10 あの日に魔王の子が勇者の子になったようですが、大丈夫ですか?
五年前、アーサーが魔族との戦いのために、魔族領へと向かったあの日、アーサーを見送った後、予定日より早くミディアンは産気づいた。
侍女頭であるナタリーをはじめ、ミディアンの出産のため、侍女たちは部屋中を走り回っていた。
アベル、レアを産んだ時は比較的安産だったが、今回は違った。陣痛がはじまって、生まれるまで、相当な時間がかかっていた。早く子供を取り出さないと、母子ともに危険な状態だった。
「ねぇ、お兄様。お母様は大丈夫かな?」
「きっと大丈夫だよ」
アベルとレアはアベルの部屋で一緒に仲良く寝ていた。
当時二人の子守をしていたのは侍女見習いとしてデイヴィス家に来たばかりの十歳のマリーだった。
「マリー、お母様は大丈夫?」
「レア様、きっと大丈夫ですよ。明日になったらきっと弟か妹が見られますよ」
「本当に!」
レアは目を輝かせながら、飛び起きた。
「そうですよ。だからレア様とアベル様はゆっくりお休みになってください」
「わかった!」
単純なレアは弟か妹の誕生を楽しみにしながら、アベルに腕にしがみつき、ぐっすり眠った。
(お母様は本当に大丈夫なのだろうか・・・)
アベルはマリーが見守っている手前、目は閉じてはいたが、母ミディアンのことが気になってなかなか寝付けなかった。
「ねぇ、マリー、まだお母様に会えないの?」
「レア様、奥様はご出産でつかれておられまして・・・もう少ししたらお会いできますよ」
「お父様もまだ帰って来ないし・・・寂しい」
腕をつかみ甘えるレアをアベルは優しく頭をなでていた。
(おかしい・・・お母様は本当に大丈夫なのか?)
子供が産まれたにしてはどことなく暗い雰囲気に包まれていた。レアが生まれた時はすぐにレア会うことができた。今回は生まれたはずなのに一日経っても、何の情報も耳にはいってこない。アベルの心は不安でいっぱいだった。
(だめよ、マリー・・・アベル様とレア様には絶対に知られてはだめよ。旦那様が戻って来るまでは・・・)
マリーはアベルとレアに知られてはならない秘密を抱えながら、決して二人には悟られないよう懸命に平静を装っていた。
魔族領から帰ってきていたアーサーの耳にもミディアンの深刻な状況が伝えられていた。
アーサーは家に着くなり、ミディアンの部屋へと駆け込んでいった。
アーサーの腕には生まれてそれほど月日の経っていない赤子が抱かれていた。
「ミディアン!」
三日ほどしか会わなかったはずのミディアンは悲しみのあまり頬もこけ、国で一位二位を争うほどの美貌もやつれた顔になっていた。
「あなた・・・子供が・・・」
ミディアンは出産した子供は死産だった。
衝撃が大きく、ミディアンの心は悲しみに暮れ、子供を亡くした悲しみから立ち直れなかった。
ミディアンはアーサーの腕に赤子が抱かれていることに気づいた。
白髪で金色の瞳をした美しい顔立ちの赤子。ミディアンは一瞬でその赤子に心を奪われた。
「あなた・・・その子は?」
「この子は・・・魔王の子だ」
「魔王の子?まさか、奪ってきたの?」
「違う・・・託されたんだ。この子を育ててくれと」
「どういうこと?」
アーサーは魔王との間に何が起きたのか詳しく説明した。
「つまり・・・この子の親は・・・もういないってこと?」
「そういうことだ。本当は生まれた子供と一緒に育てようとしたのだが・・・まさか・・・」
ミディアンの悲しみを思うとアーサーは涙を流さずにはいられなかった。
「あなた・・・その子を抱かせて・・・」
「あぁ」
白髪で金色の瞳をした赤子は笑うこともなく、ただじっとミディアンの顔を見つめていた。
「あなた・・・この子を私たちの子として育てましょう」
ミディアンの目はまた輝きを取り戻していた。
「あぁ、そうだな。その子の名はカインというそうだ」
「カイン・・・」
ミディアンはカインの名を呼びながら、あやしていたが相変わらず赤子は不思議な表情をしたままじっと見つめたいた。
「あなた、カインをアベルとレアと同じように我が子として大切に育てましょう」
「あぁ、そうだな。カイン、お前は今日から私たちの子供だ」
悲しみに暮れ、絶望していたミディアンにいつもの優しい笑顔が戻っていた。
「アベル様、レア様。旦那様が帰って来られましたよ。旦那様にお会いしたら、奥様はすっかりお元気になられたそうです。明日にはお二人にお会いできますよ」
「本当に?よかったー」
「よかった」
母ミディアンのことを心配していたアベルもようやく緊張の糸がほぐれた。
「アベル!レア!」
「お父様!」
アーサーは二人を同時に抱きかかえた。
「いい子にしてたか?」
「お父様。レアはいい子にしていましたよ」
「そうか、偉いぞ。アベルもレアの面倒を見てくれてありがとうな」
「いえ、マリーがいてくれましたので」
アーサーに褒められてアベルは少し照れ臭そうにしていた。
アーサーは二人を下ろして、満面の笑みで話した。
「レア、お姉さんになるぞ。弟ができだぞ」
「弟!?」
「あぁ、そうだ。アベル、今度は弟ができたぞ」
「弟・・・」
「アベルもレアも弟を可愛がってくれるよな?」
「うん!」
「はい、お父様!」
二人はハイタッチしながら、弟ができたことを喜んでいた。
(アベルとレアにはいつか大きくなった時に話そう・・・)
アーサーはアベルとレアにはカインが実の弟ではないことをその時が来るまで黙っておくことにした。




