でこぼこコンビ
「花房さん」
名前を呼ばれ、放課後の教室で友達と話していた私は首を回して私の名を呼んだ人を見た。
……いや、見る前から誰か分かってたけどね、声で。
「瀬戸くん」
教室の入り口を少し入ったところで、同じクラスの瀬戸くんが私の方を見て立っていた。
「話してるところ悪いけど」
「あー、分かってます分かってます。今行きます」
瀬戸くんと私を見て肩をすくめる友達に、それじゃね、と声をかけ、私は瀬戸くんの方へ歩いていった。
「ごめんごめん、ちょっと話が弾んでもて」
「いや、話の腰を折ってしもてすまん」
これ、別に嫌味……じゃないよね? いつまでもだらだら友達と話していた私に対して、嫌味の一つでも言ってやろうとして出た言葉じゃないよね?
制服からハンドボール部の練習着にすでに着替えている瀬戸くん。きっとさっさと用事を済ませて部活に行きたいんだろうなあ。そう考えると、帰宅部で授業が終わった後何も急ぐことなくのんびりしていた私が悪い……のだろう。やっぱり。
二人一緒に職員室へ向かって歩き出す。私の斜め前を歩いている瀬戸くんは、急いでいる風じゃないのに足が速い。歩幅の違い? 私は小走りになるほどではないけど頑張って速足になる。
「ハンド部、また勝ち進んでるらしいやん。県大会! やっけ? 強いね!」
「ああ、ありがとう。今のところうまい具合に勝っとるな」
ちょっとヨイショしとこうかな、と思ってハンドボール部のネタを振ってみたけれど、瀬戸くんは全然乗ってくることなく当たり障りのない答えを返してきた。うん、そうだよね、ちょっと褒められたくらいでいい気になって喜んだりしないよね。瀬戸くんの感情が波立ったところとか見たことないもんなあ。
「それより花房さんは?」
「え?」
「勉強。なんとかなっとるん」
「えー、いやまあそれは……あんまり触れんといてもらえるとありがたいかな……」
斜め後ろにいる私の位置から見える瀬戸くんの横顔。瀬戸くんの唇の端が、ほんの少し、すこーしだけ、上がったように見えた。え、瀬戸くんが笑った?
「まあ、なんかあったら言ってもらえれば力になれるように努力するから。同じ学級委員として」
「あ、それはどうかお気遣いなく……」
言葉は柔らかく、でも言外に拒否の雰囲気をめいっぱい蓄えて私は答えた。そりゃ嫌でしょ。いくら赤点まみれの私でも、こんな完全無欠冷血マシーンみたいな瀬戸くんに勉強教わるとか。怖すぎ。めっちゃ私叩きのめされそう。
私と瀬戸くんは、同じクラスで学級委員をしていた。新学期、各委員を決める時に、瀬戸くんはほぼ全会一致の推薦で学級委員に決まった。瀬戸くんも拒否しなかった。ちなみに私はぜーんぜん学級委員なんかするようなガラではない。めちゃくちゃ成績悪いし、みんなをまとめるような発言力があるわけでもないし。ほんと劇とかやったら背景の木とか石ころ役にしか選ばれないような人間ですよ。でも、委員決めの時、瀬戸くんと一緒に学級委員をやろうと名乗り出る女子はおらず、推薦もみんな押し付け合いが発生し、最終的にくじ引きで決めることになった。そしてそういう時に限って当たりを引いてしまうのが私! 運悪すぎな私!
……というわけで、成績優秀で誰もが一目置く瀬戸くんと、成績は底辺でひたすら目立たない地面にめり込んでいるような私が学級委員となった。でこぼこコンビにもほどがある。
ま、私には何の能力もないし、瀬戸くんには申し訳ないけれど委員になったって何の役にも立っていなかった。ほんと、瀬戸くんが率先して決めごとやら先生の頼みごとをこなしている背後でちょこん、と存在しているだけの私ですよ。
だから瀬戸くんも私のことなんか放っておいてくれたらいいのに、まあ……真面目だからなんだろうけど、こうやって先生から呼び出しを食らった時は必ず私も誘って二人そろって先生の所へ行った。先生はいつも話す時、瀬戸くんしか見てないけどね。
私が先生から話しかけられるのは、たいてい成績のことを言われる時だけだ。成績悪すぎ! ってことで。
私もねえ、一、二年の頃は悪あがきしてみたんですよ。全然、さっぱり分からない授業に何とかついていこうと、毎日必死で課題をこなし、分からないながらも一生懸命授業を聞いて、理解しようと努力した! ……でもどう頑張っても理解することができなかった。分かった! と思っても翌日には何が分かったんだっけ? ってそれすら分からなくなっている。さすがに二年間もそんなことをやっていると、自分でも把握できる。うん。私は勉強に向いていない。だからあきらめる! この学校に入れてしまったのが何かの間違いだったんだろう。
とは言っても、さすがに卒業はしたいわけで。ずーっと赤点、補習続きじゃあ、それもやばくなってくるみたいで、ちょくちょく先生に呼び出しをくらった。
まあ、先生もさすがに私の現状は理解しているみたいで、もっと勉強しろ、とは言わなかった。やってもやってもこの子は理解できないんだなーと分かってしまったみたい。努力していないわけじゃないのは分かってくれてる。何とか課題提出だけでポイントを稼いでいるけれど、それでもまあ、成績悪すぎたらこのままじゃ卒業できないことになってしまうので、たまーに呼び出されて何とかここだけは理解してくれ、って言われたりする。その繰り返しだった。
たまたまそうやって私が先生に呼び出されてお説教されているところを、別件で職員室にやって来ていた瀬戸くんに聞かれてしまったことがあったらしい。それ以来、ごくたまに、瀬戸くんに勉強大丈夫? と聞かれるようになってしまった。う。恥……。そんなの聞かないでよう。まあ、瀬戸くんなので、そんな個人情報を誰かほかの人に漏らしたりはしていないみたいだけど……
勉強のことを考えなければ、私の学校生活はまあまあだった。ただ友達と楽しく過ごす場所。そう割り切ってしまえばね。ただ学校生活のほとんどは勉強時間でできているのが難なんだけど。
私の斜め前を歩いている瀬戸くんの横顔をそっと盗み見る。
瀬戸くんは……きっと学校生活は充実してるんだろうなあ。めっちゃ勉強できるし、学級委員の仕事も難なくこなして、そんで部長をやってるハンドボール部も大活躍してる。地味そうに見えて、実は顔が整っている、とひそかに女子に人気もある。完璧すぎ。人生楽しくて仕方ないんだろうなあ。
そんな風に思っていたら、突然瀬戸くんが私の方を振り返った。
私は驚いて、少し息を飲みこんでしまった。
「どうかした? めっちゃ視線感じた」
「えっ!? えーと、いえ、なんでもないです」
「なんで丁寧語?」
「なんとなく……」
また瀬戸くんはほんの少し口角を上げて、表情を和らげた。おお、これは……やっぱり瀬戸くん、笑ってる?
何だか見てはいけないものを見てしまったような気がして、私はぱっと視線をそらした。




