29 恋は盲目とは言いますが、大丈夫ですか?
「国王様、例の男を捕らえました」
スチアート王国の門兵に文を渡した男は、スチアート王国のスパイ兵に捕まり、王宮の地下にある牢獄に入れられていた。
国王と宰相セムはその男に会いに、地下室へと向かった。
「様子はどうだ?」
「はい、国王様。特に抵抗することもなく、じっと座っています」
牢獄の守護兵によれば、男は檻の隅の方で大きな体を小さくして蹲っているという。
「ただ、何も話さないのです。何を聞いても、スチアート国王にしか話さないの一点張りで」
国王は檻の外から声をかけた。声をかけた男がスチアート王国の国王だとわかるとすぐさま駆け寄った。
「国王様ですか?」
「そうだ。余はスチアート王国の国王、ルーベン・スチアートだ」
「私は・・・私は、イエッツェ王国、騎士団第四軍副隊長、ヒューゴ・サリヴァンと申します」
「騎士団第四軍副隊長?なぜそのようなものが国を裏切るような文を書いたのだ?」
ヒューゴは急に泣き出し、話すことができないほどだった。
「国王様は忙しいのだ。早く話せ!」
「セム」
「しかし、国王様」
ルーベンはヒューゴが泣き止むまで待つよう、セムや守護兵たちに伝えた。
「国王様、申し訳ございませんでした。落ち着きました。イエッツェ国の全てを話します。私はもう耐えられないのです。あの子たちのあんな顔を見るのは・・・耐えられないのです」
ヒューゴがルーベンに話したイエッツェ国の現状は想像を絶するほどひどかった。
恐喝、強盗、暴力・・・悪という悪が日常で行われているのも関わらず、イエッツェ国の国王は国の最悪の状況を何一つ把握していなかった。それもそのはず。国の中枢を担う者たちが積極的にそれらの悪事を行っており、誰も止めるものがいなかった。イエッツェ国の国民は悪い状況に慣れすぎて、心が歪みつつあった。ヒューゴは騎士団第四軍小隊長、ハーヴェイが行っている悪事も全てさらけだした。
「ひどいな・・・ヒューゴ、お前がいなかったら、イエッツェ国は終わっていただろう。よく助けを求めてくれた。ありがとう」
ヒューゴはルーベンの言葉にまた涙していた。
「国王様、ハーヴェイ小隊長は近々、スチアート王国に戦争を仕掛ける気です。それだけではありません。フェーズ王国、グレテス王国にも・・・自分の力を過信しているので、負けるはずがないと思っています。たしかにこのままだと・・・正直、勝てる見込みはありません」
「お前はスチアート王国を馬鹿にしているのか!」
ついカッとなってセムは剣を抜きそうになったが、ルーベンがそれを止めた。
「セム、すぐ頭に血がのぼるのは悪いところだぞ」
「申し訳ございません」
セムはルーベンに諫められ、冷静になった。
「国王様、フェーズ王国とグレテス王国に協力を願いましょう。このままにしていては本当にイエッツェ国の思うがままになり、全ての国が崩壊するでしょう」
「エルフ、ドワーフ、獣人族の長達にも協力を依頼しよう。奴隷の中にはエルフ、獣人が多くいるはずだ。ドワーフもいるかもしれない。ドワーフは武器を作るのが得意な種族だ。脅されて作られている可能性が高い」
「そうだな・・・まずはヒューゴ、例の子供たちを助けるとしよう」
「ありがとう・・・ありがとうございます」
ルーベンとセムが止めても、ヒューゴは額に血が滲むまで頭を下げ、感謝し続けた。
「ヒューゴさん、この人たちは誰?」
ヒューゴはスチアート王国のスパイの幾人かと共に、ハーヴェイに監禁されている子供たちを助けに来ていた。
「もうこんな生活しなくていいんだよ。この人たちは私と一緒に君たちを助けに来ているんだ。さぁ、一緒に行こう」
ヒューゴの差し伸べた手を一人の少女だけは拒否した。
「何でここから逃げなきゃならないの?」
十五歳の少女シエナだけは屋敷から離れようとしなかった。シエナは今の生活の何がいけないのか理解できていなかった。一番年上でシエナが最も慕っている十八歳のリサが説得したが、それでもシエナは離れようとしなかった。リサはシエナと話してあることに気づいた。
「ヒューゴさん、シエナはハーヴェイさんのことを本気で愛しているみたい」
リサと話してわかったことは、ハーヴェイから暴力を受けることが、シエナにとってハーヴェイからの愛情を感じることができる唯一の手段だった。シエナがそう感じているだけで、ハーヴェイにとってはただの欲求の解消とストレス発散のはけ口でしかなかった。
「ヒューゴさん、ハーヴェイがこちらの動きに気づいたようです。すぐに逃げないとまずいです」
ヒューゴとリサは再びシエナの説得に試みたが、シエナは頑なに拒否した。
「ヒューゴさん!行きましょう!」
ヒューゴは無理やりシエナを連れて行くこともできたが、そうはしなかった。
ヒューゴはリサを抱きかかえ、馬車に乗り、ハーヴェイに見つかる前に去った。
(シエナ・・・どうか無事に生きていてくれ)
ヒューゴはそう願うことしかできなかった。
「ハーヴェイ様、ヒューゴはもうここから逃げたようです」
「ハーヴェイ様!」
ハーヴェイは抱きついてきたシエナには見えないように冷酷な目で一瞥しながら、抱きしめ返した。
「いい子だ、シエナ。君だけは私を裏切らなかったのかい?」
「はい。だってハーヴェイ様は私のことを愛してくれていますよね?」
「そうだよ。愛しているよ。何があったか教えてくれるかい?」
ハーヴェイからの言葉がうれしかったシエナは、他の少女たちはヒューゴと仲間らしき人と一緒にここを出て行ったことを素直に話した。ハーヴェイの偽りの言葉を信じて。
「よく話してくれた、シエナ。ご褒美をあげないとな。今からシエナにご褒美をあげるから、お前たちはヒューゴを探せ。見つけたら殺しても構わん」
(しかし、ヒューゴが裏切るとはな・・・脅す材料にと思ってヒューゴの家に行ったが誰もいなかった・・・一体ヒューゴは誰と手を組んでいるのだ)
この時点ではヒューゴがスチアート王国、それに加え、フェーズやグレテスの隣国とも手を組んでいるとはハーヴェイは思いもしなかった。
「ハーヴェイ様、あの娘はどうしますか?」
ベッドの上で痙攣しているシエナを見ながら、ハーヴェイは考えていた。
「大丈夫。放っておいても死にはしない。それに今、あれしか玩具はいないからな・・・それにあいつは私が叩いても喜ぶし、私の体力に最後まで付き合える。他の玩具を買うまではあいつで遊ぶしかないな。今まで通りあいつはここに置いておけ」
「かしこまりました」
ヒューゴの手を取らなかったシエナには、残酷な未来が待ち受けていた。後にシエナはあの時、ヒューゴの差し伸べられた手を取らなったことを死ぬほど後悔した。




