59 カイン坊ちゃまが結婚できるまでは十年近くかかりますが、大丈夫ですか?
ゼイン神官長は立ち上がり、小さな木箱を持ってきた。
「開けてみてください」
カインはためらうことなくその木箱を開けた。
すると、中には一つの指輪が入っていた。
「これは・・・例の指輪ですか?」
「はい」
「でも、ベルネット先生は今年で二十ですよね?とっくに成人していると思うのですが」
「本当は私の父からハナに渡し予定だったのですが・・・でも、その前に父も母も亡くなってしまって・・・今は、ハナが結婚する時に渡そうと思っているのです」
カインはその指輪を見ながら、妙な胸騒ぎがしていた。
「イエッツェ王国はベルネット先生が王女だと気づいているのですか?」
「気づいていると思います。何度かハナ宛てに贈り物が置いてありましたから。イエッツェ王国の国王の名で」
「気づいていて連れ戻さなかったのですか?」
「そういうことになりますね・・・カイン様にはまだ難しいかもしれませんが・・・どこの国にもあるのです。特に王族となると、他国とのつながりや国内の権力争いの道具になりかねないのです。カイン様だって、その年ですでに婚約者がいるでしょう?しかも、相手はこの国の第二王女殿下。スチアートはまだ良い方ですが、イエッツェ王国は・・・ハナがスチアート学院の先生になったのは、一つは好きな研究をできるからですが、もう一つは・・・イエッツェ王国から逃れるためといったほうがいいでしょうか。スチアート学院は意外と厳しくて、そう簡単に学院内には入れないのです。バルチャとか特別な催し物がない限り、イエッツェ王国から誰か派遣されても、門をくぐることさえできないと思いますよ」
(僕、結構簡単に入っていたと思うんだけど・・・気のせいか?)
国王の配慮によりデイヴィス公爵家の人間は、スチアート学院の出入りが自由であることをカインは知らなかった。
「ハナも今さらイエッツェ王国に戻る気はないでしょうし、結婚でもすればいいのですが・・・あの感じではいい人もいなさそうですし・・・ただ、バルチャの期間に何もなければいいのですが・・・あの国王の様子だと、グローリー教会への訪問も何か意図があったようですし・・・」
(魔族の件も気になるけど、ベルネット先生のことも気になるな・・・ベルネット先生をイエッツェ王国には絶対に渡したくない)
普段のベルネットは適当で強引な所があるが、とてもイエッツェ王国の王女とは思えないほど親しみやすく、気負わず話すことができる。カインはベルネットに好感を抱いていた。
(ベルネット先生が王女様・・・全く想像がつかない)
お淑やかに王女らしく振舞っているベルネットの姿は全く想像できなかった。
「バルチャの期間は私もハナのサポートしに、スチアート学院に行きます。ただ、私は相手の弱点やどんな攻撃をしてくるのかを読めても、それをかわす能力はありません」
ゼイン神官長の目はわざとらしく潤んでおり、まるで捨てられた子猫のような顔をしていた。
「ゼイン神官長、もしかして、僕に護衛か何かを頼んでいます?僕、まだ、七歳ですよ?」
「そう・・・でしたね。じゃなくて、そうじゃないんです。カイン様を頼ろうとしたわけではないですよ・・・」
(カイン様はまだ七歳なのに、なぜ、この子なら守ってくれると思ったのだろう)
ゼイン神官長は、カインの普段の話し方、大人びた態度に、まだ七歳の子供であることを忘れていた。ゼイン神官長の感覚では同じ歳の大人と話しているようだった。
カインは悩んでいた。
(ベルネット先生とゼイン神官長のことも気になるけど、魔族のこともあるし、頼りになる大人は・・・うーん・・・仕方がない)
カインは立ち上がり、ソファーの横に立つと、ある男の名を呼んだ。
「セヴァス」
「カイン様!」
マリーはゼイン神官長がいるのに魔族のセヴァスの名を呼んだことに、慌てふためいていた。
「セヴァス?」
カインの影が濃くなっていったかと思うと、一瞬でその影から執事の恰好をした老人が表れた。左目にモノクルをかけていたが、ゼイン神官長は一目でその老人が何者なのか理解できた。
「カイン様・・・どういうことですか?なぜ、ここに魔族が・・・」
最初は怯えていたゼイン神官長だったが、鑑定魔法を使ってセヴァスがどんな人物なのか理解できたのか、ほっとした表情に変わっていた。
「安心してください。セヴァスは僕の右腕です。魔族ではありますが、僕が命じない限り、人族の命を奪うことはありません」
「そのようですね・・・」
(ゼイン神官長の目からセヴァスはどう見えているのだろう・・・僕も早く鑑定魔法を習得したいな)
ある程度の魔法は習得できるカインでも、ゼイン神官長の鑑定魔法は習得できなかった。鑑定魔法は闇属性の中でもかなりの上級魔法である。七歳のカインにはまだそれを習得できるだけの力が備わっていなかった。
「それで、ベルネット先生とゼイン神官長の護衛はセヴァスに任せようと思います」
「カイン様、セヴァスさんのことは・・・」
「知っているのはマリーと僕だけです。お父様もお母様も知りません」
「私に教えてよかったのですか?」
「ゼイン神官長の中にも魔族の血が流れているのでしょう?それに、ゼイン神官長のご先祖様と同じように、良い心を持った魔族もいます。悪人には容赦はないですが、セヴァスも魔族と他種族が肩を並べられるよう願っている者の一人です。僕にとっては、祖父みたいなものです。ゼイン神官長にはセヴァスの存在をいずれ知ってほしいと思っていましたので、問題ないです」
カインの言葉に涙を流し、笑顔でセヴァスを歓迎した。カインの言葉はゼイン神官長の心の声を代弁していた。
「私はエルシー・ゼインです。これからよろしくお願いします。セヴァスさん」
「こちらこそよろしくお願いします。エルシー様。しかし・・・エルシー様。カイン坊ちゃまが結婚できるまでは十年近くかかりますが、大丈夫ですか?」
「な、何の話ですか!」
ゼイン神官長は顔を真っ赤にして、手で顔を隠していた。
「セヴァス、何の話をしているんだよ」
「カイン坊ちゃま、ほどほどにしないと後で大変なことになりますよ」
「???何が?」
カインはセヴァスの言葉の意味が分からず、怪訝な顔をしていたが、ゼイン神官長は頬を膨らませながら、セヴァスに対し、怒っているようだった。




