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宮本家へ戻った亜妃は、家人達の今までとは違う雰囲気に気が付いた。
客人を持て成す丁寧さでも、主人に属する者への忠誠でもない。
畏怖。
まるでお父様はもちろん、お母様よりも上位の扱いで、その奥には深い恐れが見え隠れしていた。
あの船が何の為のモノか、薄々感付いてはいたが確信を持って居なかった亜妃は、ここで確信を得た。
要人達の醜聞を集め、一族が各国への影響力を強め少しずつ侵略を勧める為のモノ。と、言うだけではない。
一時の影響力では頭が挿げ替えられれば、意味が無くなる。
根深く、奥底に幅広く手中に収めなければ。
その為には手間も金も惜しみなく注ぎ、作り上げたあの『遊び場』を引き継いでいく者が必要だ。
あの船は、後継者教育の場でもあった。
亜妃はそれに合格した。
「お帰りなさいませ、亜妃様」
間島が頭を下げて出迎えた。
この男も、皓兄同様自分を守る為に奔走してくれたのだろう。と、亜妃は思った。
しかし…。
「ああいう所だと、皆知って居たのか?」
間島の…所々白く、少し地肌が見えている後頭部を眺めた。
返って来る返答など、もうとっくに予期していると言うのに、何を期待しているのだろう。
「左様でございます」
亜妃は目を瞑る。
合格できなかったらどうなるのか、わかって居た筈だろう。と、罵声を浴びせたくなった。
が、幸運にも査定者である皓兄の叔父に『気に入られ』合格できた。
間島のサポートもあって、生きながらえた結果は変わらない。
亜妃は深く溜息を吐いた。
一人の黒服が、恭し気に紅い布で覆われた何かを持ってきた。
間島の右隣に姿勢を正しく立つ。
間島は布ごとそれを掴むと、両手で持ち布を亜妃に開いて見せた。
「亜妃様の物です」
紅い布に包まれていたのは小型の拳銃だった。
亜妃にはそれが何口径で、どのタイプの銃かは分からなかったが、小さく女性や子供でも扱えそうな銃の、金色に輝くグリップの金属部分に『桜』がエンボス加工されているのを見て「美しい」と感じた。
「お手に」
間島の促しに、グリップ部分を持ち眺める。
少し重く感じたが、握り心地は良かった。
「いかがでしょう」
安全装置の場所と銃の形状を見る。
シリンダーが無く、ハンマーも無い。
グリップの下に開閉部分…マガジン装填部があった。
「ストライカー方式になっております」
方式が何か興味の無い亜妃は「そう…」とだけ答えて銃口を間島に向けた。
最後の一週間、銃を握らされたのはこれの為か、はたまたアレをクリアしたから与えられた物なのか。
判断は付かない。
銃口を向けられた間島は、狼狽える事をしなかった。
銃に弾が無いと知って居るのか、撃つ『気概』が亜妃には無いと踏んでいるのか、出会った時と同じように…否、少し老けた厳しい顔がそこには在った。
「弾は入っております」
間島がふと笑みをこぼす。
『自分の命は他人の采配で決まる』
そう、教育された黒子達と一緒だった。
「…手入れとか知らないから」
「左様で」
「…俺の部屋に保管しといて」
「分かりました」
亜妃は、間島の手に掛かった布の上に銃を置いた。
いつかは使うかもしれない。けれど、今じゃない。
「おかえりなさい」
悠衣が食堂で出迎えた。
夕食前のお茶をしている様だった。
「今日帰って来るって聞いたから…」
「そう」
悠衣の正面に座ると、同じ様にケーキとお茶が運ばれてくる。
一瞬手を着けるのを躊躇したが、口に運ぶ。
甘い匂いと優しい暖かさが、船の過酷さを忘れさせてくれる気がした。
「悠衣…」
二か月と数日。その間のすり合わせをする。
何も、問題はなさそうだった。
「ご苦労様」
「亜妃こそ…帰って来てくれて良かった」
目の前の同じ顔をした彼女は、さらっと言葉を返す。
宮木家か船か、どっちがマシか…答えは出ていた。
宮木家は無視をすれば普通の家だ。
…本当に?
瞬時に疑問が頭を過る。
人を食うか食わないかの違いだけじゃないか?
殺しかける事は多々ある。
自分がされる側か、する側かの違いで…。
グルグルと考えている間、身体は悠衣と無意識に話していた。
勇弥のその後の話を聞いたと、悠衣の口から悲惨な勇弥の結末を聞いても、その代わりに次の開催には祐基が行く事を聞いても、亜妃の耳には入っても頭に入らず通過していく。
「あのさ…」
亜妃はしゃべり続ける悠衣を制した。
相手がしゃべる事で罪悪感や居心地の悪さをどうにかしたい。と、考えている事も分かるが、亜妃にはしたい事が有る。
「間島…貸してくれない?」
「えっ?」
「調べたい事があるから」
「…」
「呼んできて」
紅茶を一口飲む。
給仕していた女中が、走って部屋を出て行った。
数分も経たぬ内に、お母様が間島と一人の黒子を伴って入って来た。
「何を調べたいの?」
お母様が言うが、亜妃は返答しない。
「貴女付きの黒子は…この黒子です」
一緒に居た若い黒子が頭を下げた。
ここにさっきの銃が有れば、話が速いのにな。と、亜妃は思う。
その黒子を殺して、居なくなったから。と、間島を要求する。
ただそれだけで、話は進む。
無言で自分を見る亜妃に、お母様はため息を吐いた。
「間島じゃなくても、調べる事は出来るわ」
「そうですか…。じゃ、私…宮木亜希に関わる全ての人の素行調査をしてください。過去の経歴も現在も、ありとあらゆる行動を仕事や人間関係含めて」
「親と兄姉?」
「いいえ、亡くなった祖母から通っていた園の保育士、学校教師もです」
「分かったわ…」
去ろうとするお母様に「もう一つ」と、亜妃は付け加える。
「次の入れ替わりの時、大お爺様に会わせてください」
「そうね…それに関しては一週間後には叶うわ」
お母様は亜妃付きの黒子を置いて、去って行った。
皓兄の様に、まだ間島を使えない事に「ちぇっ…」と、亜妃は少し拗ねた。




