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復讐  作者: 樋口 涼
―宮木亜希と宮本亜妃―

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35

「気にならないのか?」


皓兄は貨物船の方へ向かいながら、亜妃に話しかけた。


「何が?」

「勇弥や…河南の事だ」

「…勇弥は…元気なかったね」

「あぁ。掘られかけたらしい」

「…かわいそ」


河南が守れなかったはずもないので、わざとそうしたのだろう。


「わざとでしょ」

「だろうな」


皓兄は亜妃の言い方に違和感を感じた。


「…お前、河南を知ってたか?」

「亜依として…ね」


皓兄に応えた亜妃は、亜依の様に微笑んだ。


「お前…」

「気にしないで」


何をかは言わない。


「…思い出しただけよ。後藤に何かを飲まされる前に昀に会ったの」

「アイツの指示か?」

「さぁ。でも、そうでしょうね」

「…そうだろな」


少し立ち止まり、煙草を出した。

火を付け、軽く吸う。


「亜妃…」

「何」


皓兄の目に写るその姿は、さっきまで亜依に見えたのが嘘の様に『亜妃』が不思議そうな顔で見ていた。


「いや…何でもない」


心的ストレス障害で人格が分離する話を、皓兄は頭に思い描いた。

そして、亜妃に起こっても不思議ではない。と、思う。

敢えて、深くは聞かなかった。

状況がどうであれ、皓兄にカウンセラーの真似事は出来ない。


「吸うか?」


火の着いた煙草を差し出す。

「一口で良い」と、亜妃は皓兄が持ったままの煙草を一吸いすると、空に白い煙を吐いた。


貨物船に乗り込むと、コンテナが甲板に並んでいた。

それらを無視し、船内へ入って行く。

綺麗な一室に、子供達が集まっていた。

年齢は亜妃より皆、年下の様だ。


小学生にも上がらない、そんな子達は不安からか泣いていたが、健康状態も良く、清潔感があった。


中に女性が居て、子供達の面倒を見ている。

二人体制のその部屋は、船上の保育園か幼稚園に思えた。


子供達の服装は普通の幼稚園児とは違い、皆、ズボンではなくワンピースタイプのスカートで、一様にリボンで飾り立てられ、かなりドレスに近く、男児女児と区別が付かない。


「人数は?」

「女児が十名、男児が五名、計十五名です」


皓兄が人数を聞くと、すぐ女性は答える。

「合っているな」と言う返事に、女性は心底ほっとした様だった。


次の部屋には幼児用のベッドが並んでおり、そこには三人の女性が哺乳瓶でミルクをやり、オムツを変え…と忙しなくしていた。

一人が皓兄に気が付くと頭を下げた。


「人数は?」

「四名でございます」

「一人足らないが?」

「…途中で…死にました」

「遺体は?」

「保存しております」

「分かった」


皓兄は携帯で何処かへかける。

人数が足りないと言われた女性が、肩を震わせていた。

ドアが重苦しく閉まると、次の部屋へ行く。


鉄製の扉の向こうは、冷凍庫だった。

中に入ると凍える程寒い。


「亜妃はそこで待て」


亜妃に扉を数センチ開けたままにさせて、皓兄は自分だけ入る。

一分もしない間に、外へ出て来たが、皓兄の体には冷気が纏わりついていた。


「確認した」


携帯で再度誰かと話す皓兄の後ろを、亜妃は付いて歩く。


次の部屋は暗く湿気ていた。

中は鉄格子で二分され、出入り口の方に一人、老女が椅子に座っている。


鉄格子の中では虚ろな顔の女性達が、椅子やベッドに力なく垂れ下がっていた。

まるで人形の様だった。


「十名でございます」


皓兄が声をかける前に、老女は人数を伝えた。


「合っている」


皓兄がそう答え、ドアを閉める瞬間、鉄格子の向こうから「助けて」と聞こえた気がした。

部屋を出ると甲板に上がった。


今度は並んだコンテナの中心部へ歩いて行く。

獣の匂いの様な異臭がし始め、海からの風がコンテナの隙間を勢いよく流れる事で薄れている筈の匂いは、歩くにつれて濃くなっていった。


「動物でも居るの?」


鼻を覆いたい匂いに、亜妃の眉間に皺が寄る。


「あぁ」


皓兄の言う通り、犬の入った檻が見え始める。

犬だけではなく、豚も居た。

しかし、そんな匂いとは違う。


ただの入荷物の数量を確認する様に…人間を確認し、次は動物の確認の為かと思っていたが、皓兄はそれらに一切構わずに、進んで行く。


その先のコンテナに近付く。

上部が細い網目状の金網になっていて、そこから匂いが漏れ出しているのが分かる。


側に付いていた乗務員が、コンテナのシャッターを上げたその瞬間、より濃い匂いが襲う。

中は先程の部屋同様、鉄格子が有り、檻の様になっていた。


その中で肌色の何かが蠢いていた。

それは人間達だった。


檻は半分に分かれ、男と女で分けられていた。

清潔な部屋に居た子供とは違う、人形の様だった女性達とも違う。

生気の無い顔をした人間達、その男女には手足が無かった。


切り落とされた傷口からは白い虫が這い出て、糞尿が溜まってできた汚水に落ちては蠢いていた。


「あれとあれ…、あれと…そいつだ」


男女二ずつ、四人を指さし、後ろに居た黒子に指示を出す。


「綺麗にして持って来い」


皓兄の指示に、黒子二人は頭を下げて「はい」と返事をし、近くに居た乗務員に鍵を開けて貰う。


「これくらいか…」


皓兄はぽそっと独り言を呟く。

スーパーで食べる命を選ぶ様に、人間を選別し船へ運ぶ。


人間を人間として扱わない場所。

そして、人間を人間として扱わない…人間。


「戻るぞ」


皓兄の言葉に、亜妃は頷いた。

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