86 魔王になって良い国をつくろうかなと考えていますが、大丈夫ですか?
「あなた、お帰りなさい」
「お父様、お帰りなさーい」
王宮から帰宅したアーサーの目の前にはミディアン、レアの他にもいた。
「お帰りなさいませ。旦那様」
「おぉ、良く似合っているではないか、ヴェルナー」
体調が良くなったヴェルナーは少しでも早くデイヴィス家で執事見習いとして働きたいとスチアート学院の理事長ジェイダンに訴え、アーサーが帰る前にデイヴィス家に来ていた。
事前に事情を知っていたので、ミディアンもレアも快く受け入れていた。
「あなた、ヴェルナー君、よく頑張っているわよ」
「いえ、ハイランドさんの教え方がすごくわかりやすくて。初めてのことばかりですが、楽しいです」
「すまないねぇ、執事なんかやらせて」
「私がやりたいと言ったのです」
ヴェルナーはイエッツェ王国にいた頃は、侯爵家の令息。世話をされる側だったのが、ここに来てからは逆の立場となっている。
アーサーは馴染めるかどうか不安に感じていたが、今の様子を見る限り、充実しているように見える。
「それならばよかった。本当ならスチアート学院に通わせたいのだが、今は難しくてな。でも、安心しろ。必ず通わせてやるから」
「私はここで執事として一生を過ごしても構いません。イエッツェの時で過ごしていた時より・・・ずっと・・・」
ヴェルナーはイエッツェでの苦痛な日々を思い出していた。父からの期待に応え、ロボットのように感情を押し殺して父の指示に忠実に従い過ごす日々。今のデイヴィス家での生活は覚えること、学ぶことがたくさんあり大変だが、充実した毎日だった。
「ヴェルナー、旦那様のお荷物を部屋まで」
「はい、執事長」
ヴェルナーは涙をぬぐい、誇らしげな笑顔でアーサーから荷物を受け取り、部屋まで向かって行った。
(今はカインに注意が向いている。カインは強い。ヴェルナーは普通の子供よりは優れているが、とてもじゃないけど魔族になど対応できない。今のところはここで保護していれば大丈夫だな・・・しかし、親としては失格だな。息子の強さを盾に他人の子供を守るとは・・・)
アーサーは情けなく感じていた。カインは七歳にしてすでに守られるのではなく、守ることができる男となっている。息子の成長は親としてはうれしい事だが、複雑な思いもある。
元々、カインは子供らしくない。それは魔王ベザレルの血を受け継いでいるからなのか、それとも、まだ知らない母親の血を受け継いでいるからなのかはわからない。ベザレルからカインを受け取った時から、アベル、レアと同じように育ててきた。カインを人族のどこにでもいるような子供として育ててきたつもりだった。
しかし、血は争えない。勇者が育てても、魔王の子は魔王の子供である。それでも、アーサーはカインは自分の息子だと、アベル、レアと同じで、大切な息子だと思っている。たとえ、カインが魔族になることを選んだとしても、それでも、ずっとカインの父親でいようと決意している。その想いは母のミディアンも同じである。
「あなた、どうしたの?」
苦しそうな表情で机に向かっているアーサーを見て、ミディアンは心配していた。
「なぁ、ミディアン。俺はカインにとって立派な父親だろうか?」
「何言っているの?当たり前でしょ?カインの父親はあなたしかしないでしょ?」
ミディアンはアーサーの言葉で何を心配しているのか感じ取っていた。
「カインは幼い頃からずっとあなたを尊敬しているわよ。あの子、感情を表に出すのが苦手だから、よくわからないことも多いけど、あなたが剣術の練習している時、抱っこしていたカインの目は輝やいていたわよ」
「本当か?」
「そうよ。それにあなた言っていたでしょ?あなたが危なくなった時、初めてカインが泣いたって。あの子は感情表現が下手なだけで、感情がないわけではないのよ。泣いたのもあなたを失うのが、父親を失うのが怖かったからでしょ?私にもなかなか甘えてくれないけど、時々、見せるのよ。抱きしめてほしいと訴えるような、子供らしい顔を。言葉には決して出さないけど。その時に抱きしめてあげるとちょっとだけ頬が緩むのよ。あの顔が本当に愛らしいの。あなたはまだわからないでしょうけどね」
「そうなのか?」
アーサーが思い返してもカインの表情はいつも無愛想で不機嫌そうな表情しか浮かばなかった。これが父親と母親の違いか、カインの感情を読み取り、引き出せるミディアンのことを感心していた。
「それよりあなた、カインは大丈夫なの?」
「あぁ、セヴァスの報告では・・・概ね問題ない」
「概ね?」
「大丈夫だ」
(さすがにカインが精力剤を飲まされ大変だったとかは言えないよな)
セヴァスはアーサーを信頼しているのか、一から十あったこと全て事細かに報告してくれる。全て問題なく対処してくれているようなので、安心だが、セヴァスはいい意味で魔族の抱いていた固定概念をことごとくひっくり返してくる。
「カインの執事をしてくれているセヴァス?私も早く会ってみたいわ」
「いい魔族だ。あれは魔族だと思わない方がいいかもな」
ハックション!
「どうしたのセヴァス?風邪?」
「いえ、誰かが私の噂でもしているのでしょう。それより、王宮に戻ったらやることが山積みですね」
「早く解決しないと僕が魔王になっちゃうしね・・・でも、逆に魔王になって、良い国を作るのもいいんじゃない?」
「カイン坊ちゃま、国を支配するとはそう簡単なものではありませんよ」
「そうかな・・・いい案だと思ったんだけどな」
カインが考えるほど甘くはない。魔法では右に出るものはいないが、政となると何の知識もないただの七歳の子供である。
「よーし。カイン君が魔王になったら、お嫁さんにしてもらって、魔女になっちゃおうかな」
「えっ・・・嫌ですよ」
「何でー」
相変わらず能天気なベルネットに呆れながらも、これからの魔族との戦いに向けて、カインは自分のなすべきことを思い巡らしていた。




