72 お父様に魔族の執事を紹介したのですが、大丈夫ですか?
「アルバート、イエッツェ王国のズオン侯爵家から手紙か何か来たか?」
「いえ、ズオン侯爵家はイエッツェの国王と一緒に帰国して以来、全く何の音沙汰もありません」
「はぁ、仮にも実の息子だぞ?普通、他国に預けたままにするか?」
「正直、理解できません」
「そうだよな・・・体調が良くなったら、そうだな・・・一旦、デイヴィス領に連れて帰ろう」
「大丈夫でしょうか?」
「あの子をイエッツェ王国に返したらどうなるかわかるだろ?口封じに殺されるがオチだ」
「そうですね・・・」
ヴェルナーはあまりにも大きな秘密を抱えすぎていて、このままイエッツェ王国に帰国させたら、暗殺されてしまう懸念があった。正気に戻った十二歳の子供をそんな恐ろしい国に返すなど、アーサーたちにはできなかった。
「何もなければ、スチアート学院に通わせよう。イエッツェ王国の者とは思えないほど、素直で、いい子だ。ダタンにも私から話しておこう。ジェイダンにヴェルナーのことは任せたから、俺たちは一旦、デイヴィス領に帰ろう。その前にカインの顔を見に行くか」
「あの・・・アーサー様。お話があります」
神妙な面持ちをしたアルバートを見て、良い話でないことだけは理解できた。
「何があった?」
「・・・カイン様のお部屋に行って、直接話された方がいいかもしれません」
「カイン?カインがどうかしたのか?」
「ここではお話しすることができませんので」
「・・・わかった」
アーサーはカインが何かしでかしてイエッツェ王国かもしくは、またもや魔族に目をつけられたのではないのかと不安に駆られていた。
「カイン、いるか?」
扉の外から父アーサーの声がし、カインはセヴァスに隠れるように伝えてから、扉を開けた。
「お父様どうされたのですか?」
アーサーが部屋に入ると、そこには侍女のマリーの姿がなく、カイン一人で部屋にいた。
「カイン、マリーはどうした?」
「マリーなら隣の部屋で休んでいると思います」
「そうか」
カインがアルバートの方を見ると、セヴァスの件を言うよう合図していた。
(まだ言ってなかったの?)
カインはマリーを起こして、紅茶の用意をするよう頼んだ。少し時間が経ったからか、マリーの機嫌も少しは直っているようだった。
アーサーとカインは椅子に座り、他愛もない会話をしていた。
アーサーの側に立っているアルバートが咳払いをし、ようやくカインから話を切り出した。
「お父様はアルバートに何か言われてここに来たのでしょう?」
「あぁ、そうだな。カイン、今度は何をしたんだ?」
「アルバートは何を言ってお父様をここに連れてきたのですか?」
「それが何も教えてくれないのだよ。酷いだろう?」
「アーサー様」
なぜか悪者みたいな言い方をされたアルバートは困惑しながらも、事の始まりについて話しはじめた。
「実は、アーサー様。あのバルチャで事件が起きていた時、ベルネット様の研究室で・・・もう一人・・・魔族がいたのです」
「はぁ?何だって?」
アーサーは立ち上がり、アルバートを問い詰めていた。
「なぜ報告をしなかったのだ。その魔族はどうした?」
「申し訳ございません。あの時はアーサー様を助ける方が優先だと思いましたので・・・その魔族に関しては、カイン様がご存じです」
「カイン・・・どういうことだ」
アーサーとアルバートの間には緊張した空気が漂っていたが、そんなこともお構いなしに、カインは何から話そうか冷静に考えていた。
「うーん・・・そうですね。先に紹介しましょう。セヴァス」
カインが名を呼ぶとカインの影からセヴァスがゆっくりと登場した。
アーサーは一目見てその人物が何者なのか理解した。
「お前は・・・あの時、赤子のカインを私に手渡した・・・」
「その通りです。勇者アーサー様、お久しぶりです。わたくしは、セヴァスと申します。魔王ベザレル様の最期の命により、カイン坊ちゃまの護衛兼執事として仕えております」
セヴァスを見ても平然としているマリーを見て、マリーもこの事実を知っていたことに気づいた。
「マリーも知っていたのか・・・」
「申し訳ございません、旦那様」
「いや、いいんだ・・・」
アーサーはベザレルからカインを託された時のことを思い出していた。あの時、魔族だったはずのセヴァスを怖ろしいとは思わなかった。赤子を抱くセヴァスの姿は、孫を可愛がっている優しいおじいさんにしか見えなかった。
改めてもう一度セヴァスを見たが、あの時と全く変わらなかった。
(まさか・・・カインが様々な属性の魔法を使えるようになったのも・・・)
アーサーは不思議に思っていた。家にいる時も王宮にいる時も、カインは魔法に関する書物は読み漁っていたものの、特に魔法を訓練しているような姿は見当たらなかった。しかし、何か問題が起きるたびにカインの魔法は格段に腕を上げ、上級魔法も難なく使えている。誰に訓練を指導してもらっているのか不思議に思っていた。ようやく点が線となりつながった。
「セヴァスといったか・・・ありがとう」
思わぬお礼の言葉に、それを聞いたアルバートとセヴァスは驚いていた。
「なぜ私にお礼を?」
「カインに魔法の訓練をしてくれていたのはセヴァスだったのだろう?私はカインと魔法の訓練はしなかった。それは、カインが成長して、使える魔法が増えるたびに、様々な人たちから標的にされると思っていたからだ。カインの存在をできるだけ目立たなくするため、あえて教えなかった。しかし、セヴァスがそばにいてくれるのならば、安心だ」
「私は魔族ですよ。もしかしたら、カイン坊ちゃまを魔族領へと連れ去るかもしれませんよ」
「それはないだろう。もしそのような事を考えていたら、とっくにカインは魔王になっているさ。それに、セヴァスからは魔王ベザレルと同じ匂いを感じる。魔族なのに人族のような温かみのある匂いだ・・・これからもカインのことをよろしく頼む」
「そのように言っていただき、ありがとうございます。この命に代えてでも、カイン坊ちゃまをお守りします」
アルバートはホッとして、険しい表情をしながらも、カインに微笑んだ。
カインもそれに応えるように、無言で軽く頭を下げた。
「さて、アルバートの言っていたもう一人の魔族はどうしたんだ?」
「そちらの件は大丈夫です。私にお任せください」
「そうか、では、セヴァスに任せる」
アーサーは一度信用すると、信じぬく良い心の持ち主である。
たとえその相手が魔族であっても、それは変わらなかった。
(このお方は・・・ベザレル様がカイン坊ちゃまを託した理由がわかったような気がします)
セヴァスはアーサーの人柄と器の大きさに感心していた。
「それで、お父様。お願いがあるのですが・・・」
無事、アーサーにセヴァスの存在を明かすことができたカインは、晴れて堂々と作戦実行にこぎつけることに成功した。




