33 勇者の名を出すと何とかなるようですが、大丈夫ですか?
スチアート王国、フェーズ王国、グレテス王国は長年良い友好関係を築いている。代々継いできた王族たちも比較的穏やかで良識があり、スチアート王国が人族の中で随一の大国だと認めており、国王同士も尊敬しあっている。しかし、東に位置するイエッツェ王国だけは違った。
イエッツェ王国は魔族を生み出した国でもある。一度は、国を建て直すために国王になったエイデン・イエッツェが奮闘し、良い国へと変わりつつあったが、その矢先、エイデンは流行り病にかかり、早くに亡くなった。幼くして王位についた息子が重鎮たちの巧みな言葉に騙され、再び悪い方向へと向かってしまった。
今なお、その状況は続いている。過去の犯した罪を忘れ、甚だしくも自分たちの国が一番正しいと思い、他の国を馬鹿にしているのが現イエッツェ王国の国王セシル・イエッツェである。
イエッツェ王国が唯一誇れるものは鉱石が豊富にあることである。本来はあまり関わりたくない国ではあるが、スチアート王国をはじめ、他の国もイエッツェ王国と鉱石を取り引きしている。
イエッツェ王国の第一皇子ライラン・イエッツェはどうしようもない我儘息子である。アベルと同じ歳であり、現在は次期王として見聞を広めるためという名目でスチアート王国に留学し、スチアート学院に通っている。
カインが三歳頃の話になるが、イエッツェ王国の国王と第一皇子ライランがスチアート王国に来た時があった。この時、ダリアとアイビーもライランと顔合わせをすることになった。ライランはダリアの凛とした立ち振る舞いと美しい瞳に一瞬で心を奪われた。ライランは父である国王にダリアと将来結婚したいと泣きついた。息子に甘い国王は了承し、高価な鉱石と引き換えにダリアとの婚姻を提案した。
第一皇子ライランは小太りで鼻水を垂らしており、マザコンの皇子である。とてもダリアに釣り合うと思えなかった。ダリアと婚姻などさせたくないスチアート国王ダタンは、咄嗟に嘘をついてしまった。
「申し訳ございません。実はまだ非公表なのですが・・・ダリアにはすでに婚約者がいまして・・・」
「ほう、どこの家の者ですか?私が説得しましょう」
イエッツェ王国の国王は鼻で笑いながら、どんな手を使ってでもライランとダリアを婚約させようとしていたが、ダタンの言葉を聞いて諦めることとなった。
「デイヴィス公爵家アーサー・デイヴィスの長男、アベル・デイヴィスです」
「アーサー・デイヴィス・・・あの勇者か」
勇者とは人族にとっては特別な存在である。イエッツェ王国の国王でさえ、手を出せるような相手ではなかった。
「そうですか・・・」
ライランはなおも我儘を言っていたが、さすがにイエッツェ王国の国王でさえ勇者と戦う気は微塵も起きなかった。イエッツェ王国の国王は息子の口を押さえながら、何事もなかったかのように、鉱石の取引証明書のサインをし、早々と帰っていった。
イエッツェ王国の者が去った後、ダタンは頭を抱えていた。
「さて・・・アーサーになんて説明しようか・・・」
「なるほど・・・お父様とお兄様は国同士のいざこざに巻き込まれてしまったのですね」
「その通りだ。ダタンの気持ちもわからなくもない。あの場面で俺以外の名前は出しても効果はなかっただろう・・・しかし、アベルには悪いことをした。アベルは口では光栄だとは言っているが、ダリア第一王女殿下のことを好きではないようだしな」
「お兄様は可哀想ですね。あんな王女殿下に婿入りするだなんて」
「カイン、外でそんなこと言うなよ」
「わかってますよ。お父様にしか本音は言いませんよ」
「カイン・・・しかし、カインもアイビー王女殿下と婚約したが、よかったのか?」
「そうですね。いずれは結婚しないといけないですし、アイビーは可愛らしい子です。別に悪い話ではないかと」
「そうか・・・まぁ、カインがそう思っているのならいいが・・・」
アーサーは眠たそうな目をしながら、カインをじっと見ていた。
「僕に顔に何かついていますか?」
「いいや。俺はずっと子供が子供のままであってほしいと思うのだが、いずれは大人になる。一緒に寝ることもなくなるのだろうと思ってな」
「すでに一緒に寝ていないではありませんか?今日は違いますが」
「そうだな・・・さぁ、寝るとするか」
「???おやすみなさい」
カインはアーサーが何を思っているのか理解できなかったが、久しぶりに隣で寝ているアーサーの温もりは、温かく、心地よく感じた。




