告白返し・1
告白ってどうやるの?
いや、難しくない?
いきなり「好き」って打ち明けるのって唐突すぎる気がするし、だからと言ってそれまでの会話の流れで、どうやって「好き」なんて言葉が出るように持っていくの!?
分からない……
瀬戸くんに告白された時は……どうしてそんな話になったんだっけ?
えーと、私が瀬戸くんに怒られたって思って、しょんぼりしてたら、そうじゃなくて、って感じで告白された……んだったっけ?
もしかして私今、告白されてる!? って気付いた時の衝撃が大きすぎて、その前にどんな会話をしていたのかがあんまりはっきりしない。
今まで告白された時は?
ええと、自慢ではないんだけど、実は私は今まで告白されたことが何度かある。
その時は……突然だったり、この流れで告白!? いや、無理ありすぎでしょ……みたいな状況だったので、残念ながらええええ、という驚きはあったけれど、ときめいたりうれしいなんて感情は起こらなかった。
いや、そもそも別に好きでもない人に告白されてもね……ときめきようがないというか……。それに、相手も本気だったのかよく分からない。適当というか、手近なところでひっかかりそうな相手(私だ!)に声をかけてみただけ、のような感じがしたし、それ以外の時も相手は全然知らない人で、そんな人に告白されても、残念ながら少女漫画みたいにどきどきして一瞬で恋に落ちるようなことはなかった。
だからその辺の経験は全然参考にならない。
そして、うれしいって舞い上がってしまった瀬戸くんからの告白も、どんな流れでそんなことになったのかよく覚えていないという……駄目じゃないの、私。
どうしてこんなことをぐだぐだ考えているのかというと、瀬戸くんに告白したいな……と思っているからだ。
私たちは付き合っている。瀬戸くんは私に好きだって言ってくれた。
でも私は瀬戸くんに好きって言ってない。
付き合う時に、瀬戸くんのこと、好きなのかも? とは言ったけれど、あの時はまだ自分の気持ちがちゃんと分かってなくて……
そんな状態の私でも、瀬戸くんはものすごーく私を大切にしてくれた。優しくて、私のことを考えてくれていて……そんな瀬戸くんを、私も好きになった。かも、とかじゃなくて、はっきりと、好きになってしまった。
だからそれをちゃんと伝えたい。
もしかしたら伝えなくても瀬戸くんは分かっているのかもしれない。
でも……私自身が、瀬戸くんの誠実さに当てられてしまった、というか。
最初は何となくでお付き合いを始めてしまったけれど、今はちゃんと、本当に、瀬戸くんのことを好きなんだって伝えたい。
いちいち改まってそんなこと、する必要ないのかもしれないけどね!
瀬戸くんと一緒に帰っていた。
めまいがして倒れた私を心配して、瀬戸くんは私を早く家に帰そうとしていた。でも私が遅くなってもいいから部活が終わる瀬戸くんを待って一緒に帰りたい、とわがままを言ったから、瀬戸くんもそれを受け入れてくれた。
私はギリギリまで保健室で粘ってベッドを使わせてもらって、保健室が閉まる時間になったら今度は図書室へ移動して時間をつぶした。
私はお昼休みに入った瞬間に倒れてしまったから、お昼を食べ損ねてお腹が空いていたので、お弁当をもりもり食べた。
保健室でいっぱい眠ってご飯も食べて、あれ、もう私、めちゃくちゃ元気いっぱいじゃない?
お弁当を食べたらまた少し眠気がやって来たけど、これは睡眠不足だったから仕方ない。眠たい以外に自分の体調に変化は感じない。
よし、元気になった!
そう主張しているのに、私が瀬戸くんを待っていたのは、ただ一緒に帰りたかっただけだからなのに、部活を終えて図書室に現れてから、瀬戸くんは私をそのまんま体調不良の病人みたいに丁重に扱った。
……あれ? 瀬戸くんは、私が一緒に帰りたいって言ったの、本当に体調が悪いから一人で帰りたくないって意味にとらえてたの……?
荷物は当然持ってくれるし、私の背中を支えて、ものすごーくゆっくり歩いていく。こんなにゆっくり歩いてたら、駅に着くまでめちゃくちゃ時間がかかるんでは? って心配になるレベル。
私はただ、瀬戸くんと二人でおしゃべりしながら帰りたかっただけなのに……
そして、そのついでに告白できたら! って思ってたのに。
でも全然そんな雰囲気じゃなかった。
えええ、とは思うんだけど、瀬戸くんが本当に心の底から私を心配してくれているのが分かるので、無理にそんな……告白っぽい雰囲気に持っていくなんてできなかった。
「こんなに遅くなってごめんな。歩いていくん、大丈夫か? 俺におぶさっていくか?」
瀬戸くんが何度も私に声をかける。
いや、私、本当にもう元気いっぱいで、むしろ瀬戸くんの荷物だって持って行けちゃうくらいなんですが……。でもそんなことを言い出せそうな空気じゃない。
「ううん、歩くくらい全然平気やから。それに、晴くんが言うとったみたいに、しんどくなってへんから私待ってられてん。バッグも持ってくれてるし、これ以上迷惑かけられへんよ」
「なんも迷惑ちゃうし。俺が部活で遅くなったせいで、早く家に送っていってやれんくてごめんな」
「謝らんといて。そんなんで謝られたら、私も無理に待っててごめんねって言わなあかんくなるし」
「いや、彩と一緒におれてうれしいから、謝らなあかんことなんかなんもない」
「そうやろ? 私も同じやもん。だから二人とも謝る必要ないんよ」
瀬戸くんが表情を緩めて私を見る。その視線に気付いて瀬戸くんを見て……その優しいまなざしに胸がぎゅうって締め付けられるような気がして、ずっとは見ていられなくて、私はぱっと目をそらした。
恥ずかしがってるの、ばれちゃったかな……
……あれ? これ、もしかしてちょっといい雰囲気?
好きって……言えるかなあ、今なら。
「……あ、あのさ、晴くん」
「あー、瀬戸と花房」
突然声をかけられ、私の肩がびくっと反応した。
前に目をやると、近くの駄菓子や軽食を売っている商店から、クラスメートの男子が数人出てきていた。その中の一人が私たちに気付いたのだ。
あ、と思って、私は反射的に瀬戸くんから一歩離れた。離れた瞬間、私の背に添えられていた瀬戸くんの手を振り払ったような形になった。
その瞬間しまった、と思う。
「なにしとん、二人一緒に」
男子が私たちの方に歩いてくる。
どうしよう。
やってしまった。
私たちのことを知られたくない、と思っていた以前の気持ちに引っ張られて、無意識に瀬戸くんを拒絶するような態度を取ってしまった。
瀬戸くんはこんなに私のことを心配してくれているのに。
それに……瀬戸くんの話では、私たちのことはもう知られてしまったらしいのに。
でも、どれくらいの人に知られたのか分からない。数人なのか、瀬戸くんと仲のいい人だけなのか、それともクラス中なのか。
状況がよく分からない中でクラスメートに出会った私の体は、考えるより先に『知られたくない』方を選択してしまった。
あからさまに瀬戸くんの手を振り払うような行動をしてしまった……
私が大きな後悔と共にうつむいている隣で、瀬戸くんは普段とひとかけらも変わらない口調で男子の問いに答えた。
「花房さん、調子悪いねん。ずっと保健室で寝とったみたいで、ちょうど部活終わった俺と帰るんがかぶったから、今送っていってる」
「へー、さすが瀬戸やな」
「あんまり長話して花房さん待たせるんもかわいそうやから、俺らは行くで」
「おー。そんならなー」
「花房さん、行こう」
瀬戸くんが私を促す。
この反応……この男子は、私たちのこと、知らないってことか……
それなら、今の私の瀬戸くんを避けた行動は、物事を変に荒立てずに済んだから……これで良かったのかもしれない。
……いや、良かったのかな?
しばらく歩いてから、瀬戸くんが口を開いた。
「あいつは今日の昼、部活ですぐ教室から出て行って、彩が倒れたんを見てへんかってん。せやから俺らのこと知らんから、なんも心配せんでええ」
私ははっとして瀬戸くんを見た。瀬戸くんは私の行動についてまるで気にしていないみたいに……いつもと同じ口調だった。
「……まだ秘密にしときたいんやろう? 大丈夫や、俺らのこと、ばれてもたって言うたけど、一応ばれたと思われるやつらには口止めしとる。彩が大丈夫やと思えるようになるまで、ちゃんと秘密にするって約束は守るから」
「え……なんで……」
「彩は周りに知られたくないんやろう? 彩が嫌がることは俺も望まへん。だから秘密を貫けるようになんとか手を尽くすだけや」
……だから……どうして……
そんな風に、私のことを考えてくれるの? 私の意思を何よりも尊重してくれるの? 私、こんなに私の体調を気遣ってくれている瀬戸くんから真っ先に離れようとしたんだよ? そんなひどい女なんだよ?
瀬戸くんの優しさとまるっきり逆の態度を取っている自分にひどい嫌悪感が芽生える。
ああ、私、自分が嫌いだ。
だいっきらい。
私が二人の関係を秘密にしたい理由。ただの私の劣等感だ。優秀な瀬戸くんに自分はふさわしくないよなあって、言い訳してた。瀬戸くんはかっこよくて、瀬戸くんを好きな女の子もいるし、そういう子に恨まれるのも怖いしなあって。
でもそれって結局、全部予防線を張ってるだけだ。自分で自分に言い訳をして、付き合っても瀬戸くんにがっかりされたら。それでふられたら。他の女の子に嫉妬されてもしかしたら嫌がらせなんかもされて、くじけて嫌になって別れたいって思うかも。
自分に自信がないから、駄目だった時のことばかり考えて、先に自分だけ守ろうとしている。
こんなに……こんなに私のことを考えて、実際に行動してくれている人が目の前にいるのに。
私の行動は何なの?
瀬戸くんにわがままを言って、更に遠ざけるようなことをして。
本当に、ただの最低な女じゃないか!
私はぴた、と立ち止まった。
「晴くん……ううん、瀬戸くん」
自分の口から発した声が、自分でも驚くくらい硬かった。私の声を聞いた瀬戸くんも立ち止まる。
自分に対する嫌悪感でいっぱいになった私は、真っ黒な気持ちの中で吐き出される言葉を止めることができなかった。
「ごめん。私、瀬戸くんのこと、晴くん、なんて親しく呼ぶ資格なんかないや」
「……彩? どうした?」
「ごめん。ほんまにごめん。私、瀬戸くんの彼女になるんは無理やってよく分かった。私はめっちゃ狡いし、自分のことしか考えてへんし、誠実な瀬戸くんの隣に立ったらあかん人間やわ。こんなに情けなくてみっともない人間なんやって今まで知らずに生きてきとった。ほんまごめん」
「なに言うとるんや?」
瀬戸くんが眉を顰める。
「とにかくごめん。……バッグ返してくれる? ここまで持ってくれてありがとう。私もう、めっちゃ元気やし、一人で帰れるから」
私は持ってもらっていたバッグを受け取るために瀬戸くんに手を伸ばした。
でも、瀬戸くんはバッグを返してくれなかった。
「それには同意しかねる。彩が倒れてからまだ半日も経ってへん。自分は元気になったと思っとっても、実際は違うかもしれん。ちゃんと彩を家に送り届けるまで俺は安心できへん」
「だから……違う。別れるって言ってんの」
少し声が大きくなる。
自分自身にイライラして、そして私が言うことを拒否した瀬戸くんにも反抗的な気持ちが芽生える。
そのせいか、一番言うべきじゃない言葉が口をついて出た。
いやもう……ほんとに私、何やってるんだろう。
ついさっきまで浮かれて、いつ告白しよう? って思ってたはずなのにね。それなのに、実際に口から出たのは別れの言葉でした、なんて。でももう取り返しがつかない。
「瀬戸くんとはもう別れるから、バッグ返してって言ってんの。送ってもらう理由ないから」
私はうつむいていた。だから瀬戸くんがどんな表情をしていたのかは分からない。
それに、怖くて顔なんて見れなかった。
私の言ってること、やってること、あまりにもめちゃくちゃで自分勝手すぎる。それが分かるから、その私の言動を瀬戸くんがどう思うのか……それを知るのが怖かった。




