79 怪しい男が勇者の家に乗り込んできましたが、大丈夫ですか?
カインたちがドワーフの国にいるころ、デイヴィス家の門の前で、ちょっとした揉め事が起きていた。
「だから、言っているでしょ?今は勇者様はいません。それに、お前なような怪しい者を屋敷に入れられるわけないだろう」
フードを深く被り、顔を一切見せない男は勇者に会わせろと言って、ずっと門番に食いかかっていた。
ちょうどその頃、アーサーがアルバートを伴い帰って来た。
「どうした?何事だ?」
「アーサー様、お帰りなさいませ。この男が勇者に会わせろと言って訪ねて来たのです。追い返そうとしていたのですが、なかなか強情で、何を言っても追い返せなくて」
門番たちはフードを被った男はただの勇者のファンだろうと思っていた。
勇者アーサーは人気者である。こういうことは日常茶飯事である。大抵は、すぐにあきらめて帰るのだが、この男はなかなかの頑固者だった。
アーサーはフードの男を観察した。
(この男・・・どこかで会ったことあるような・・・)
少しだけ見える口元に見覚えがあった。唇の右端のすぐ横に小さな切り傷があった。
アーサーの脳裏にある男の顔が浮かんだ。
「アーサー様、ここは私が追い返します」
アルバートが男を追い返そうとした時、アーサーはそれを止めた。
「待て」
「アーサー様・・・この男のことを知っているのですか?」
「あなたは・・・まさか・・・」
男はアーサーが自分の正体に気づいたことを確信し、小さく頷いた。
「・・・話は中で聞こう。アルバート、この男を客間に案内しろ。私が来るまで、見張っておいてくれ」
「はい・・・承知しました」
いかにも怪しい男を屋敷に入れるなど、アルバートはまだ納得していなかったが、アーサーの様子からして、ただの訪問客ではないことはわかっていた。
アーサーが着替えている間、アルバートは男に怪しい動きがないか、瞬きもしないくらいにずっと見張っていた。男は出された紅茶にも手を付けず、ただ、じっとアーサーが来るのを待っていた。
「待たせてすまない」
アーサーはソファーに座り、紅茶を一口飲んだ。
勇者アーサーの気迫に緊張しているのか、膝の上に置いている男の手が震えていた。
「それで、なぜあなたが私の家を訪ねて来たのですか・・・イエッツェ王国宰相ザイン・ロペス様」
カインとベルネットは最後の国、エルフの国に入国していた。
「すごい・・・絵にかいたような景色とはこういうことのことを言うのですね」
鉄と鋼の臭いが充満しているドワーフの国とは違い、風が吹くたびにさまざまな花の香りが漂っていた。エルフの国は、国全体が緑と花に囲まれている。国の真ん中には川が流れており、飲み水や生活用水として使われているようだった。
エルフの国では馬車は使えないため、ドワーフの国に馬車を置いて、歩いて目的地に行くしかなかった。
「エルフの人は移動手段はどうしているのですか?」
「エルフって聖属性のイメージが強いけど、実は一番多いのは風属性なんだよ。風属性なら自分の体くらいは容易に浮かせられるから、移動手段は空中浮遊ってところかな」
「なるほど・・・それにしても、綺麗な方が多いというか、綺麗な方しかいないというか・・・」
「そりゃそうでしょ。永遠に年を取ることのない美貌を誇るのがエルフ族の特徴だし。種族の中で一番の長寿の種族だしね」
普通なら人族の者がエルフの国を歩いていたら、警戒した目で見られるのだろう。しかし、ベルネットがいるせいか、皆笑顔で挨拶してくれる。エルフの言葉は独特なためカインには理解できない。カインは愛想笑いでその場をやり過ごすので精一杯だった。
「ベルネット先生、どうしてベルネット先生はエルフの方々から歓迎されているのですか?」
「エルフ族は警戒心が強いから、ほぼ他種族との交流はないの。ある事件で出会ったのがリンという名前のエルフで・・・」
エルフ族は他種族との交流が全くない。それは、交流がなくても全く困らなかいからである。エルフ族の主食は木の実や野菜。聖属性持ちの種族であるため、食物の成長を促すことができ、食べ物に困ることはない。怪我をしても治すことができる。国土は大陸一の広さを誇るため、長寿の国であっても土地に困ることはない。
しかしその中で唯一、他種族と交流した者がいる、勇者パーティーの一員となったオリーブである。
オリーブと同じ集落で暮らしていたリンは幼き頃より、オリーブに憧れを持っていた。いつかオリーブのように国を出て、他種族と関わりたいという願いを持っていた。
リンは数年かけて同志を募り、皆の反対を押し切って、エルフの国を出た。
リンはこのことを一生後悔することとなった。
「なぜ、リンさんは後悔したのですか?」
「エルフ族は人族で言うと箱入り娘や息子の集まりよ。つまり、危険なことを一切知らずに育ってきたのよ。そんな子たちが外に出たらどうなるのかわかるでしょう・・・私も最近まで知らなかったのだけど、リン姐さん以外は捕まって売られたのよ」
無知というのは本当に危険である。時折、子供は親に反抗して忠告を聞かなかったりする。親は経験しているからわかるのだ。その選択がいかに愚かな結果になるのか。リンたちをエルフの者たちが止めたのも外の世界がどんな世界なのかある程度わかっていたのだろう。もしかしたら、オリーブが他国の素晴らしさと同時に、危険性も伝えていたのかもしれない。エルフは戦闘向きの種族ではない。力なき者にはなすすべなく最悪な結末が訪れるのである。
「リン姐さんが捕まりそうになっている時、私が助けたの。丁度、試したいものがあって」
どうやってリンを助けたのかカインは気になったが、話がそれそうなので聞かなかった。
「それで、一目でエルフだということはわかったから、エルフの国に連れて行ったの。そしたら、歓迎されちゃって。それから、私はエルフ族の中では有名人なの・・・でも、リン姐さんは・・・」
自分の以外の者は奴隷として売られた。エルフの国に再び帰って来たリンがどんな目で見られたか、容易に想像つく。自分が犯したことの過ちは一生かけても苦しみを与え続けるのだろう。
ベルネットから案内された場所はエルフの国の中心地から少し離れた隠れ家的な場所だった。
「ハナ?久しぶりね」
か細く弱々しい声でベルネットに一人のエルフが声をかけてきた。
カインは思わず手で目を覆った。
「カイン君には刺激が強すぎたかな」
カインが目にしたのは裸で水浴びをしているエルフだった。まるで絵画からそのまま出てきたような美しさだった。




