85 再び悪魔の液体を飲まされそうなのですが今度こそ本当に、大丈夫ですか?
「ゼルコバさん、アンドラはいますか?」
流暢な獣人語でベルネットは店の店主と話していた。
(この人基本的には優秀な人なんだよな・・・調子に乗らなければ)
ベルネットは普段変人にしか見えないが、一応王家の血筋である。基本的には何事も卒なくこなし、言語においては、他種族の言語全て独学で習得しており、人族の地方の方言も全て理解し、話すことができる。
「アンドラは今買い出し中だって。二階で待っててだって」
ベルネットは慣れた様子で店主と話し、前回訪れた時と同じ個室の部屋でアンドラの帰りを待っていた。
「ごめんごめん。待たせたようだね」
アンドラはいつものように豪快にやってきた。手にはアルコールと謎のジュースを持っていた。
「カイン君はこれね」
「何ですか?この飲み物は?」
「アンドラ特製野菜ジュースだよ」
カインは青ざめ、ベルネットは笑い転げていた。
「どうしたんだ?カイン君、顔色悪いぞ。これ飲んだら元気になるよ」
エルフのリンから出された野菜ジュースとは色も匂いも違ったが、全く飲む気になれなかった。
相変わらずベルネットは床で転げながら大声で笑っていた。その様子をカインは、虫でも見るかのような冷めた目で見ていた。
ベルネットは笑い転げながらアンドラにエルフの国であった珍事件について話した。
「はっはっはっ、そりゃーカイン君、とんだ災難だったね。リンさんを襲わなかったのは男として賞賛に値するね」
「別にそんなことで褒められてもうれしくないですから」
まだ笑い転げているベルネットをよそに、アンドラは野菜ジュースを差し出した。
「これは本当に大丈夫だから。野菜ジュースといっても果物も入っているし、甘くておいしいよ」
(そう言われても・・・ねぇ・・・)
それでも疑っているカインを見て、アンドラは差し出した野菜ジュースを一口飲んだ。
「ほら、問題ないでしょ?」
カインはアンドラが実際に飲んでもまだ疑っていたが、アンドラの笑顔が母ミディアンと重なって見えた。
(そういえばお母様も良くジュースを作ってくれたな。お母様のジュースは甘すぎて病気になりそうだったけど)
意を決してカインは野菜ジュースを一気に飲み干した。
「・・・美味しい」
エルフの国で飲んだ野菜ジュースも美味しかったが、アンドラの野菜ジュースも程よい甘さで美味だった。
「美味しいだろ?さぁ、お腹空いているだろ?話は食事してからね。ハナ、いい加減にしろよ」
「痛てててて・・・」
ベルネットはアンドラに頭をはたかれ、ようやく笑いがおさまった。
「ごめんごめん、カイン君。思い出したらおかしくて」
「しばらく話しかけないでください」
「ごめんってば」
アンドラが料理を運んで来るまで、ベルネットはカインに許しを請いていたが、腕を組み、ベルネットと目を合わせることなく怒っている態度を取っていた。実は、もうそれほど怒っていなかったのだが、二度といたずらされないようお灸を据えるため、怒っているふりをしているのだった。
「まだ喧嘩しているのかい?」
アンドラがいる手前、怒っているふりもできなくなったカインはベルネットと無理やり握手され、一応、仲直りしたことになった。
「ありがとう、カイン君ー」
抱きついて来ようとするベルネットに抵抗しながら、カインは本題に入ることにした。
「それで、アンドラさんの方はどうでしたか?」
「まずはカイン君の母親の件だけど・・・これは何の情報もつかめなかった。唯一つかめたのがドワーフの国で・・・」
「もしかして『金色の瞳を持つ者は神に遣わされた者』ですか?」
「ほぉ、もう知っていたのか」
アンドラは驚いた顔でお酒を飲み干していた。
「だったらこの件は話す必要ないな。私もそこまでしか情報をつかめなかった。この件はまた違う筋から探ってみるよ」
「ありがとうございます、アンドラさん」
「好きでやっているから気にしないでくれ。それに、私もカイン君の母親には興味あるしね。あと、もう一つ。イエッツェと魔族のつながり・・・こっちに関しては大方わかってきたよ」
「僕たちも情報ありますから共有しましょう」
さすが情報屋なだけはある。アンドラがつかんできた情報は初めて知る大きな情報ばかりだった。
「ということはイエッツェの国王は相当前から魔族に操られていたわけね」
「元々は民を思う良い王だったはずだから。今は完全に操られているね。一応操られているだけだから国王は生きているよ。だから、その・・・ハナ・・・ハナが・・・」
「アンドラ、わかっている。それ以上は言わないで。でも、わかってはいるけど・・・」
アンドラの話からするとベルネットがグローリー教会に捨てられたのは国王が魔族に操られた後だと言える。つまり、捨てられたのは操られた国王の時であって、本物の国王の意志ではない。
しかし、そうわかっていてはいても捨てられた事実には変わりはない。ベルネットの心はそう簡単に受け入れることができなかった。
「私のことはいいから続けて」
先程まであんなにふざけていたベルネットだったが、今は柄にもなくしおらしくしていた。
「話を続けるよ。側にいるスチアート王国の宰相は魔族が作り出した幻影みたいなものだから。まぁ、すでにスチアート王国の国王にはバレているから意味はないけど。魔族は今、ガド派ともう一つの派閥で争っているわ。目的は同じだけど、やり方は全く違う。ガドは魔族らしからぬ穏便なやり方。これはカイン君が実の兄の息子だからってこともあるけど。こんな言い方があっているかわからないけど、割といい魔族」
「そうですね。叔父様は本当は優しい人なんだと思います。実のお父様の弟ですから。お父様を殺そうとした点は許せませんが」
カインにとってあの一件はトラウマになっている。しかし、それと同時に初めて大事な家族を失う恐怖を知った日でもあった。あの日以来、カインは少しずつ感情が表れるようになっていた。カイン自身もそれを感じていた。
「そのもう一つの派閥がかなり厄介で・・・頭の名前まではわからなかったけど、相当な闇魔法の使い手だよ。すでにフェーズとグレテスにはスパイを送り込んでいるみたいだから。スチアートを崩したら一気に人族を支配する気だよ。それと、もう一つ。イエッツェが人族以外の種族を奴隷としてさらっていった件、この魔族と関係していたよ」
「そうだとは思っていたけど、何のため?」
アンドラはなぜかチラチラとカインを見ながら、言うのをためらっていた。
「どうしたのですか、アンドラさん?」
「その・・・カイン君にはまだ早い話かなと」
そう言いながら、コソコソとカインに聞こえないようベルネットに話していた。
「あぁー・・・カイン君にはまだ早いかな」
「???」
結局カインはなぜ他種族が奴隷としてさらわれたのか理由を聞き出すことができなかった。




