80 野菜ジュースという名の液体を飲まされていますが、大丈夫ですか?
「ごめんね。カイン君。普段、ここを訪れる人なんていないから、つい・・・」
そう言いながら、リンは二人に野菜ジュースを出してくれた。見た目はあまり美味しそうには見えなかった。
「カイン君、見た目はあれだけど、とても美味しいよ。それに・・・まぁ、飲んでみて」
水のようにゴクゴク飲んでいるベルネットを見ても、カインは半信半疑だった。
カインは覚悟を決めて、一口飲んでみた。
「・・・美味しい」
飲んでみると野菜の甘みを感じ、想像以上に美味しかった。
「よかった。気に入ってくれたみたいで」
カインはリンに微笑まれ、思わずドキッとしてしまった。これ以上リンを見ると、先程の裸の映像が脳裏にフラッシュバックしそうだったので、野菜ジュースを一気に飲み干していた。
「カイン君・・・エルフ族は裸を見られたら、その人と結婚しないといけないんだよ」
カインはベルネットの言葉に、つい野菜ジュースを噴き出してしまった。
「カイン君、汚い」
「ごめんなさい」
「もう、ハナったら・・・カイン君、嘘だから気にしないで。今、拭くもの持ってくるから」
リンは急いで布を持ってきて、カインの口元を拭いていた。幸いにも汚れたのはカインの口元とテーブルの上だけだった。
「ベルネット先生・・・」
「ごめんごめん」
カインは冷ややかな目つきでベルネットを見つつ、もう一度、リンに謝罪した。
「気にしないで。カイン君はまだ子供だし」
カインから見ると、どこか儚げな雰囲気を出しているリンは、ベルネットの話に出てくるような、血の気の多いエルフには見えなかった。
「どうしたの?カイン君」
「・・・」
ベルネットの声が聞こえているのか、いないのかわからないが、カインは首を傾げながらリンのことを観察していた。
「カイン君?」
「すいません。リンさんが僕の抱いていたイメージとかなり大きく違ったもので」
「あら。ハナ、この子に話したの?」
リンは少し複雑な表情を見せていた。
「大丈夫、大丈夫。カイン君は話しても問題ない子だから」
「でも・・・」
エルフは元々警戒心の強い種族である。リンの過去は子供にするような話でもない。
「カイン君は・・・奴隷となっているエルフの人たちを助けようとしてくれているんだよ」
「まさか・・・ハナ、この子はまだ子供よ。そんな簡単な話じゃないわよ」
リンが感情を露わにし、カインはようやくリンの元来の姿を見たような気がしていた。
「リン姐さん・・・私も辛いんだよ。リン姐さんが里から離れてここで一人で暮らしていることが・・・リン姐さんがしたことは許されない事だったかもしれないけど、私は知っているよ。リン姐さんが隠れて仲間を助けに行こうとしたことも。それを・・・リン姐さんの親父さんとお袋さんに止められたことも」
「何でそれを・・・」
「親父さんが言っていたよ。『勝手に国を出て行って、仲間が犠牲になったことは決して許されることではないけど・・・父親としては・・・本当に娘が無事でよかったと。娘がどんな非難を浴びようともリンを守れるのは私と妻だけだ』ってね」
リンは膝から崩れ落ち、涙で床を濡らしていた。
自ら望んだことではあったが、里から離れたこの場所に追いやったのはリンの両親だった。
当時、リンは今住んでいる場所に無理やり連れてこさせられ、リンだけを残し、両親は去って行った。
「もう二度と里には来るな!」
父はすごい剣幕で言い放ち、母はリンの顔すら見なかった。
リンは両親にも見捨てられたと感じ、孤独に過ごしていた。唯一、ここを訪れるのはベルネットだった。
実は、リンの両親は心を鬼にして、リンをこの場所へ連れてきた。他のエルフから軽蔑な目で見られたり、奴隷にされた子供たちへの復讐として、危害を加えられないようにするためだった。
両親の本心にリンはようやく気づくことができた。
「パパ・・・ママ・・・ごめんなさい」
ベルネットは優しくリンを包み込んだ。カインはいつも通り無愛想だったが、奴隷になった者たちを救いたいという気持ちが一層強くなっていた。
「イエッツェ王国の宰相、ザイン・ロペス?」
アルバートは全く状況がつかめなかった。
「よくわかりましたね。さすが、勇者アーサー・デイヴィス様」
「あなたの口元の傷は見覚えがありましてね。一度しか見かけませんでしたが、印象深かったので」
「・・・さすがですね」
アルバートはアーサーの言葉で見覚えのある傷を思い出した。
「あぁ!あの時の」
「アルバートもまだまだだな。それで、命を危険に晒してまでここに来た理由は何ですか?」
「はい・・・このままでは・・・イエッツェ王国は・・・魔族に乗っ取られてしまいます。それと・・・国王はあなたの息子を手に入れて・・・この大陸を魔族と共に支配するつもりです」
ある程度予想をしていたアーサーは特に驚く様子もなく、表情も全く変わらなかった。アーサーの冷静な様子に、ザインは少し驚いていた。
「詳しく話を聞かせてくれますか?」
「はい・・・あれはたしか・・・魔王ベザレルが亡くなった頃だったと思います」
思い出すのも怖ろしいのか、ザインは苦々しい表情で語りはじめた。
七年前、カインがデイヴィス家に引き取られている頃、イエッツェ王国にも魔王ベザレルの死が報告されていた。ザインはこの時すでにイエッツェ王国の宰相となっていた。
「さすが、アーサー・デイヴィス。勇者の末裔だな。これでしばらくは魔族の存在にも怯えなくてすむな」
「はい。しかし、次期魔王もすぐに決まるのではないかと」
「ベザレルには子供はいないだろ・・・だとすると・・・」
「弟のガドがなるかと」
「そうか・・・あの男なら手を組みやすいかもな。よく殺してくれたよ、アーサー。あのベザレルは魔族らしからぬ魔族だったからな」
「その言葉はどういう意味ですか?」
アルバートはつい話の腰を折ってしまった。
「アルバート・・・はぁ・・・つまり、そういうことですよね?」
「はい・・・」
「どういうことですか?」
「つまり・・・ベザレルが魔王だった時からイエッツェ王国はベザレルに交渉していたんだよ。手を組んでこの大陸を魔族とイエッツェ王国で支配しようと」
「まさか・・・」
ザインは大きくため息をつきながら、深く頷いた。




