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皓兄と亜妃が戻ると、部屋には三人分の正装が届けられていた。
皓兄には質の良いタキシードが、亜妃にはタキシードと紅いチャイナドレスが。
この選択から、叔父の『試し』が始まっている。
「…どっちを選ぶべきか…」
皓兄が独り言を言う。
しかし、それを意に介さず亜妃はドレスを選んだ。
男に扮装するシャツを脱ぎ、胸を上げる。
ドレスのサイズは亜妃の体に沿った。
口に紅を引き、髪を束ね、深紅の髪飾りを着けると、長く垂れさがるイヤリングを耳に飾る。
いつもそうしてきたかの様な振る舞いに、皓兄は言葉が出なかった。
亜季ならしないが、亜依ならする。
そんな身支度だった。
「行きましょう」
自然と亜妃の言葉遣いも変わる。
目の前にエスコートを促す人間は、どう見ても亜依だった。
「亜依…?」
「いいえ、亜妃よ」
昀に対してそう言った時の様に、亜妃は亜依の表情を浮かべる。
自分が変わっている事に気が付いていないのか。と、皓兄は思う。
「そうか」とだけ応え、腕を差し出した。
叔父の部屋まで、幾人かの客とすれ違った。
その客が追いかけてくるのも、難なくあしらう。
気弱で、相手の事を考えすぎる亜妃らしくなかった。
叔父の部屋の前に着くと、黒子が恭しくドアを開けた。
中は当然薄暗い。
テーブルには叔父と昀が既に着席していた。
「お待たせいたしました」
皓兄が頭を下げると、腕に手をかけたまま同じく亜妃も頭を下げる。
「ようこそ。二人とも。食事に応じてくれてありがとう」
叔父は笑顔で、二人を目の前の席に着くよう促す。
亜妃と向き合った昀が、ドギマギと体を硬くした。
「愚息は亜妃のドレス姿に緊張している様だ」
はははと笑いながら、昀を揶揄う。
伏目がちな亜妃はテーブル中央に備えられた二つの花瓶と、その間の空いたスペースに視線を落としていた。
優雅な音楽と共に、料理が運ばれてきた。
「今日は僕が腕を振るったよ」
叔父が嬉しそうに言う。
「僕がシェフでもあり、コックでもあるのは知って居るかい?」
亜妃に問う叔父は、シェフとコックの違いが君に分かるかな?とでも言いたそうな顔だった。
なので、亜妃は「はい」と答えながら、質問の意図をくみ取り更に答えを付け足す。
「シェフは厨房の責任者で最終決定権があります、コックは料理をする人全員を差します」
「へぇ。分かっているんだー」
軽い口調はそのままに、亜妃に質問をぶつけ始める。
この船の責任者、一族の家族関係、何を扱い、何をしているのか。
まるでテストの様に。
「責任者は叔父様です」
全てを答え終わると、亜妃はそう言ってグラスに注がれたオレンジジュースを飲んだ。
本当のオレンジジュースだった。
満足げな顔をして、亜妃を見る叔父。
前菜やスープが終わると、魚料理が来た。
「君は生魚が食べられないと聞いてね、火を通した料理だ」
お口に合えば良いけれど。と、笑む。
皓兄の不安な視線を無視して、亜妃は口へ運んだ。
仄かな香草と白ワインの香りが口に広がる。
「次は肉料理だね」
叔父の声でテーブルの花瓶と花瓶の間、空いていたスペースに大きな皿が置かれた。
白い皿の淵には花が飾られ、その中央に丸い物が二つ。
二つとも子供の頭だった。
テーブルの上で亜妃と首だけの子供が向かい合い、目を合わせた。
「…」
亜妃は、皿の上にある残りの魚の切り身を口へ入れた。
何の動揺もしていないと誇示する様に。
「叔父上…」
叔父に抗議しようとしたのは皓兄だった。
人間は使わない。と言う約束だったではないか。と…。
亜妃を観察する叔父の横で、昀はこの前までの威勢は何処へ行ったのか、ただオロオロしていた。
四人の目の前に新たな皿が置かれる。
ハンバーグだった。
「ステーキは苦手かと思ってね」
叔父はテーブルの上に肘を付き、手に顎を乗せた。
「さぁ、召し上がれ」
何で出来ているか分からない、目の前の子供の肉かも知れないそれを、亜妃が食うのか食わないのか、じっとりとした目で観察する。
「「亜…」」
皓兄と昀が同時に声をかけようとしたが、次の瞬間に亜妃はハンバーグを切り、口へ入れた。
絶句する二人をよそに、叔父が「ほほう」と関心の声を上げる。
「なかなかに、君は度胸がある様だ」
叔父は軽快に笑うと手元のワインを飲んだ。
「良いねー良いねー。凄く良い」
満足そうだ。
亜妃が食う事で、皓兄と昀も食べない訳にはいかず、三人がハンバーグを口へ運ぶ。
それを眺めながら、叔父はワインと自分にも出されたそれを平らげた。
「君はどうして食えた?」
目の前にデザートが運ばれると、徐に叔父が口を開いた。
皿の上に飾られた子供の頭は、下げられている。
「人間の肉を使っているかも知れないとは思わなかったのか?」
「使わない。と、叔父様は言われました」
「嘘だとは思わないのかね?」
「えぇ」
デザートに手を付けず、真っすぐと亜妃は叔父へ向く。
「でも…もしも、嘘でも食べましたよ」
「ほほう」
「加工されてるものが何でも別に…」
亜妃は肉が嫌いだ。
それはあの、自分の姿に似た人間の死を思い出すからだった。
「何か分からない方が楽ですし…」
にっこりと笑いながら、デザートを食べない亜妃に「そうか」と返すと、叔父は微笑んだ。
今までの軽い笑いでは無く、何かを確認し、納得したような笑い方だった。




