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亜妃を気に入った叔父は、事ある毎に亜妃を部屋へ呼んだ。
そして、宴を開催する。
闇事はいつも夜に行われた。
そして、明け方には清掃を行う。
タイル張りの部屋には、毎日の様に子供が床の上に並べられていた。
体中、血と客人の体液で汚れ、震えながら泣いていた。
その子達に設置されているシャワーで、お湯をかけてやる。
傷が染みるのか、声を一層大きくして叫ぶ子も居た。
全ての子が、鎖で繋がれていた。
あの貨物船では見ていない子達だった。
いつかの部屋の前で聞いた叫び声の主達なのだろうと、亜妃は思う。
あの部屋で客人が子供を追いかけ、追い付かれた子が襲われる。
男児であろうが女児であろうが、客人は穴さえあれば良いのだ。
船内には、壁に鎖が並んでいる部屋もあった。
両手足が固定され、拷問される部屋だった。
ここでは大人の女性が、多くの男に蹂躙された。
代わる代わるの暴行に、叫び声すら上げなくなると切り刻まれる。
泣き喚き、半狂乱な様子をみて、客人達は更に興奮を得ていた。
両方の部屋に共通するのは、床がタイルである事。
要するに、掃除がしやすい作りになっていた。
血、体液、肉、骨。
子供の叫び声、女性の悲鳴、客人達の歓声。
毎日それが繰り返される。
子供達は居る時間が長くなればなる程、表情は無くなり泣きも喚きもしなくなった。
そうなってくると、客人の求める「面白さ」が無くなる。
面白さの無くなった子供は、叔父のまな板に上がるか、より非道なおもちゃにされるかだった。
「こいつ捨てておいて」
客人に子供を投げて寄越される事もあった。
大型船が近付き、物をやり取りする時もあり、その後に清掃に入った先で、泣き叫ぶ子供を見ると「あぁ、入りたてだ」と分かる様にまでなった。
たまに人形化した者を、解体するプランが出来る。
そんな時も、叔父は亜妃を呼んだ。
脳が恐怖や痛みで委縮し、叫び声も上げない人間をポーカーやルーレットで賭ける。
勝者が解体のルールを決めた。
一人で好きなだけ解体し、疲れたら交代する。
もしくは、全員にサービスだと参加型にする者もいた。
解体される側はいつも生きたままだ。
身を寄せ合って震えていた子達も、いつの間にか居なくなる。
半開きの目でブツブツと何かを唱えている子も、壁の片隅で溜まったゴミを眺め続けたあの子達も…。
皆、居なくなっていく。
「助けて」
亜妃に懇願する子も中には居た。
袖を力なく引っ張り、縋りつく様によじ登って来る。
「ごめん」
床をモップで拭きながら、そう答えては手を剥がした。
「お腹が痛い」
そう訴えられても、何もしてやることは無い。
嘔吐の始末は大抵、黒子がした。
何かあった時に『捨てれば良い』からだった。
人間を人間として扱わない場所で、亜妃は拷問と解体と言う殺人を見続けた。
縋りついて来る人間の目の中に、線虫が蠢く様を。
皮膚に赤い線が浮かび上がり、気持ち悪さなのかむず痒さなのか、のたうち回る様を。
無理やり口を開き、グラス一杯の線虫を流し込む客人達の姿を見続けた。
鋸を一引きしては笑う、あの者達の顔を。
引き攣り、痙攣し始めた者を、意識があるのか無いのか確かめる為に、鉄の棒で殴り始める姿も。
「ごめん」
亜妃は繰り返し謝った。
頭を殴られ、瞳孔不同になった子供が、海から投げ捨てられた時も。
全裸の女性がロープに吊るされ、手摺から落とされた時も。
「ごめん」と、ただ一言いい続けた。
こんな事の為に、生まれた筈じゃなかったのに。
でも、壊れかけた頭で、何もかもが麻痺して…。
身体の痛みも心の痛みも感じなくなって、まだ生きていたいか?
貨物船でみた赤子が、飾り立てられた挙句、慰み者として消費されていく。
リボンで着飾った彼や彼女達が、腸を破かれ股を裂かれ、力なく床に落ちる。
それを黒子と一緒に片付けながら、終われば飯を食った。
人の死を見ながら、自分は生きる為に、気遣われ暖かい飯を食う。
『もう、帰りたい。あっち側の人間…は悪魔だ…』
幼い声の、昀の言葉が頭に過る。
でも、もう亜妃は引き返せない。
昀も勇弥も、その指導係の河南や皓兄とも同じ道を辿っている。
そして、亜妃は何をしても消えなかった、震えて泣く子供を抱えている感覚が、いつの間にか無くなっていた。
ただ、いつも酷く寒い。
身を震わせる程の、寒さが離れない。
「亜妃様」
黒子の一人が、身を縮ませる亜妃に上着をかけた。
「様って言わないで」
後藤を思い出すから。
「分かりました」
すんなり受け入れる黒子の態度に、ようやく自分の地位が確立された事を知る。
時間は過ぎた。
地獄の時間は、もうすぐ終わりを迎える。
皓兄と昀は一族の待つ国へ帰国し、亜妃も日本へ帰る。
宮本家へ、黒子二人を連れて帰るのだ。
そこに勇弥も居るのだろうか?
怯えた彼の姿を思い出そうとするが、ハッキリとはしない。
それどころか船上での記憶も遠のいて行く。
ダメだ。
記憶の端を握りしめる様に、手に力が入った。
この記憶も感情も地位も、手放してはダメだ。
亜妃は目をぎゅっと瞑った。
だって、これを利用して、私は復讐するんだから…。
開いた目の先に、出発した時と同じ港が、朝焼けと共に光り輝いて見えた。




