ひとつの影
晴くんが彩? と私の顔を覗き込もうとしているのが分かる。
「……あのね、佐野くんに晴くんのどこが良かったん? って聞かれた時ね、私めっちゃ考えてん。私、晴くんのこと好きやけど、そんな、どこが好き、とか具体的にはあんまり考えたことないかな? って思って。そんで、晴くんの好きなところね、めちゃめちゃ考えてん。そしたら、どれだけたくさん考えても、全部晴くんやから好きなんやな、ってことばっかりやった。晴くんやから、目が合うだけでときめくし、目が合わんくても遠くからでも顔とか後ろ姿を見るだけで幸せな気分になるし、声を聞くだけでめっちゃ気持ち良くなる。どれもこれも、他の人ではこんなんならんもん。ただ普通に過ごしとっても、それが晴くんやって思うだけで好きやなあって思うねん。それが私の答え」
妬かせてしまったおわび……じゃないけど、私はできるだけ自分の気持ちを細部まで説明した。これで伝わるかな……
晴くんは立ち止まった。私の言葉を全部聞いて、それからそっと私の頭をなでてくれた。
「……それ、全部あいつに言うたんか?」
「言ってへんよ。晴くんやから好き、ってことくらいしか言ってへん。こんなに詳しく教えたんは、晴くんだけやで」
「良かった。彩の大切な気持ちを、全部あいつに聞かれたんかと思ったらそれこそ落ち着いていられへん」
「そんなん……私の心の奥底なんて、晴くんにしか話さへんもん」
「ありがとう」
晴くんが柔らかく私の背中に手を回し、包み込むように抱きしめた。
胸がぎゅうっとなる。
晴くんの優しさが好き。でも……私はもっと欲しかった。
「晴くん、この前みたいにもっとぎゅってして」
こんな思い切ったことを言ってしまう自分に驚く。でもそれが私の心からの願いだった。
もっと強く抱きしめてほしい。私を圧倒してほしい。
大胆すぎるかな。あきれられないだろうか、とほんの少し心配したけれど、晴くんはすぐに私の体を自分の体で覆いつくし、強く抱きしめてくれた。
ああ、これだ。
すごく、すごく気持ちいい。二人の胸が隙間なくくっついて、心臓の鼓動がどちらのものか分からなくなるくらい重なっている。晴くんの気持ちと私の気持ちが全部つながったような気がするの。
抱きしめあうって、なんて気持ちがいいんだろう。
私、晴くんが好きだな。ものすごく好き。こんなに精いっぱい私に愛情を伝えてくれるこの人が好きだ。
「……晴くん、私、晴くんのことめっちゃ好き。こんなに好きになってしもてどうしようって思うくらい好き」
「それ、俺も同じやで。ほんまにお前に会えて良かった」
……私は割と幼くて、恋とかよく分からないし、学校でも、ただ友達と楽しく過ごせればいいやって思ってた。
少女漫画は好きで読むし、友達の恋の話を聞いて、いいなあ、とは思うけれど、それは全然自分とは関係のない世界の話で……自分の人生とは別次元の出来事だと思っていた。
それなのに、晴くんと出会ってしまった。
晴くんだって、一見恋愛とは無関係な人に見えたのに。
真面目で堅物で、女の子に興味があるようには見えなかったし、部活や学校生活で清く正しく生きることに重点を置いている人だと思っていた。
そんな私たちが、恋に落ちるなんて。
こんなにお互いが大好きになって、一緒にいたくて、くっつきたくてたまらなくなるなんて。
人生って分からないな……
でも、私はこの人生がいい。
晴くんと出会って、恋をして、二人で一緒に生きていく人生がいい。
もしかしたらこれから、私たちに試練が訪れたりするのかもしれない。辛くて泣くことがあるのかもしれない。苦しくて嫌になることがあるのかもしれない。
でも、それでも、晴くんを知らない人生を送るよりずっといい。
「……あのね、晴くん、もしかしたら私もこれから、やきもち焼いたりすることがあるかも。晴くんのことを信じてても、他の女の子と自分を比べて落ち込んだり嫌になったりすることがあるかも。でも、くじけても、絶対晴くんのことあきらめへんから……だから私のこと、見捨てんといてね」
自分が幼い自覚があるだけに、私はおそらく彼女として立派に振る舞える人間じゃないと思う。あんまり自分に自信もないし……
でも晴くんと一緒にいたいから。だから少しずつでもちゃんとした人間になっていきたい。
晴くんが自分の顔を私の頭に擦り付ける。二人の顔が近くてかあっと体が熱くなる。
「絶対に見捨てへんから、そこだけは安心してくれ。どんな彩でも、全部俺が好きでたまらん彩やから」
あまりにもドキドキして、頭に血が上りすぎてきっと私は変な顔をしていると思うんだけど、でもどうしても晴くんの顔を見たくなったので私は晴くんの胸にくっついていた顔を上げた。
二人の目が合う。
二人とも、真っ赤になっているのは、窓から入ってくる夕陽のせいじゃないよね。
私たちは何も言わなかったけれど、二人が同じ気持ちでいることが分かった。
晴くんがゆっくりと指で私の頬をなでる。
指が優しすぎてくすぐったくて、私ははにかみながら目を閉じた。
晴くんの熱が近付いてくるのが分かる。
そして、夕陽に照らされた私たちの影が一つになった。




