55 女心は大人になったらわかると言われましたが、大丈夫ですか?
「ちょっと、ダリア、どこに行くのですか?ダリア?」
ダリアはカインが何度も声をかけているが、それに気がつかずにひたすら突き進んでいた。
(何?あの記憶は?私、カインしか見ていないじゃない。恥ずかしい)
ダリアの過去の記憶の瞳には常にカインしか映っており、それをベルネット知られたことを恥ずかしく感じていた。そのことで頭がいっぱいになり、ダリアは目的を忘れ、自分を落ち着かせるためにひたすら歩いていた。カインの手を引いていることも忘れて。
「・・・ダリア、ダリア・・・ダリア第一王女殿下!」
「えっ?」
ようやくカインの声に気づき、立ち止まった。ダリアとカインはスチアート学院の庭の真ん中にいた。二人の目の前には噴水が涼し気な音を立てていた。
「あっ、ごめんなさい・・・」
「どうしたのですか?何をそんなに慌てているのですか?」
「・・・あなたのせいよ」
「えっ?」
ダリアはいつもの冷めたような目つきではなく、どこか儚げで、守りたくなってしまうような弱々しい瞳をしていた。
「あの・・・手を離していただけますか?」
「えっ?あっ、ごめんなさい。そういうのじゃないのよ」
ダリアはカインの手を振り払うように離した。
先程までの弱々しさはどこにいったのか、一瞬でいつものダリアに戻っていた。
「まぁ、いいですよ。それで、ここには何しに来たのですか?」
「えっ?あぁ、えっと・・・お父様の代わりにバルチャの訓練の進み具合を確認しに来たのよ。新人戦指導のアーサー様と選抜戦指導のローガン様にお話を聞きに来ていたの。それで、カインがベルネット先生の研究室にいるって聞いて・・・」
「そうですか。でも、会うのは僕ではなくて、お兄様ではないですか?一応婚約者ですし」
「えっ?何で?」
「えっ?いや、何でって言われましても、弟の僕に会っても意味はないでしょう。まぁ、将来、僕の義姉様になるのですから、気になるのは仕方がないとは思いますが・・・」
ダリアは悔しそうな表情でカインを見つめていた。カインにはなぜそのような目で見られるのか、理解できていなかった。
「・・・何でそういうことを言うの?」
「???」
「カインは私のことをどう思っているの?」
「どう思っているって・・・スチアート王国の第一王女で、お兄様の婚約者で、僕の婚約者アイビー王女殿下の姉?ですが・・・」
ダリアはカインの言葉に下を向き、震えていた。
(何?僕、何か怒らせるようなこと言った?)
カインは殴りかかられるのではないかと思い、少し身構えていた。
「私は!私は・・・カインのことが・・・」
ダリアが涙ながらカインに何かを伝えようとしている時だった。
「ダリア王女殿下!」
ダリアの侍女ルーシーが真剣な表情で声をかけてきた。
「ダリア王女殿下、もう帰る時間です。行きますよ」
(この侍女っていつも頼りなさそうな侍女なのに今日は頼もしく見えるな)
「ルーシー、私・・・」
「だめです。帰りましょう」
「・・・わかったわ・・・カイン、またね」
ダリアはルーシーに涙をぬぐわれながら、去って行った。
「カイン様」
ダリアが去った後、何食わぬ顔でマリーがカインの隣に立っていた。
「カイン様、何があったのですか?」
「わざとらしいな。どうせ、裏でこっそり僕たちのことを見ていたんだろう?しかし、訳が分からない。僕、ダリアを泣かせるよなこと言ったかな?」
「カイン様・・・そうですね。もう少し大人になればわかりますよ」
いくら考えてもダリアが泣いた意味が理解できなかったため、カインは潔く考えることを諦めることにした。
ダリアは赤く腫れた目を冷やしながら、ぼーっと馬車の中から外を眺めていた。
「・・・ルーシー、なぜ止めたの・・・」
カインに伝えたかった思いを伝えられず、ダリアは心がもやもやしていた。
「ダリア王女殿下、殿下はこの国の王女なのです。そして、殿下の婚約者はカイン様ではありません。アベル様です。気持ちはわかりますが・・・その気持ちは伝えてはならないのです」
「何でだめなの?なぜ、本当の気持ちを言ってはいけないの?」
「殿下はまだ十歳です。カイン様は七歳です。まだ本当の恋を知る年齢ではありません。あとで後悔するかもしれません。ましてや、カイン様はアイビー王女殿下の婚約者であります。殿下が妹の婚約者に好意を持っていると知れ渡ると、殿下だけでなく、国王様にもご迷惑をおかけします。私は殿下の侍女であり、お世話することだけが仕事ではありません。殿下が第一王女として相応しい王女となるように導く必要もあります。私も心苦しく感じていますが、どうか、殿下、カイン様への恋心は隠してください。これは、殿下のためなのです」
「何で私・・・」
(隠してか・・・恋心を捨てろとは言えないわ・・・)
ルーシーは目の前で泣くダリアを見守ることしかできなかった。




