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復讐  作者: 樋口 涼
―宮木亜希と宮本亜妃―

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39

皓兄と亜妃が戻ると、部屋には三人分の正装が届けられていた。

皓兄には質の良いタキシードが、亜妃にはタキシードと紅いチャイナドレスが。

この選択から、叔父の『試し』が始まっている。


「…どっちを選ぶべきか…」


皓兄が独り言を言う。

しかし、それを意に介さず亜妃はドレスを選んだ。

男に扮装するシャツを脱ぎ、胸を上げる。

ドレスのサイズは亜妃の体に沿った。


口に紅を引き、髪を束ね、深紅の髪飾りを着けると、長く垂れさがるイヤリングを耳に飾る。

いつもそうしてきたかの様な振る舞いに、皓兄は言葉が出なかった。


亜季ならしないが、亜依ならする。

そんな身支度だった。


「行きましょう」


自然と亜妃の言葉遣いも変わる。

目の前にエスコートを促す人間は、どう見ても亜依だった。


「亜依…?」

「いいえ、亜妃よ」


昀に対してそう言った時の様に、亜妃は亜依の表情を浮かべる。

自分が変わっている事に気が付いていないのか。と、皓兄は思う。

「そうか」とだけ応え、腕を差し出した。


叔父の部屋まで、幾人かの客とすれ違った。

その客が追いかけてくるのも、難なくあしらう。

気弱で、相手の事を考えすぎる亜妃らしくなかった。


叔父の部屋の前に着くと、黒子が恭しくドアを開けた。

中は当然薄暗い。

テーブルには叔父と昀が既に着席していた。


「お待たせいたしました」


皓兄が頭を下げると、腕に手をかけたまま同じく亜妃も頭を下げる。


「ようこそ。二人とも。食事に応じてくれてありがとう」


叔父は笑顔で、二人を目の前の席に着くよう促す。

亜妃と向き合った昀が、ドギマギと体を硬くした。


「愚息は亜妃のドレス姿に緊張している様だ」


はははと笑いながら、昀を揶揄う。

伏目がちな亜妃はテーブル中央に備えられた二つの花瓶と、その間の空いたスペースに視線を落としていた。

優雅な音楽と共に、料理が運ばれてきた。


「今日は僕が腕を振るったよ」


叔父が嬉しそうに言う。


「僕がシェフでもあり、コックでもあるのは知って居るかい?」


亜妃に問う叔父は、シェフとコックの違いが君に分かるかな?とでも言いたそうな顔だった。

なので、亜妃は「はい」と答えながら、質問の意図をくみ取り更に答えを付け足す。


「シェフは厨房の責任者で最終決定権があります、コックは料理をする人全員を差します」

「へぇ。分かっているんだー」


軽い口調はそのままに、亜妃に質問をぶつけ始める。

この船の責任者、一族の家族関係、何を扱い、何をしているのか。

まるでテストの様に。


「責任者は叔父様です」


全てを答え終わると、亜妃はそう言ってグラスに注がれたオレンジジュースを飲んだ。

本当のオレンジジュースだった。


満足げな顔をして、亜妃を見る叔父。

前菜やスープが終わると、魚料理が来た。


「君は生魚が食べられないと聞いてね、火を通した料理だ」


お口に合えば良いけれど。と、笑む。

皓兄の不安な視線を無視して、亜妃は口へ運んだ。

仄かな香草と白ワインの香りが口に広がる。


「次は肉料理だね」


叔父の声でテーブルの花瓶と花瓶の間、空いていたスペースに大きな皿が置かれた。

白い皿の淵には花が飾られ、その中央に丸い物が二つ。


二つとも子供の頭だった。

テーブルの上で亜妃と首だけの子供が向かい合い、目を合わせた。


「…」


亜妃は、皿の上にある残りの魚の切り身を口へ入れた。

何の動揺もしていないと誇示する様に。


「叔父上…」


叔父に抗議しようとしたのは皓兄だった。

人間は使わない。と言う約束だったではないか。と…。

亜妃を観察する叔父の横で、昀はこの前までの威勢は何処へ行ったのか、ただオロオロしていた。


四人の目の前に新たな皿が置かれる。

ハンバーグだった。


「ステーキは苦手かと思ってね」


叔父はテーブルの上に肘を付き、手に顎を乗せた。


「さぁ、召し上がれ」


何で出来ているか分からない、目の前の子供の肉かも知れないそれを、亜妃が食うのか食わないのか、じっとりとした目で観察する。


「「亜…」」


皓兄と昀が同時に声をかけようとしたが、次の瞬間に亜妃はハンバーグを切り、口へ入れた。

絶句する二人をよそに、叔父が「ほほう」と関心の声を上げる。


「なかなかに、君は度胸がある様だ」


叔父は軽快に笑うと手元のワインを飲んだ。


「良いねー良いねー。凄く良い」


満足そうだ。

亜妃が食う事で、皓兄と昀も食べない訳にはいかず、三人がハンバーグを口へ運ぶ。

それを眺めながら、叔父はワインと自分にも出されたそれを平らげた。


「君はどうして食えた?」


目の前にデザートが運ばれると、徐に叔父が口を開いた。

皿の上に飾られた子供の頭は、下げられている。


「人間の肉を使っているかも知れないとは思わなかったのか?」

「使わない。と、叔父様は言われました」

「嘘だとは思わないのかね?」

「えぇ」


デザートに手を付けず、真っすぐと亜妃は叔父へ向く。


「でも…もしも、嘘でも食べましたよ」

「ほほう」

「加工されてるものが何でも別に…」


亜妃は肉が嫌いだ。

それはあの、自分の姿に似た人間の死を思い出すからだった。


「何か分からない方が楽ですし…」


にっこりと笑いながら、デザートを食べない亜妃に「そうか」と返すと、叔父は微笑んだ。

今までの軽い笑いでは無く、何かを確認し、納得したような笑い方だった。

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