Can you keep a secret? ・3
自由登校なので、学校に行っても、クラスには十人に満たない生徒しかいなかった。
私も進路が決まった今、特に学校に用があるわけじゃないんだけど。でも晴くんに会いたいから! だから私は学校に通う!
でも学校に着く寸前、晴くんから連絡があって、家の用事でちょっと学校に行くのが遅くなる、と知らされた。
まあそれは仕方ない。そんなのはいいんだ。だって学校にいさえすればそのうち晴くんに会えるんだもん。
私はクラスでちょこっとクラスメートとおしゃべりした後、教室を出た。
三年生以外は授業をやっているから、本当はあんまり学校内をフラフラしちゃいけないんだけど……
でも私は一人でゆっくりと校内を散歩した。
思い出をたどる、と言うと大げさだけど、ここであんなことしたな、こんなことがあったなって思い出しながら歩いていた。
一、二年の頃の思い出だってもちろんたくさんあるけど、やっぱり三年になってからの記憶は格別だ。
だって晴くんと出会って、付き合うようになったから。
それ以前の記憶は何となくセピア色っぽいんだけど、晴くんと付き合うようになってからの記憶は急にめちゃくちゃ色鮮やかになる。
この廊下で、窓から夕陽の赤い光を浴びながら晴くんと歩いたな、とか……晴くんと手をつないで、その大きさ、あたたかさにじーんとしたんだよね。
他にも、放課後のしんとした教室で、うんうんうなりながら晴くんに勉強を教えてもらったなあ、とか。私がどんなに頭が悪くても、理解力がなくても、晴くんはひとつも怒ったりイライラしたりせずに根気強く付き合ってくれた。あんなに頭を使ったこと、受験の時だってなかった。
そうだ、体育館の前で、練習できなくてふてくされてる双子に会ったなあ。あの時はめっちゃ怖かった! 二人とも頭は派手だし目つきは悪いし、ガラの悪い人にしか見えなかったもん。
ほんと、晴くんに会ってから、突然私の周りはめちゃくちゃにぎやかになった。
双子に誘拐されたり、晴くんと他の女の子のことでやきもち焼いたり、あ、私がいつも受けてる補習に、かしこい晴くんが加わったりもした!
いろんなこと、全部楽しかったな。
そんなことを思い出しながら、私は学校の屋上へ向かった。
階段を上りきり、ドアを開けて私は屋上へ出た。
そのまままっすぐフェンスの方へ向かう。
遠く河川敷が見渡せる場所。
ここで花火を見たなあ。
晴くんと、カナくんとユウくんと。
四人でキュウリをポリポリかじりながら花火を見た。
今考えても、どうしてキュウリ!? って思うけど。あの時それしか食べるものがなかったから仕方ない。
あの時見た花火……きれいだったなあ……
私がぼんやり遠くを見つめていると、屋上のドアがギギ、と開く音がした。
あ、誰か来た。
私がドアの方を振り返ると、体操服姿のユウくんがいた。
「え、ユウくん?」
「おー、彩さん。どうしたん、屋上なんか来て」
「ユウくんこそ」
「体育しとったら彩さんがうろついてるん見えたから追いかけてきた」
追いかけてきた!?
いやいや、ユウくん、授業中なんじゃないの? 勝手に抜け出したりしたら駄目じゃない!
「それあかんやん! 授業はよ戻りなよ」
「えー? もうええわ。今から戻ったってすぐ授業終わってまうし」
このマイペースさ! いや、こういう子だって分かってるけど……ほんとにしょうがないなあ。
「追ってきたって? 私になんか用?」
「んー、用というか……」
ユウくんは少しの間視線を巡らせてから、私を見てニッと笑った。
「彩さんが俺の秘密をばらしてへんか監視しに来た」
何だそれは。私はあきれてしまった。
監視って! どう考えてもこれ、適当に言ってるな? 授業をさぼる口実、かな。
「心配せんでも誰にも話してへんし」
「あれ? そうなん?」
「え……そらそうでしょ。ユウくんやって誰にも言ったらあかんって言うとったやん」
「それはそうやけど、彩さんなら部長には漏らしてまうかなーと思っとった」
「なにそれ! 私やってしゃべってええこととあかんことくらい分かるし。秘密にしてほしいって言われたことを誰かに言ったりせんよ。独り言でも口に出してへんもん」
「ふーん」
特にありがたがる風でもなくユウくんが言う。え、何? 晴くんに話しちゃっても良かったの? だってカナくんにも言ってないって言うから……絶対誰にも知られちゃいけないんだって思ってたのに。
……ユウくんがハンドボールをやめてまでやりたいことって何なんだろう……
気になる……けど、これも聞いていいのかどうか分からない。だから私は何も聞けなかった。
ユウくんは座ってフェンスにもたれかかった。
「……彩さんは? 東京に行く準備とかしてんの」
「あー……一応来週、両親と東京に行って住むところ探すことになってる」
「ええなー、東京か。うまいもんめっちゃいっぱいありそう」
「そうかな……」
おいしいもの……ま、ユウくんなら確かにそれが気になるか。私は全然そんなこと考えてなかった。食べ物とか気にするような気分じゃなかったし……
私がフェンスをぎゅっと握りしめると、ユウくんは首をかしげながら私を見上げた。
「なんなん? あんまり楽しみっぽい感じちゃうな」
「え……」
楽しみ。楽しみなんて……今のところない。不安しかない。
東京でやっていけるのか。一人で私は大丈夫なのか。晴くんと離れてしまっていいのか。もうずっとそればっかり考えている。
もちろん自分で決めたことだから、両親に行くのが怖いなんて言えない。晴くんにも言えない。だから私は彼らの前では行きたくて仕方ないんだよって振る舞っていた。
「まあ……ほら、私心配性やし……自分がどんくさいん分かってるし。向こうでほんまにちゃんとやっていけるんかなって、そら不安やよ。ユウくんとか……カナくんや晴くんみたいに自分に自信があるタイプちゃうし。高校生やなくなることがすごい心もとない感じするし……」
この場所で、何の迷いもなく私は高校生という立場に守られていた。ここは私を守る優しい檻だった。でも卒業したら、強制的にこの檻からは出て行かないといけない。それをこんなに不安に思うなんて。
「……は、なにそれ」
ユウくんが、馬鹿にしたような口調で言う。
私はえっ? と思ってユウくんを見た。
「しょうもな。まだそんなこと言うとるんか? 彩さん、こないだは一人で立てるようになるんや、とか立派なこと言っとったくせに。東京に行くことは決まっとるのにまーだウジウジ悩んどるんか? めっちゃくだらん。そんなん、もう行くんやめてまえば?」
「え……? いや、不安やけど……それでも私、なんとかやっていかなって思って」
「そんだけ弱音吐きまくっとるくせに? やめとけやめとけ。どうせすぐくじけてこっちに逃げ帰ってくることになる。行くだけ無駄や。そんな行く前からぐじゃぐじゃ言うとるやつ、なにやっても無駄や。行くんあきらめて一生ここで埋もれとればええねん」
私はものすごくびっくりしていた。
今までユウくんがここまで強い言葉で私を非難してきたことってなかったから。
いつも、他人が喧嘩をしたり言い合ったりしている場面に行き合っても、ひょうひょうとして場を流してしまうようなユウくんが。喧嘩なんて、カナくんとしかしないユウくんが。
……それだけ今の私の姿が情けなかったってこと? みっともなくて、ユウくんを苛つかせたってこと?
……でも。
でも、私だってここから頑張っていこうって自分を奮い立たせてる。すぐに弱音を吐いてしまうけど、それでも前に進まなくちゃって思ってる。そうしなくちゃいけない状況に自分を追い込んで、何とか一歩踏み出そうと思ってる。
……それなのに、あきらめろとか、一生ここに埋もれてろとか言う!?




