やきもち?
どうにかこうにか補習を終え、屍のようになって解放された私は、とにかく図書室へ行こう、とよろよろと教室を後にした。
すると隣に佐野くんがやってきた。
「あれ? 佐野くんも図書室?」
「俺が? まさか! 視聴覚室にイヤホン忘れてきてん。あれないと帰り道音楽聞かれへんくて暇でたまらんからなー」
視聴覚室は図書室の隣にある。なるほど。佐野くんは視聴覚室での授業中にサボって音楽を聞いてたんだな……
「それにしてもびっくりしたー。花ちゃん、ほんまに瀬戸と付き合ってるねんな」
「へ?」
「冗談かなんかやと思っとった。でもあの瀬戸の様子とか、さっき花ちゃんが話しとったん聞くとほんまやったんやーと思って」
「そりゃ……冗談でそんなん言うわけないし」
「あーあ、俺、花ちゃん狙っとってんけどなー」
私の反応をうかがうように佐野くんが言う。
ん? 何だ、この発言。……いや、これは真に受けちゃ駄目なやつだな、きっと。また私をいじろうとしてるな。佐野くんも懲りないな……
「はは、そりゃどうも。どう考えても私はセクハラ言う彼氏はごめんやけどね」
「うわ! 蒸し返すな言うたくせに本人が蒸し返した!」
「あ、そうやね。そしたらお互い今の発言はなかったってことで」
「ちぇー」
何がちぇー、だ。よく分かんない絡み方してくるな……
嫌なことを言ってくることもあるけれど、おそらく彼に悪気はないんだろう。男子ってきっとみんなこんな感じなんだろうな。そう思って受け流すしかない。
佐野くんと補習の苦しさと無意味さについて語り合いながら歩いていたら、図書室の方から晴くんが歩いてくるのが見えた。
晴くん!
図書室でしばらくの間晴くんを待っていないといけないと思っていたのに、図書室にたどりつく前に会えたのがうれしくて、私はすぐ晴くんに駆け寄った。
「もう部活終わったんや!」
はしゃいで話しかける私に、晴くんも優しい笑顔を見せてくれる。
「そっちは今日はだいぶ遅かったみたいやな」
「うん、そうやねん、みんなでおしゃべりして確認テストサボってるんばれてもて、めっちゃ先生怒ってさ……」
話している私の顔を見ていた晴くんが、視線を上げて私の後ろを見た。
「うわ! 俺は忘れもん取りに来ただけやからな!」
佐野くんが焦った声で言って、そそくさと私たちの横を通り過ぎ、視聴覚室の方へ走って行った。
……どうしてそんなに慌ててるんだろう?
通り過ぎていく佐野くんの姿を見ていた晴くんは、すぐに私に視線を戻した。
「あいつと一緒に来たんか?」
「え? うん。イヤホン忘れてんて」
「大丈夫やったか?」
「へ?」
晴くんが気遣うような表情で私を見る。
あ、そうか。私が佐野くんに言われたことにショックを受けていたから……それを引きずっていないか心配してくれてたのか。
晴くんて、ちょっと心配性?
でも、そんな風に心配してくれるのがうれしくて、私は笑顔になった。
「大丈夫! 佐野くんも謝ってくれたし。佐野くんが私をいじるんは癖みたいなもんみたいやしね。とりあえず私を見たらいじりたくなるっぽい」
「……またなんか言われたんか?」
晴くんが眉を顰める。
いやいや、晴くんが気にするようなことじゃないのに……
「平気やって。なんで晴くんのこと好きなんか、とか聞かれたくらいやし」
「そんなん聞いてきたんか? やっぱりあいつ、俺の言うたことまるで聞いてへんな」
「だ、大丈夫やって。私そんな嫌な気持ちになってへんし。晴くんが心配するようなことなんもなかったよ」
また晴くんが怒ってしまうんじゃないかと思って私はハラハラしてしまった。
「それより、早く帰ろ? 今日はいつもより早いからいっぱい一緒におれるねんし!」
「……そうやな」
私の言葉を聞いて、やっと気持ちを切り替えてくれたのか、晴くんも穏やかな表情になった。
夕暮れの赤に染まる廊下を二人で歩いていると、なんとなーく普段より距離が近付いてしまう。だって今は放課後で、周りに人がいないから……普段より少しだけ近付いてもいいかな、って思って……
晴くんの方から、ふわっと漂ってくる香り。この前教えてもらった、これは松脂の香りだ。ハンドボールの練習の時に松脂を使うんだって。
練習が終わったあと、ちゃんと拭き取って手を洗っているらしいけど、でもほんのりと香りが残っていた。
くさくてごめん、って晴くんは言っていたけれど、全然くさくなんてないよ。晴くんが一生懸命部活を頑張っていた証拠みたいなものでしょ?
この匂いを嗅ぐと、晴くんを思い出す。それだけで私には愛しい香りだ。
私は無意識にさっきよりも晴くんに近付いていた。
腕がぶつかって、でもお互いにごめんって言ったりしなくて、もっとぶつかっていいのになって思って、最後はほとんど腕がくっついたみたいな状態で歩いていた。
こんな風に、体と体が触れ合うことに違和感がなくて、むしろもっとくっつきたいってお互いに思っているのがうれしい。
私がずっとにこにこしていると、晴くんがふいに私に尋ねた。
「……それで、なんて答えたん?」
「え? なに?」
「佐野に聞かれたこと。彩がなんて答えたか教えてくれんの?」
「え」
佐野くんに聞かれたことって……さっき話してたこと?
晴くんのどこが好きかって?
「あ、それ、気になる感じ?」
私が晴くんの顔を正面から覗き込むと、晴くんは恥ずかしそうに視線をそらした。
「そら気になるやろ。あいつと二人で歩いて来とるん見るだけで落ち着かへんのに……二人で俺の話しとったなんて言われたら、どんな話しとったんか気にならへんわけないし」
珍しく歯切れ悪く話す晴くんが興味深くて、私は晴くんをまじまじと見つめた。晴くんはいつでも落ち着いていて、自信があって、どんなこともはっきり話すんだと思っていた。
でも、こんな風にもなるんだ!
「……晴くん、それってもしかしてやきもち?」
ふと頭に思い浮かんだことが口をついて出る。
晴くんが妬いたりする? あんまり想像できないけど、この反応って……もしかしてそうなの?
私の言葉を聞いた晴くんは、一瞬私をぱっと見て、そして視線を泳がせた。
「……こんなんで妬くとか……みっともないとは思うけど……」
!!!
そうなんだ!
晴くん、妬いたりするんだ!
驚いたけれど、それよりも……何ていうか、うれしい気持ちが湧き上がってくる。
晴くんはいつも揺るぎなくて、自分の気持ちも私の気持ちもしっかりと分かっていて、他人に左右されたりしないって思ってたのに。
それなのに、私が他の男子と話しているのを見て、妬くんだ!
晴くん自身は、そんな感情を持って全然楽しくはないんだろうけど、でも私はそんな晴くんがすごくかわいく思えてきてしまって……うれしくてめちゃくちゃ笑顔になってしまった。
「……なに笑ってんねん」
「へへ、ごめん。うれしくなってもた。晴くんが妬いてくれるんやって思ったら……急に晴くんが私と変わらん、普通の高校生なんやなって思えて。ごめんね、晴くんは楽しくもなんともないやんね。そんな晴くん見て、かわいいなって思ってしまってん」
ああ、この気持ちは何だろう。
晴くんにめちゃくちゃぎゅーって抱きつきたい。
それと同時に……この前のことを思い出す。
あの、晴くんと初めてキスをして、抱きしめてもらった時。
晴くんに抱きしめられるのは、本当に、感動するくらい気持ち良かった。圧倒的なぬくもりに包まれるあの幸福感。あの時の気持ちがよみがえってくる。
……また……晴くんに抱きしめてもらいたい。
そんな欲求が湧き上がってくる。
私は思い切って、晴くんの腕にぎゅっと抱きついた。




