意外な一面
担任の用事は、どうってことない翌日の朝学活の連絡事項だった。担任は明日出張で不在なので、代わりに配るプリントや連絡なんかを伝えられた。
やれやれ。これ、別にうちら二人とも呼ぶ必要なくない? 一人でいいのでは。もっと言えば、部活のある瀬戸くんじゃなくて私一人で聞いていてもいいような内容。……といっても瀬戸くんは私一人にその役目を押し付けたりはしないんだろうけど。(でも私は可能であれば瀬戸くん一人に押し付けてたかも。ごめん)
担任の話が終わり、職員室を去ろうとしたら、担任が私を呼び止めた。
……これは。
またいつもの、かな。
あー、呼び止められたのは私一人なのに、瀬戸くんは律儀に私を待っている! ええ、もう、やめてよ。話聞かれちゃうじゃん。
担任の話はやっぱり私の成績のこと。難しいかもしれないけれど、せめて次のテストは赤点の科目を今の半分に減らさないとさすがに先生もフォローできないぞって。
ああー……はい、そうですよね……
頭痛いな……私だって赤点取りたくて取ってるんじゃないのになあ。一応テスト勉強だってしてる! でも全然分かんないんだもん。どうしようもない。
でもそう言ってもいられないのも分かってるけど……
そしてそんな恥ずかしい話をばっちり瀬戸くんにも聞かれてる。一応瀬戸くんは顔をそらしてくれてはいるけれど……んもー! 聞かないでよ!
どうせ優秀な瀬戸くんに私の気持ちなんて分からない。何でこいつは普通に勉強したらいいだけなのにやらないんだろう? くらいにしか思ってないんだろう。ふんだ。やってできるんなら苦労しないっての。
担任の話が終わり、待たなくていいのに私を待っていた瀬戸くんと一緒に職員室を出る。
あー、気まずい。瀬戸くんの顔を盗み見てみるけど、無表情だ。今の私の話を聞いてどう思ったのか、全然想像できない。
……いや、別に私のことなんて興味ないか、この人は。
私はふう、と息をついて、重たい空気がなかったみたいに呟いてみた。
「あーあ、勉強しないとなあ」
瀬戸くんは無表情のまま、私をちらっと見た。
「ほんまに助けが必要やったら、手伝うけど」
「は? いや、別に必要ちゃうよ。そもそも瀬戸くん、毎日部活してるやん。助けるって、いつどうやって助けるつもりなん?」
あ、やば。いらないこと言うつもりなかったのに、気持ちがとげとげしているせいか挑むような言い方をしてしまった。瀬戸くんに喧嘩売ったって勝てるわけないのに! やっぱり私はアホだー!
でも瀬戸くんはそんなとげとげしい私の言葉を正面から受け止めて、考えながら返事をした。
「それは……休み時間とか……昼休みもあるし。試験前の部活が休みの期間やったら朝とか放課後も時間取れるし」
「いやいや、なに言ってんの。そんなみんなが見てるようなところで瀬戸くんに勉強教えてもらうとかできるわけないやん」
そんな針の筵みたいな状況耐えられるわけない。だいたい勉強教えてもらったって理解できない自信しかないのに!
「それやったら……俺が授業の要点まとめたノート渡すから、それ見てもらうとか」
「なにそれ? そんなんあるの?」
「いや、これから作る」
「は!? いや、絶対そんなんせんくてええよ。そんな時間瀬戸くんやってないやろ? それにそんなん見てもきっと私理解できへんもん。ほんまに無駄やから」
うーん、これはいかん。売り言葉に買い言葉っぽくなってきてる。別に私、瀬戸くんに何かしてもらおうなんて気持ちひとかけらもないから! 勉強なんて、結局のところ自分で頑張るしかないもんね……
「でもほんまに、なにか……力になれたらええねんけど」
「いやいや、ほんまにええって。その気持ちはめっちゃありがたく受け取っとくよ。でも気持ち以外はどうにもならんっていうか……。もうさ、分かってんねん。瀬戸くんは持ってる人。私は持ってへん人。そんな風に役割が決まってるんよね、きっと」
ほんと、神様って不公平だよね。瀬戸くんみたいにきっとやることなすこと正しくて、間違ってなくて、全部身になる人と、私みたいになーんにも身につかずに全部失敗しちゃうような人、どうしてこんな風に分かれてるんだろうね?
「俺は持ってる? 花房さんは持ってへん? どういうこと?」
瀬戸くんが歩きながら首を傾げ、説明を求めるように私に視線を走らせた。
「え、言葉のままやけど……。瀬戸くんはさ、勉強できるし、スポーツもできるし、人をまとめる力や発言力なんかもある、部活でも活躍して大会も勝ち進んでるし、しかも隠れイケメンでさ、なんかもう全部持ってるって感じやん。反対に私は勉強できひんし、運動もあかんし、顔も特別かわいいわけちゃう、スタイルも良くない、そんで毎日なんとなくぼーっと生きてるだけの、なにも持ってへん人やん」
「それはちゃうよ」
すぐに瀬戸くんがきっぱりと言い切ったので、今度は私がえ? と驚いて瀬戸くんの顔を見た。
「今の俺はたまたまそんな風に花房さんから見えてるんかもしれんけど、全然ちゃうよ。勉強も自分に課されたことをやらなあかんって思い込んで必死で頭に入れてるだけやし、部活やって去年まではベンチ入りしたことすらなかったし。ハンド部が今勝ち進んでるんも、幸運やった部分もある。でもいつもそんなにうまくいくわけちゃう。たまたま巡りあわせが良かったおかげで今の俺があるだけや」
「え……そう、なん?」
「うん。それに花房さんやってなんも持ってへんわけないやん。いつも友達と楽しそうにして、学校行事も意欲的に取り組んで生き生きしとる。それは誰が見ても魅力的やし、見た目やってかわいいと思うし」
「えっ!?」
瀬戸くんの口から驚くべき言葉が発せられて、私は思わず声を上げてしまった。瀬戸くん、私のこと……ていうか、女の子のことかわいいとか言うんだ!? めっちゃ意外。
私の声を聞いて、瀬戸くんもはっと我に返ったように自分の口を手でふさいだ。
「あ……ごめん、申し訳ない。他人の外見について意見を言うなんて失礼やんな。失言やった。ほんまごめん」
瀬戸くんは動揺したように顔を赤くした。ええ、何その反応!
「え……え、いや、でもかわいいって言われて嫌に思うわけないし……別に謝られるようなことでは」
「いや、ごめんな。ちょっとやり直しさせてほしい」
や、やりなおし!? 何それ? やっぱり私のことかわいくないとか言い出すの!? それはそれでショックなんですけど。
口を手で隠して、眉間にしわを寄せて目を閉じていた瀬戸くんは、少しの間考えてから目を開き、手を下ろした。
「……いや、一度口に出してしまってんし、やり直しなんてないやんな。ごめん。失礼なことは承知で言わせてもらうと、俺から見ると花房さんはかわいいし、ええ友達がおるし、目の前のことに真面目に取り組んで楽しむことができる、ちゃんと『持ってる』人やと思う。もちろん自分が自分を評価するのと他人が自分を評価するのとでは齟齬があるのが普通やから、花房さんの意見を絶対に否定するわけちゃうけど」
んんんんんん? また瀬戸くんがよく分からないことを言いだした……
そご、って何。知らないんですけど、そんな言葉。おそらく文脈から『違い』ってことかなあ、とは思うけど……
いや、それにしても……瀬戸くんがちょっと取り乱しているところを見てしまった! 初めて見る。そっか、瀬戸くんも焦ったりすることあるんだ。思わず口走ってしまったことをやり直したいとか思ったりするんだ。
珍しいものを見ることができたので、何だか得したような気分になって、私はぷっと吹き出した。成績のことを考えてブルーになってたのに、どうでも良くなってきたな。
「はは、ま、なんでもええよ。そうやね、つまりは人のいいところはそれぞれ違うってことで! みんななんか持ってるんやんね!」
全然つまり、じゃないような気がするけど、まあいいや。




