34
次の日の朝、天候の回復した海は船を港に無事、入港させた。
数人の客が乗船していた係官からパスポートを受け取り、下船する。
何人かは、乗船時に連れていなかった子供を連れていた。
係官はいつの間にか増えたパスポートの数に、気が付いていない。
気が付いていたとしても、何も言う事が出来ない。
見て見ぬフリ、気が付かないフリ。
自分の命と金を守る為の選択だ。
タラップを微笑みながら降りる客人に、連れられた無表情な子供と笑顔の子供。
各々の決まってしまった運命の様に、その差は歴然としていた。
3の様に有名人の養子になり、裕福に甘やかされて生きる子供もいれば、奴隷にも等しい扱い…性的にも肉体的にも搾取を受け続ける子も居る。
中には、8や9の様に食われる者も居るかも知れない。
生きているだけマシか、死ぬ方がマシか。
どちらが良いかなど、分からない。
子供達に選択肢は無く、買った人間の匙加減…胸一つで決まる。
降りる乗客を見送った後、亜妃と皓兄も地上へ降りた。
地面に着いた足が、微かに揺れている様な気になりながら、船の横を吹く風に亜妃は髪の毛を乱された。
港には乗って来た船以外にも、二隻着いていた。
一隻は二人が乗って来た船と同等の大きさで、豪華客船の体を成しており、叔祖父所有の物だと分かる。
もう一隻は貨物船の様で、下からでもコンテナの頭が見えていた。
亜妃達が乗っていた船はその二隻に、前後を挟まれた形で止まっている。
皓兄は電話をかけ乍ら、船尾の方へ歩いた。
叔祖父の船に用があるのかと、亜妃はその後ろを付いて行く。
乗っていた船の船尾楼甲板の手摺から、ロープが垂れ下がっていた。
視線を向けたが、その先には何も括りつけてられて居らず、ゆらゆらとロープだけが、無意味に波に揉まれ漂っている。
「亜妃」
少し間が空いたのに、気が付いた皓兄が声をかける。
少年に見える様に男装をしていても、危険な事には変わりない。
女児か男児か…女児である方が微量に危険度が増すだけで、男装は気休めだ。
誘拐でもされては困ると足を止め、亜妃が追いつくのを待つ。
その間、携帯の相手と一言二言交わすと切った。
追い付いた頃合いに、また歩みを進める。
亜妃は今度こそちゃんと、よそ見をせずに横に付いて歩いた。
歩いた先で待って居たのは勇弥と黒子二人、そして河南だった。
河南は皓兄の異母兄弟で、歳が同じだが仲は悪くなく、他の兄弟よりかは皓兄同様優しい部類の人間である。
「久しぶりだね、皓」
「そうだな、河南」
二人してそっちはどうだと近況報告をし合う。
横に居る勇弥は何となく顔色が悪かった。
「勇弥…久しぶり」
亜妃は久しぶりに会う亜依の従兄弟に声をかける。
亜依が死んでから、会うのは初めてだった。
「あぁ…久しぶり」
勇弥か祐基の婚約者に。そう、言われているが二人ともが素っ気ない。
亜依が死ぬまでは、宮本家でよく会っていたのに、それすら亜依の死と共に消えた様だ。
勇弥は亜妃に対してどう接して良いのか、分からなくなっていた上に、船上の出来事に動揺しているらしく、落ち着かない様子で立っていた。
「大丈夫?」
「あぁ…そっちは…」
「平気」
「そっか…」
当たり障りのない言葉しか、出て来なかった。
こちらにもあちらにも「何が有ったのか」言えも聞きも出来ない。
だが、同じ様な事が有ったに違いは無かった。
「黒子…」
少しの沈黙の後、勇弥が口を開いた。
「黒子をそっちに二人やるから」
「何か、交換するらしいね」
「あぁ…皓さんが、間島に連絡して…こっちに回って来た」
「そう…」
何か言いだしたい事が有る様だが、勇弥は本題を切り出せないでいる。
もごもごと歯切れが悪い。
「亜妃」
皓兄が黒子を二人連れて、河南から離れた。
「呼んでるから…」
「あっ、あぁ…」
手を挙げて、別れの挨拶をすると亜妃は皓兄の方へ歩き出す。
「気を…気を付けろ!」
勇弥が叫ぶ。
勇気を振り絞った、たった一言だった。
「おう!」とだけ、手を大きく振りながら亜妃は答えて、前を向き皓兄の横を歩く。
後ろに黒子を二人従えて。
その四人の前から、昀の黒子二人が河南の方へ向かい、すれ違う。
交換される二人。
横を通る瞬間に、亜妃の耳に二人が舌打ちをするのが聞こえた。
主人と話される事に不満が有るのだろう、それを亜妃にぶつけ去って行く。
仕方ないのだろうな。と、亜妃が思っていると、後方から二発の銃声が聞こえた。
振り返ると、目に入ったのは昀の黒子二人が倒れていく瞬間だった。
二人は頭を打たれて、微かに痙攣をした後、微動だにしない。
河南の気に障ったのか、あるいは皓兄の指示か。
打ったのは河南だった。
耳を押さえ、震えている様な勇弥の腕を河南が掴み、船に戻って行くのを一瞥する。
河南が発砲した事も、黒子が二人死んだ事も、勇弥の怯える姿にも、亜妃は動揺しなくなっていた。




