ときめき
チャイムの音が聞こえる。それから遠くに感じるざわめき。
ここは静かだ。
突然パチッと目が覚めた。
うわ、めっちゃ寝た! 寝まくった! ものすごく頭がすっきりしてる!
……けど、ちょっと目の周りがぼんやりする……あれ? もしかして私、熱っぽい?
私は眠る前と同じ、保健室のベッドの中にいた。ついたてて囲まれているベッド周辺には誰もいなくて、当然私一人。
相当長い間眠っちゃってた気がするけど……今何時だろう?
上半身を起こして時計ってどこにあるだろう? ときょろきょろしていると、保健室のドアが開く音がして、ついたての中に瀬戸くんが入ってきた。
「あ、目え覚めた? ごめん、声かけずに勝手に入ってきて」
「え、ううん、全然。もしかして私爆睡してた? 今何時間目?」
「もう授業終わった。だから彩の荷物持ってきた」
そう言う瀬戸くんは、これから部活に行くであろうジャージ姿だった。
授業が終わった!? てことは、私、お昼からずーっと爆睡してたのか。確かに寝不足ではあったけど。
「えー! そんなに私寝てた? やば。めっちゃ気持ち良くすやすや眠ってもた」
ベッドから抜け出そうとする私を瀬戸くんが手で制する。
「やっぱり調子悪かったんやろ? だからそんだけ眠ってたんやろ。ほんまは家に送っていけたらええねんけど……」
申し訳なさそうに話す瀬戸くんに、首をぶんぶん横に振った。瀬戸くんはこれから部活があって忙しいことなんて分かってるし。
「そんなんええよ! だって瀬戸くんやって部活やもんね。私はぐっすり寝たからもう元気やし」
「彩」
瀬戸くんが私に近付いて、そっと私の額に手を置いた。
……え……
いや、熱を測ってくれてるのは分かるんだけど……
何ていうか、触り方が……ものすごく優しくて、額に手を当てられた、ただそれだけなのになぜか私は感動してしまった。
そうだ、瀬戸くんに告白された時も……瀬戸くんは、そっと私の肩を抱き寄せた。その時、こんなに丁寧に私に触れる人がいるんだ、って驚いた。
あの時と同じだ。
「やっぱり少し熱いな。こんなんで一人で家に帰したくないねんけど」
「ううん、ほんまに平気! あの、ぶったおれてもた直後やったら分からんけど、今はゆっくり休んだ後やから、ちゃんと一人で帰れるし」
ぶったおれた……私、あんな教室のど真ん中で倒れちゃったのか! うわ、はずかし。
そしてよみがえってきた。
そうだ、私が倒れる時……瀬戸くん、私のこと、彩って名前で呼んだ。それですぐ駆け寄って抱き上げてくれて……
えええー! うわあ、みんなの前でそんなことしてしまったのか……!
恥ずかしいやら申し訳ないやら、こんなの……みんなに私たちのこと、ばれちゃったかなあ……
「あ……ていうか、私が倒れて、それ、瀬戸くんがここまで運んでくれたんやんね? なんかごめん」
「なんで謝るん。俺が彩を運ぶんなんか当たり前やんか。他のやつにやらせたくないし」
「う、うん」
でも絶対めちゃくちゃ目立っちゃったよね。まさか自分があんなことになるなんて思ってなかったよ。寝不足って恐ろしい。……いや、寝不足&体調不良?
「……そうや、彩に謝らなあかんことがある」
瀬戸くんがベッドわきの椅子に座って、私をじっと見つめた。
「え」
「俺らのこと、ばれた」
「……ばれた?」
俺らのこと……って、私たちが付き合ってることか!
あー……まあ、こうなってしまった以上仕方ない。……ちょっと周りの目は怖いけど。
でも私も明らかに瀬戸くんに対して挙動不審になっちゃってたし、隠していてもばれるのは時間の問題だったかもしれない。
「えっと、瀬戸くんが私のこと、彩って呼んだから?」
「……というか、それ以前にすでにばれとったみたいや」
すでにばれてた? え、嘘。誰に? 一人とか数人じゃなくて……まさかクラス中?
「ほんまに? ……それってもしかして、私が挙動不審やったとかそういう理由?」
「いや、そうやなくて、俺の方や。俺の彩に対する態度で周りにばれとったらしい。普通にしとったつもりやねんけど……できてへんかったみたいや。誰が見ても分かるくらい、俺の彩に対する態度が他とは違っとったらしい」
え……瀬戸くんの私に対する態度?
どうだろう。思い返してみてもよく分からない。なぜなら、瀬戸くんに告白されて、私も瀬戸くんのことを好きかも……って思ってしまった時点で、私は瀬戸くんのことを普通には見れなくなってしまったから。
瀬戸くんが私の視界に入るだけで、声が聞こえるだけで、そこに私自身が特別な意味を持たせてしまっていたから……
「……そんなに瀬戸くん、私に対する態度違っとった?」
「いや、それが……分からんねん。俺はできるだけ彩と二人でおる時以外は他の人と変わらんように接しとるつもりやったから。でも俺の中で彩が特別であることはどうしようもない事実やから、普通にしとるつもりでも、もしかしたらそういう部分が漏れ出てしもとったんかもしれん」
口元に手を当てて真剣に考えている瀬戸くんは、本当に心当たりがない、といった表情だった。
……あれ、瀬戸くんは別に、付き合ってることが周りに知られたってかまわないって思ってるのかなと思ってたけど……
でも、ちゃんと隠してくれようとしていたんだ。私が秘密にしたいって言ったから……だから私の気持ちを尊重してくれていたんだ。
私への触れ方といい、私のお願いをちゃんと守ってくれようとしていることといい……瀬戸くん、ものすごく私のこと、大切にしてくれてる?
……何だよもう。こうやって瀬戸くんは私をときめかせるのか!
「晴くん」
瀬戸くんの眉がぴく、と動いた。
瀬戸くんが私を見る。二人の目が合う。
私はへへ、と笑った。
「二人の時は晴くんって呼ぶって言うとったのに、いつもの癖で瀬戸くんって呼んどったなって今気付いた」
瀬戸くんが、すごく優しい目をして笑った。
「……彩になら、どんな風に呼ばれてもうれしいけど」
ぐ。またそんな、乙女心をわしづかみにするようなことを言って……!
「ほら! これはそらばれるわ!」
「え?」
「だって……そんな顔してるんも、女の子にそんな甘い言葉言うてるんも、今まで見たことなかったもん! それやのに、私に対しては、教室におってもどこでもそんな……胸がぎゅうってなるような優しい表情して。更に瞬殺されそうな殺し文句言ってさ! そんなん見たら、そら周りの人やって、あ、この二人はなんかあるって思うよ!」
「……そうか、それは……そんなら、しゃあないか」
「うん。しゃあないね」
私たちは二人で顔を見合わせて笑った。
ああ、駄目だ、やっぱり私、瀬戸くんのことすごく好きかも。何となく、そうなのかな? って気持ちから……気付いたらどんどん膨れ上がっていく。この人と一緒にいたい。この人ともっと笑い合いたい。そんなことばかり考えてしまう。
私は瀬戸くんの方に手を伸ばした。気付いた瀬戸くんが、すぐに私の手を取る。
う、めっちゃどきどきする。こんなにためらいなく私の手を取ってくれるのか……
「……私、やっぱり晴くんと一緒に帰りたい。部活終わるん、待っとってもええ?」
瀬戸くんは両手で私の手を包み込んだ。
「それやと遅くなってしまうから……体調良くない彩をそんな遅い時間まで学校におらせられへん」
「ちゃんとここで寝てる。ここがあかんかったら図書室とかでおとなしく待ってる。私を一人で帰らせる方が心配やない?」
わがまま言いすぎかな。でも今……今日、このままバイバイって離れてしまいたくなかった。
「それは確かにそうやけど。……分かった。でも、もしほんまに途中でしんどくなったら、タクシーでもなんでも呼んで絶対に先に帰ってくれ。それだけ約束してくれるんやったら、彩の体調が大丈夫な範囲で待っていてほしい」
「うん、分かった」
絶対大丈夫な自信がある! 爆睡したおかげで、今私、めっちゃ元気!
瀬戸くんは立ち上がって、羽織っていたジャージを取り、私の肩にかけた。
「毛布ほどぬくくないけど、ないよりましやから」
それからそっと私の頭をなでた。
「保健室が開いとる限りはここでゆっくりしとってくれ。俺は部活に行くから」
「うん。頑張ってね」
二人で笑顔を交わす。すごくあたたかい空気が私の中になだれ込んできたような気がした。
瀬戸くんが保健室を出て行った後も、ずっと私の胸は高鳴ったままだった。どきどきしっぱなしで、うわーってなって、顔がにやけて元に戻らない。
いやいやいやいや。こんなの……ときめかない方がおかしい。
今までこんな風に大切にされたことあった!? 私が好きだって、態度で、視線で、言葉で示されたことあった!?
まるで夢を見ているみたいな、誰かに思ってもらえる気持ち。それを瀬戸くんがくれた。
……こんなの、好きにならない方がおかしいじゃないか!




