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復讐  作者: 樋口 涼
―宮木亜希と宮本亜妃―

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一週間後、約束通り悠衣と入れ替わり、大お爺様のいる大国へ向かう。

パスポートを持っていない亜妃は、宮本悠衣として搭乗しその地に降りた。


用意された車がすでに空港に居たが、外の空気を吸いたい。と、歩き始める。

空港のある地域はまだマシな風貌をし、観光客や商売人で溢れていた。


それでも一筋、裏に入れば殺伐とした雰囲気が流れ、冷たい目をした国民が身なりの良い観光客を睨んでいた。


裏を進めば進む程、路地の汚さや家屋のぼろさが見えてくる。

白地だった肌着が、変色し黄色と黒で汚れ横を通る時には、もわっとした体臭が漂い思わず鼻を摘まみたくなった。


雨水が溜まったバケツや、灰色の泡が浮かぶ黒く淀んだ水の桶。

細かな虫が飛び、その死骸が杓の中に線を作る。


家の軒先で煙草を吹かす老女が、亜妃に向かって何かを言おうとしたが、後ろに控えていた黒子を見るなり視線を逸らした。

黒子が居なければ、亜妃はただの少女で、一時間と経たずにこの汚い路上の片隅に転がされているだろう。

金品は当然に、服は剥がれ髪すらも毟り取られた形で。


「凄い…所だな」


ハンカチで口と鼻を覆う。

骨と皮の様な子供が、足を投げ出し座っていた。

それを嗅ぐ犬すらも、嗅ぐ以外は無関心の様だった。


ここに居る者達は、大お爺様が巻き込まれた戦争時、国を捨て他国で生きながらえては、他国での情勢悪くなると帰国した「裏切り者」だと言う。

「だから、助ける事はしない」と。

遡る先祖では、血が交わるかもは知れないが「助けてくれなかった者達」の一部だ。


以前はどこかで集団で生活していた様だが、亜妃が生まれた頃にそこが潰され、移動しここに住み着いていると言う。

自分達の住処を潰した政府を、恨んでいるらしかった。


ある種、政府と密約を交わしている大お爺様側の事も、あっちはあっちで「裏切り者」と蔑んでいるに違いなかった。


そこの大人達は味方にはならない。

目的は子供だ。

そして若い目の女。


子を成したまま男に捨てられ、目も明かぬ赤子を抱いている女。

身体を売る事で生活している女。

それらから赤子を買い上げ、洗脳しながら育てる。

主人の言葉に逆らわない人形は、使い捨ての黒子にはピッタリだ。


辛うじて自我のある、怪我をして動けぬ男も買い付ける。

女も男もどんな形であろうが、使い道は有るのだ。


「これぐらいか」


買い付けを済ませると漸く車に乗り込む。

商品達は回収の車が別で来た。

たまに観光客と言う『無料の商品』が積み込まれるが、見て見ぬフリをする。


どうせ、外国での行方不明は行方不明のまま終わる。

バレはしない。

そいつらの国も、一般人と要人では命の価値が違うのだ。


どこも…どこの国も政治家や著名人、金を稼ぐ芸能人と呼ばれる者達が偉い。

何をしていても…。


亜妃は車に乗り込むと、やっと息を深く吸った。

内ポケットに喘息用の吸入器を忍ばせている。


あまりにもここは空気が悪い。


軽く吸入器を振って、噴出口を咥える。

シュコッと薬が吐き出されるタイミングで、吸い込むと反射で咳が出そうになるが、我慢し息を落ち着かせた。


「どうぞ」


黒子はペットボトルの水を差し出した。

蓋は開いていない。

が、周りのラベルや底を確認してから開けて飲む。

ラベルには日本の企業名が書かれていた。


「どれくらいで着く?」

「後一時間ほど…です」

「そう」


亜妃が目を瞑ると、車は静かに道を走った。

裏よりも幾分舗装された道は、微かな揺れを体に伝えるだけで、眠りに妨害は無かった。


大お爺様の屋敷に着くと、黒子は亜妃を起こした。

最近の大お爺様は、体の加減が悪いらしく、亜妃は着くなり部屋へ呼ばれた。


以前に会った時よりも、弱々しい大お爺様がベッドに横たわっていた。

脈拍や血圧がモニター出来る様、管が体に付けられている。


しかし、亜妃の顔を見るなり側に居る叔祖父が止める間もなく起き上がった。

黒子と叔祖父はコードが外れない様、身体を少し起こさせた状態で安定させる。


「あまり…加減が良くない。が…」


叔祖父にいつもの嫌悪も打算も見えない。

彼は大お爺様の様子に、少し意気消沈していた。

自分が座っていた椅子を亜妃に譲り、後ろへ下がる。


「もしかすると…」


最期の挨拶になるかも知れないと、大お爺様には聞こえない声で絞り出した。

叔祖父に変わり側へ行くと、大お爺様は左手を伸ばし亜妃の左手を掴んだ。

手を握る様に絡む指先は、老人特有の皺とサラサラとした感触があった。


よく見ると細かな傷が、一生残る傷として浮かんでいる。

長年苦労した手に見えた。


「亜妃…」


もにょもにょと動く割には、明瞭な声で名を呼ばれる。

目じりに涙が光っていた。


「亜妃の…所へ…行くよ」


日本語で無い、途切れ途切れの言葉が耳に届いたが、何を伝えたいか分かった。


「亜季。お前は…お前で。幸せに」

「是的」


亜妃の言葉を聞くと、大きく息を吸い、目を瞑った。

握られた手から、力が抜けるのを感じ、そっと手を布団の中に入れる。


上下する胸がいつか止まる事を、皆感じ取り空気が重苦しく肩に圧し掛かる。

その晩、大お爺様は心残りが無くなった様に、緩やかに安らかな顔をして息を引き取った。

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