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復讐  作者: 樋口 涼
―宮木亜希と宮本亜妃―

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36

船内に戻った二人を、待ち受けていたのは陰鬱な顔をした昀だった。


「お帰りなさいませ、皓様」


何かしら河南から連絡が行ったのだろう、屈辱的な表情を浮かべながら、頭を下げた。

昀は、自分が初めて船に乗った時の指導者である河南に弱い。


その様子を見た亜妃が、昀の隣へ行き耳打ちをする。


「昀、勇弥も同じ目に遭ってるよ」


そして、ふふふと笑った。


「亜依…?」


昀は目を丸くして亜妃を見る。


「お前は知らないはずだ。亜依じゃ…ない」


昀が首を横に振る。


「知ってる」


亜妃はそう言ってにっこりと笑った。


『僕…もう、帰りたい。あっち側の人間…は悪魔だ…』


昔、そう亜依に電話口で嘆いた男の子は、『あっち側』の人間に襲われた。

勇弥の様に。


そして、襲われない様に武装し、加害する側に移った。

それが、河南の狙いである。


「だからって、私を攻撃しないで」


後藤を嗾けた事を知って居るのだと、警告する。

横に居る皓兄は、何とも言えない顔をしていた。


亜妃が昀の顔を見るなり、すたすたと歩き、近付いて行くのを止める隙が無かった。

だから、見守るだけに留めた。


「亜依…なのか?」

「亜妃よ」

「何で、知ってるんだ?」

「亜依でもあるからよ」


驚愕の顔のまま、昀は皓兄を見た。


「昀、今後…亜妃に手を出すな」


宮本の方の黒子二人が来たとはいえ、故意に殺されてはキリがない。

まして、後半の船旅は人数が減るのも困る。


「亜依…」


昀は亜妃の顔に両手で触れ、違いを探す様に観察したが、亜依にも見えるし亜依ではない様にも見えた。


「分かった?」


昀の両手を下ろしながら、亜妃は亜依の様に微笑んだ。


「分かった」


返事をする昀の、亜妃を見る目が変わった。

愛おしそうに、昔を反芻する様に懐かしむ目だ。


「その辺で…亜妃、部屋に戻るぞ」


皓兄の声に亜妃が反応する。

昀をその場に残し、部屋に戻る。


「何で皆、亜妃だの亜依だの…名前や顔で、あんなにもコロコロ態度が変わるんだろ」


自分は自分なのに。と、相手の対応が変わる居心地の悪さを吐露した。


「顔が似ている、名前が一緒。は強い」


皓兄は亜妃の疑問に答えた。


「顔が似ているから、名前が一緒だからと、充てがった商品をチェンジ要求する奴は多い」

「客人の?中でも?」

「あぁ。顔で…名前で、自分の中にいる『その人』を思い出すかららしい…奴らにも『大切な人』がいる。まぁ、逆に殺すプランじゃなかったのに興奮し過ぎて、殺してしまう奴もいるが…」


皓兄は軽い調子で、人殺しのプランもある事をさらっと言う。


「『大切』なはずの、身近な『その人』を商品に投影して避けるか、より残虐になるかは『客人』次第…だからなぁ…」

「昀は大切にする方かな?」

「さっきの反応からしてそうだろう」


亜依に似ているから。

亜依かも知れないから。


そう考えると昀は『味方』に成り得るな。と、亜妃は思った。

あの、後藤に薬を飲まされた時に見た…悪夢。

そこから目覚めた時から、心の中に点った怒りの炎。


「…まずは色々…しなきゃな」


自分のそれを劫火に変えて、全てを燃やし尽す為に。

目の前のある物を利用しない手は無かった。


「どうした?」

「ううん、何でも…。皓」

「ん?」

「客人達が何をしているのか、ちゃんとこの目で確認したい」


亜妃の言葉に皓兄は一瞬、返答を躊躇う。


「…良いのか?」

「今後の…為にも」

「今後か…」


亜妃の言う「今後」と、皓兄の思う「今後」は違う意味だった。

しかし、そんな事に思い至らない皓兄は、亜妃が『客人達の宴』を見る事を承諾した。


どうせ、大お爺様が健在な間、亜妃は一族から逃げられない。


皓兄はそう考えていた。

事実、大お爺様が死亡するまで、亜妃は一族の目の届く所に置かれていた。


大お爺様の死後、彼女の幸せを願う周りの声を受け、一族から離れる事を選択していれば、幸せに暮らせたはずだった。

子供は持てずとも、亜妃を亜季として愛する夫と猫と共に生きる幸せがあった。


心に点った炎を鎮められていたら。

怒りを消し、本来のお人好しともいえる優しさを、持ち続けていたのなら…。

そんな未来があった。


しかし、亜妃は離れる事を選択出来なかった。

孤独や怒りの炎から、人間らしい強固な依存性が生まれ、一族に執着し…その為に、平凡で幸せな人間らしい暮らしからは遠のいた事を、この時点では誰も予想も…知る由もない。


皓兄は時計を見る。


「分かった。夜の7時から…俺と回ろう…」


今から約二時間後。

亜妃の中の時間は、歪ながらも進む。

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