたの?
……そんなことあるかなあ?
でも……この前、補習で佐野くんと私が一緒にいたり、二人で晴くんの話をしたって聞いて、やきもちを焼いていた晴くんなら……わざとってこともある、のかもしれない。
私と一緒にいるため? それとも、この前佐野くんに補習を受けないといけない人間の気持ちなんて分からないって言われたから?
理由なんて分からないけれど、でもとにかく今日は部活の時間になっても晴くんと一緒にいられるんだ、と思って、少しだけうれしくなった。(と言っても二人きりじゃないし、教室で補習受けてるだけだけど)
今日の補習は化学。先生も、補習者の中に晴くんがいるので、戸惑っているようだった。
補習の流れはいつも同じだ。先生が黒板を使ってテストの解説をして、確認テストを受ける。80点以上なら合格で、補習は終わり。80点取れないと、いつまでも終わらない。
先生が解説を終え、確認テストを配り、教室を出て行った。一応これは、みんなで相談しながら解いてもいいよってことなんだと思う。
先生が去った後、早速みんなでおしゃべりが始まる。
「はー、今日もきっつー。化学記号とか、もう暗号にしか見えん」
「化学式に加えて計算もあるもんね。ほんま、こんなわけ分からんもん考えたん誰よって詰め寄りたくなるわ」
佐野くんと茜が愚痴っている。
二人の会話には、ほぼ同意することしかできない。
ほんと勉強って難しいね……
でも、今日は! 今日は、めちゃくちゃ心強い助っ人がいる!!
補習を受けている他の子も全員同じように思ったようで、すぐに視線は晴くんに集まった。
「よーし、瀬戸! 今日はお前頼みや! 頼む、答え教えてくれ!」
佐野くんが晴くんに近付いて、ぱん! と大きく両手を合わせて拝むポーズをとった。
教室にいる補習者全員の視線を受けている晴くんは、落ち着いたまなざしでみんなを見渡した。
「……基本的にこういうのは自分で答えを導きだせな意味ないと思うけど……」
「そんなん分かっとるって! それでもどないもならんから頼んでるんやんか!」
佐野くんの言葉に私を含む全員がうんうん、とうなずく。晴くんは指を口に当てて、少し考えるような表情になった。
「……まあ確かに、授業を受けたうえでテストを受けて分からんかったのに、解説でも授業と同じ説明をしとるようでは解けるようにならん、とは思う。補習と言うからには授業で説明しきらんかったことを補う必要があると思うし」
「そうやろ!?」
「……分かった。そしたら一番から俺なりに説明していくから。あくまでこれは俺のやり方やから、学校が推奨するやり方とは違うかもしれんけど」
晴くんの言葉にみんなが息を飲む。えー、何それ、そんないろんな解き方がある問題なの、これ? というのがみんなの感想だ。もちろん私も。
クラスにいた補習者全員が晴くんの机の周りに集まる。
「……まずこの問題。これをこの式に当てはめると、この問題のこの部分はここに入ってくる。これがなんでかと言うと……」
晴くんが図を書きながらすらすらと説明をしていくのを、みんな真剣な表情で聞いていた。
なぜなら、晴くんの説明はめちゃくちゃ分かりやすいから!
先生の説明は何だったの? ただ教科書を読み上げてただけじゃないの? ってくらい雲泥の差だった。
なぜこの式が必要になるのか、なぜこの数字がここに当てはまるのかをかみ砕いてすごく分かりやすく説明してくれるので、みんな晴くんの説明を聞くと、途端に自分の理解力がぐっと上がったような気がするのだ。
「えー、瀬戸くんすごくない? 先生になれるで!」
「マジもんやん。瀬戸の解説聞いとったら、全問めっちゃ簡単なような気がしてくんねんけど!」
みんなが晴くんを褒めちぎるので、何だか私の方がうれしくなってきた。
そうでしょ? 晴くんはすごいの! いや、晴くんがすごいことなんて誰でも知ってるんだけど。
すごくうれしい気持ちと、そんな晴くんのすごさがばれちゃったか……っていう、ちょっと残念なような気持ちの両方が湧き上がってくる。
えーと、特に女の子に……晴くんの良さが知られちゃうのが、ちょっと落ち着かないっていうか。
そんな心配をするなんて馬鹿みたいだけど、これをきっかけに晴くんのこと好きにならないでねって思ってしまう。
「マジで瀬戸すげえやん! さすがやなー。俺の専属カテキョーになってもらいたいくらいやで」
佐野くんが上機嫌でテストの解答用紙を埋めていく。あんなにいじけて晴くんに絡んでたのに、現金だなあ。……まあ私も佐野くんにはよく絡まれるし、結局彼はそういうキャラクターなんだな。
晴くんはそんな佐野くんに冷静に答えた。
「俺は花房さんの専属やからそれは無理やな。花房さんに教えるついでなら一緒に聞いてもろてもええけど」
うぐ、と詰まってしまった。
は、晴くん、突然そういう爆弾発言しないで……!
私は今の発言は聞こえなかったふりをして、ひたすら解答欄を埋めていた。
佐野くんが大きな声で笑った。
「はは! ほんま、瀬戸のその花ちゃんへのハマりっぷりすげーな! そういう偏ったところが瀬戸らしいんやろうな。お前が完璧人間ちゃうんが分かってちょっと親近感出てくるわ」
「親近感出してもろて光栄やけど、そろそろ部活行きたいから全員この確認テスト終わらせるで。さっさと提出しよう」
晴くんの言葉に全員が焦って解答用紙への書き込みを開始した。晴くんがいなくなったら問題が解けなくなっちゃうもんね。みんな必死だ。
私は話が変わったことにほっとしていた。




