告白返し・3
投げやりな気持ちになって佇む私に、瀬戸くんが近付いてくる。
瀬戸くんはそっと私の肩に手を置いた。
「……彩、顔見せてもらってもええか?」
「え……」
嫌だ。絶対に見られたくない。今私、涙でぐちゃぐちゃだし、きっと顔は真っ赤だ。むくれてて、まぶたも腫れてるかも。絶対、ものすごく不細工だ。私は首をぶんぶん、と横に振った。
でも瀬戸くんは許してくれなかった。
強引ではないけれど、ゆっくりと私の手を取って、タオルを下におろされてしまった。
「ごめんな」
瀬戸くんが私の顔をじっと見ている。
恥ずかしすぎる。こんなボロボロでみっともない顔見ないでほしい。でもそんなこと言えるような立場でもない。私はずっとうつむいて唇をかんでいた。
瀬戸くんがゆっくりと私の唇に指を添えた。あまりにもどきっとして、口から心臓が飛び出るかと思った。
「あんまり唇噛んどると、唇が切れて血が出てしまうで」
「え……」
そこでようやく私は瀬戸くんの方を向いて……瀬戸くんと目を合わせた。
そして衝撃を受けた。
え、え、どうして? どうしてそんな……愛しそうな目で私を見るの。
瀬戸くんは私をいたわるように唇をそっとなでて、名残惜しそうに離した。それだけで瀬戸くんが私のことをどう思っているのかダイレクトに伝わってきた。
「彩、好きや」
瀬戸くんが……少し泣きそうな顔で、静かに言う。暗闇の中で、その言葉がくっきりと浮かび上がる。
「俺があんまり彩のこと好きやから、俺にとってその気持ちが当たり前すぎて……どんな理由も陳腐に思えて、彩にはっきりなんで好きなんか伝えられてへんかったな。どの理由でも充分に説明できへんと思った。そのせいで彩を不安にさせとったなんて気付かんかった。ごめんな。俺のせいでそんな辛い思いさせて……
最初は、ありきたりやけど一目ぼれやったんやと思う。四月に教室で彩の姿を見て、あまりにもかわいくて光り輝いてるように見えて……ものすごい目を奪われた。こんな子がおるなんて、なんで今まで気付かんかったんやろうって思った。……でも最初はそれだけやった。それが、同じクラスで彩の姿を見とるうちに、どんどん好きな気持ちが膨れ上がっていった。勉強があんまり得意ちゃうのに、必死で授業についていこうと頑張ったり、分からんくても課題は絶対に提出したりして、苦手なことにも一生懸命向き合っとった。試験もめちゃくちゃ集中して受けて、あんまりええ結果出んくて落ち込んどっても、切りかえてまた誠実に勉強に取り組んで。その姿勢を見て、結果に左右されることなく、いつでも目の前のことに真摯に向き合う子なんやな、と思っとった。
座学で勉強して試験を受けて、っていうのは苦手でも、クラスのイベントやクエストなんかの行事にはいっつも全力で取り組んどったやろう? 表立ってクラスを引っ張るようなことはなくても、あまりうまく自分の意見を言えんようなクラスメートの考えや思いを受け取って、取りまとめ役の人間につないだりして。誰もがその行事に主体的に関われるようにそっと手助けしとるところを見て、こんなにええ子がおるんやなあ、と思っとった。それも、無理してええ子でおるんちゃうくて、あくまで自然体やねん。そういうところにめちゃくちゃ惹かれた。俺はすぐに合理的に物事を進めようと考えてしまうのに、彩は人の気持ちを最優先して、みんなが楽しくおれるように気を配ってくれるんやな、と思った。そんな彩の姿を見てるうちに、なんとかもっと彩と関わりたい、俺の方を見てくれへんかな、と思うようになって……彩の一挙手一投足、すべてに心を奪われるねん。全部が光り輝いて見えて、彩の全部が知りたいと思うねん。
でもこういうのも、彩を好きな要素の一つにすぎんくて……それがすべてやとは思ってほしくない。それだけやないねん。彩のしぐさの一つ一つ、言葉の一つ一つがなにもかも好きでたまらんねん。彩のすべてが、あらゆる部分が好きなんやってことを分かってほしい」
瀬戸くんの言葉に驚きすぎて、私は目を見開いたまま危うく呼吸を忘れるところだった。それと同時に恥ずかしくてたまらなくなってしまった。
ええ、何それ!?
瀬戸くん、一目ぼれなんてするの!?
どういうこと? 私の外見が、奇跡的に瀬戸くんの好みと合致してたってこと!?
それに私、全然そんな、瀬戸くんが言ってくれるみたいないい子じゃないんだけど……
私はただ、自分が落ちこぼれだっていう自覚があるから……だからあんまり自分の意見を言うのが得意じゃない子も、仲間意識で共感して話すことができるだけだし……
そして私は、おそらく精神的に他の子より幼いせいなのか、あんまり男子に対して意識して話しにくい、とかそういうのがなくて、だから誰とでも比較的フラットに話せるだけだった。
そんな、瀬戸くんが言うような、いい子なわけでは全然ない!
行事に一生懸命なのも、ただ単に勉強よりも行事がおもしろそうだったからなだけだし。勉強ができない分、張り切っちゃっただけっていうか。
全部、何も深く考えず思ったまま過ごしているだけだ。それなのに……私のその普通の行動を、そんな風に見てくれる人がいたなんて。
「あのクラスのやつらに会った時、彩がすっと俺から離れて、しまった、って顔しとるん分かってた。そんなんなんも気にする必要ないのに、と思っとった。彩がいろいろ考えて俺とのことをまだ秘密にしておきたいって言うとってんから、他のやつらのおるところで俺と親密にしとるのを見られたくないんは当然やし。
……それやのに彩は、俺のことを考えてくれてたんやな。俺のことを傷つけたんかと心配して、自分を責めて、それで俺のために俺から離れようとしたんか?
そんなんひとつも気にすることない。俺やってこんなに身勝手や。ただ彩と一緒におりたいってわがままを言い続けとる。彩の不安になっとる気持ちに気付かずに、なんで彩のことが好きなんか説明もせず、付き合うてることを隠したいって言う彩の気持ちを知っとるのに学校の近くで軽々しく近付きすぎとった。俺の方がずっと勝手なことしとる。
だから、こんな俺のことなんか気遣ってくれんくてええねん。わがまま言うてくれてええねん。彩のどんな姿やって俺は見たくてたまらんねんから」
瀬戸くんは一生懸命だった。
一生懸命、私に気持ちを伝えてくれている。一つ一つの言葉がしっかりと私の中に入ってくるように、私を見つめ、言い聞かせるように話してくれていた。
私の不安とか、行動とか、全部受け入れて……それでも私が好きなんだって伝えてくれている。
そんな瀬戸くんのまっすぐな心が直接入って来たような気がした私は……今度は……これ、何の涙なんだろう?
さっきとは違う涙がまたぼろぼろ流れ落ちてきた。
うれしいとか、申し訳ないとか、苦しいとか……いろんな気持ちが全部混ざり合った涙。
……私、瀬戸くんが好きだよ。ものすごく好き。涙と同じように、抑えようと思っても抑えられない気持ちがあふれ出してくる。
瀬戸くんは私の手からタオルを受け取って、そっと頬に当てて涙を吸い取ってくれた。
「……まだ体調も完全ちゃうのに、こんなところで長々と立ち話してごめんな。帰ろう」
そっと私の背中に手のひらを当てて、帰り道へ促す。
やっぱりだ。いつもいつも、瀬戸くんはなんて優しく私に触れるんだろう。
「彩が俺のことを嫌いになったんちゃうかったら……別れても、俺に彩のこと、好きでおらせてくれな」
息が苦しくなるくらい、ずきんずきん、と胸が痛む。
そうだ、私、瀬戸くんに別れるって言って……
そうだよね、こんなに私のことを尊重してくれる瀬戸くんが、別れたくないなんて言って私の意に反することを主張するはずがなかった。
私……どうしよう。
別れたくないよ。
だって好きなんだよ? すごく好き。瀬戸くんも、こんな私に好きだって伝えてくれている。どうして別れなくちゃいけないの?




