カミングアウト
1限の休み時間には、すでに私たちのことは噂になっていた。
ええー、ただ私たちが笑顔で挨拶しただけで噂になるのか……早いな……
噂とかに興味がない人も当然いるから、クラス全体に広まっているとは思わないけれど。でも私たちが付き合っているという話は伝播するようにクラスの中に浸透していった。
いや、そもそも昨日、ぶっ倒れた私を晴くんが抱きかかえて保健室に連れて行ってくれたもんね。晴くんは私たちの関係に気付いた人たちに口止めをしてくれたみたいだけど、もうその時点で私たちのことを気付かれる素地はできていたってことか。
それなら仕方ないか……
昨日、覚悟を決めるって決心したもんね。
そりゃ、他の人から見たら、私たちが付き合ってるなんておかしく見えるだろうけど……
晴くんは真面目な人だし、私が誘惑した、とか思われるのかな。うぐぐ。それはショックだけど……でもそう思われても仕方ないのかな……
まあ、そうとでも思わなくちゃ、私たちが付き合うなんておかしいじゃないかって言われると、あ、そうですね、としか返せないけど。
まさかあの晴くんが一目ぼれするとか、考えられないもんね……しかもそれが、馬鹿でチャラい私とか。うん。そりゃそうだ。
「なあなあ、もしかして二人、付き合ってるん?」
休み時間、後ろの席の子にそう声をかけられる。
さっきは朝一で心の準備ができていなかったからごまかしちゃったけど……
でももうごまかさない。
何があったって、私たちはちゃんとお互いに好きなんだから……別に、平気だよね?
私は何食わぬ顔で後ろを振り返った。
「二人って」
「そら、彩ちゃんと瀬戸くんやん! 朝の二人、ただならぬ雰囲気やったで?」
いや、絶対そんな怪しい雰囲気なんて醸し出してない! ただ二人でニコッて……笑っただけだし。
「別に普通やけど」
「普通ちゃうって! そんで? どうなん?」
「えっと……それは、えーと、うん、付き合ってる……よ」
どうしても声が小さくなってしまう。いや、普通に恥ずかしいしね!?
今まで誰かと誰かが付き合ってるのが分かった時、こんな風に改まって尋問されたりとかなかったよね!? なんで私たちだけ……いや、晴くんが特別だからか。
「うわ! ほんまなんや!」
後ろの子が大きな声を上げる。
教室の大部分の子が、その声でこっちの方を見る。
「ほんまに彩ちゃんと瀬戸くん、付き合ってるんや! えー!」
ぐ。大々的にカミングアウトなんてする気なかったのに……結局することになってしまった。
なんとなーく、自然に二人のことを知られる方法なんてないのか……
クラス中の目が私に注がれる。えー、待って、めっちゃいたたまれないんですけど……
今私、どんな目で見られてる? ほんとに? 騙されてるんじゃ? どっちが? うわー、釣り合わなーい、とか?
みんなの視線が突き刺さる。いや、ほんとに逃げ出したい……
私がどんな顔したらいいのか分からなくてうつむいていると、窓側に座っている私の反対側……通路側にすっと影が落ちた。
あ、晴くん。
晴くんが座っている私の横に立って、私をみんなの視線から隠してくれた。
「俺と花房さんのことについて、なにか質問があるんなら俺が受け付けるから、花房さんにはあんまりいろいろ聞かんといてくれ。ちなみに俺らは詮索されるんは好きちゃうから、必要最低限で頼む」
晴くんのその言葉で、一瞬、教室の中がしーん、と水を打ったように静かになった。
その教室内の変化に、噂には興味がなくてひたすら読書とか他のことをしていただろうクラスメートまでこっちを見ている。
遠くでひそひそと何か話している声は聞こえるけれど、はっきりと誰かが晴くんに質問してくることはなかった。
「……今は特にないんなら、後で思いついた時でもええから、質問は俺に寄こしてくれ。先に言っとくと、俺が花房さんのことを好きになって、頼み込んで付き合ってもらっとるから、あんまり花房さんに余計なこと言わんといてもらえるとありがたい。そのせいで俺がふられたら元も子もないからな」
「……え、えええ!?」
教室内がどよめく。
うわ、晴くん、何てこと言うの!?
たぶん動揺している教室内のクラスメートと同じくらい私も動揺してしまった。
晴くんの方が私を好きになって、って……そんな説明までしちゃうの!? 確かにその辺はいろんな人に突っ込んで聞かれそうなことではあるけど……
晴くんがくるっと私の方を振り返った。
「大丈夫? 花房さん」
「えっ……えっ? あ、うん、私は大丈夫……」
「もし誰かになんか言われたら、俺に教えて。俺が対応するから」
「う、うん……ありがとう」
晴くんは目元だけで優しい視線を私に送ってから、すぐにすたすたと自分の席に戻って座った。
教室内はまだざわざわしていたけれど、現段階では特に私が何か言われることはないようだった。
後ろの席の子が、私の背中をつつく。
「彩ちゃん、なんかごめんね」
「えっ? いや、大丈夫。なんもないし……大丈夫やで」
とにかく、今晴くんが私を守ってくれた。それだけはよく分かった。




