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盛大な葬式が開かれる中、嘆き悲しむ殺人者達。
そこに居るほぼ全ての者が、人を殺した事が有るのだろう。
半数は乗船経験者であり、半数はそうでなくても、側に居る黒子や大人子供をどこかしらで。
なのに、大お爺様の死去をこんなにも嘆き悲しむ…。
亜妃はその場に体は居るが、魂が居ない気分を味わっていた。
フワフワとし、音も遠のいている…そんな感じで、目の前の大お爺様に連なる者達を眺めた。
そして、同じ『人間の命』だが、こうも差があるのかと痛感する。
忍ように会場へ入って来る要人達。
見知らぬ顔も多いが、数人はあの船の乗客だった。
神妙な顔つきで線香を捧げ、紙銭を燃やす。
その後、淑祖父の元へ赴く。
腰を低くし、頭を垂れる先は大お爺様から叔祖父へ移動したのだ。
客人達の依存先以外にも家や土地、船や一族が抱える人間達も動物も薬も、全ての権利が叔祖父に移動する。
もちろん、亜妃をどうするのか。も。
「お前は…どうしたい」
疲れ切った顔で、叔祖父はソファに座りながら問う。
薄暗く灯が落とされた部屋の中、呼び出された亜妃は後ろで手を組み、抵抗や反抗意思の無さを示しながら立っている。
グラスに入った金色の液体を煽り、また自らの手酌で注ぐ。
その部屋には亜妃と叔祖父しかいなかった。
「お前は…どうしたい」
答え倦ねている亜妃に、再度問うた。
いつもの敵意も怪訝さも持ち合わせない叔祖父は、まるで普通の祖父の様に孫に聞くかの如く、穏やかだった。
「俺は兄とは違って、お前を一族の者にしようとは考えていない。しかし、残ると言うなら残れば良いと思っている。俊宇もお前を気に入っているらしいからな」
俊宇とは、皓兄の叔父の事だろう。と、亜妃は顔を思い浮かべる。
「しかし、親父はお前の幸せを願っていた」
本当に最期の挨拶になってしまったあの時、叔祖父は離れていたとはいえ同じ部屋に居た。
大お爺様の最期の言葉を聞いていたのだ。
亜妃はどうする事が正解なのか、考えた。
このまま一族の命に従いながらも、情報や金を利用して、自分を虐げてきた奴らに復讐するのか。
あるいは、復讐を諦め普通の…ごく一般的と言われる世界へ戻り、虐待を受け続ける人生を送るのか。
もしくは、ここで身に着けたモノで、戻っても虐待を退けて平和に暮らすのか。
コトンと、叔祖父のグラスがサイドテーブルに置かれた時。
亜妃は答えた。
「一族に従います」
手を合わせ、膝を付き、頭を垂れた。
未来の幸せを、投げ捨てた瞬間だった。
本来の亜希に在った『平和な世界の住民』は存在を消し、闇に覆われながらも身内には『優しい愛』を向ける者達に代わる。
亜妃からすれば平和な世界…普通の世界すらも、自分を『加虐する』者達で溢れている。
身内にさえなれば、大事にされる場所の方が、大お爺様の言う「幸せ」に近いと思えた。
「良いのか?…それで」
頭を下げたままの亜妃の目には、叔祖父の表情は見えない。
声からして複雑な思いを持って居るには違いないが、決まれば二言は無い。
「分かった。亜妃。お前を一族の者として迎え入れよう」
ソファから立ち上がり、叔祖父は膝を付く亜妃の背に優しく触れた。
顔を上げ、立ち上がる。
手を添える叔祖父の顔が、黒子や客人…外部に見せる顔では無く、皓兄や昀に向ける顔に変わっていた。
「よろしくお願いします」
亜妃の言葉に頷くと、叔祖父は亜妃を連れて部屋を出た。
そして、大お爺様の遺影の前で亜妃の一族入りを宣言する。
粛々と受け入れる一族の中で、皓兄だけが「本当にいいのか?」と声をかけて来た。
亜妃は「これで良いのだ」と答える。
「宮木家の両親や兄姉に未練もない。それよりも、皓や悠衣が居るここを選んだ事に後悔はない」
その言葉に複雑そうな表情をしながらも、皓兄は「歓迎する」と返した。
『選んだ事に後悔?ははは!笑わせるわ。あんたは後悔しないでしょうね。だって私から逃げただけだもん。自分が殴られたり踏まれたり、死にかける事が怖くて楽な方を選んだだけ。何カッコつけてんの?気持ち悪い男女。だから学校でも虐められんのよ。イライラする奴だもん。虐められる方に問題があるのよ。亜季。で、そこから逃げて、そんな連中とつるんで自分が強くなった気になって、人を殺すのね。そいつらの力を借りてしか何もできない癖に』
夢の中で繰り返し姉の一華が、そう亜季に迫って来る。
抵抗したいが、いつもの如く体に力が入らない。
「これは夢」
ちゃんと頭で理解はしていた。
しかし、幻影は浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返し、亜季を執拗に攻め立てた。
『気持ち悪いデブ。足も短い。顔もぶさい。とろくて何も出来ない。目立って良い気になってんじゃないわよ。あんたのは悪目立ち。分かる?キモさが皆の目を引くのよ。調子に乗んな!』
言われるがまま、自分が醜いと思っていた。
目立たぬ様、大人しくして居ようと心掛けた。
でも、いじめっ子は目に付くと言っては追いかける。
「放っておいて…」
嫌いなら嫌いで無視したらいいじゃない。
絡んで来なかったらいいじゃない。
なのにどうして、追いかけて殴って関わるの?
泣いて叫んで、クラスのいじめっ子に向かって言った。
亜依や悠衣と知り合う前の事。
それでも続いた虐めは、先生にバレない様に、親にバレない様に、身体的暴力から持ち物を破壊するに変わっていく。
壊された物は、新しく買うのも厳しかった。
学校に必要な物を買うにも、怒鳴る親に買い直しを願わなければならない。
買い与えられ無い場合もあった。
勉強道具が無かったり足りなかったりの中、学校へ行けば虐められ、家に居ても虐められる。
成績は落ちていく一方だった。
それを親に叱られ、姉に罵られ、クラスメイトに馬鹿にされる。
そんな地獄の日々は、違うクラスになってやっと解放された。
―地獄から去らねば、地獄は続く―
『誰のおかげで飯が食えると思ってんだ。嫌なら出て行け。計算外の子供が、要らないのに出来た。手のかかる子。男かと思って産んだのにどっちかもハッキリしないなんて』
父親の激昂する顔と母親の嘆く顔が浮かぶ。
大きな音と共に、破壊され飛び散る破片。
―地獄から去らねば、地獄は続く―
だから私は…。こっちを選ぶんだ。
捨てられる前に…「捨てる」




