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復讐  作者: 樋口 涼
―宮木亜希と宮本亜妃―

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31

トイレからベッドに戻ると、皓兄が暖かいタオルを用意し、亜妃の顔を拭いた。

部屋の中には雨の音がするだけで、他は何もない。

お互い言いたい事も聞きたい事もあったが、始終無言だった。


拭き終わると皓兄は亜妃を寝かせ、布団を掛けてやる。

そしてタオルを片付けに行く。


内心、亜妃は皓兄に怒られると思っていた。

何がどうなったのか、あまりわかって居なかったが、失態を犯したのは間違いない。

それも、客の前で。


しかし、皓兄は何も言わず、自分の世話をする。

そこにはいつもの気楽さはないが、同時に怒りも感じない。

有るのは少しの緊張だ。


皓兄は天気が崩れた事にホッとしていた。

これで、あの裸で繋がれ波に揉まれている後藤の体は流れ、亜妃が見る事は無いだろうと。


厳しい現実を教えなければならない。と、甘さを捨てる覚悟はしたが、関係があった者の死は亜依を思い出させ、亜妃を刺激しすぎると考えた。


トラウマの発作が起きられては困る。


皓兄はそこを回避したのだと、自分に言い聞かせる。

逃げただけなのだと、思いたくない。


悪天候により、港に着くのも遅れるだろう。

その間に亜妃の薬が抜け、体調が安定すれば良い。

そうしたら、本格的に…。


自分の優柔不断な気持ちも、固まるだろうと、皓兄は思う。

タオルをランドリーバスケットに放り込んだタイミングで、携帯が鳴った。

電波が悪く聞き取りにくいが、相手は間島だ。


「間島か」

「はい。黒子の件ですが…」


やはり皓兄の考えていた通り、人数を回そうとはしたが限られた乗船者の中、適任が二名だと報告を受ける。


「良い。予想はしていた」

「さようで」

「では到着後、トレードで」

「はい」


間島の返事を聞くと、電話を切った。

黒子が男か女か聞く事はしなかった。

間島が「適任」としたなら、適任なのだ。


部屋に戻ると、亜妃はベッドで寝息を立てていた。

幾分、さっきよりも安定した息をし、魘されても居ない。


さらっとした前髪を、目にかからない様に分けてやる。

まつ毛が時折震えるのを眺め、脈を計る。


秒針の動きとトクンとした鼓動を、確認しながら一つずつ、一回ずつ…数える。

遅くもなく、速くもない。

寝始めた子供の体温と音。


完全に寝たのを確認した後、皓兄は床を拭きごみ袋を変えた。

大雨の中、外の通路に出る者も居ない。

その為、この部屋に緊急の用が無ければだれも来ない。


客人達は恐らく、中の通路側、娯楽施設でプールなりカジノなり興じている事だろう。

薬やその他の提供は、他の黒子に指示してきた。

大方の仕事は終わり、後は港に着いてからだ。


そう、思うと皓兄にも睡魔が襲ってくる。

後藤が居ても気を張って、亜妃を守る為に先回りし動いて来た。


無駄になったが…。

無駄な足掻きだったが。


皓兄は自分の前髪をかき上げた。

童顔に見えるのを嫌い、横に固めていた前髪が崩れ、真ん中で分かれ垂れ下がる。


コンタクトを外し、眼鏡に変えると、そのままクローゼットからバスタオルを出して、シャワールームに入った。

皓兄の体には傷と刺青が有る。


刺青は下っ端だった証で、傷は上り詰める為の経験の跡だ。

まだまだ自分よりも年下の昀に負ける訳にはいかない。


この船の売り上げに…客の醜聞の収集。

どれも、今の所皓兄の方に歩はある。

それに今回、昀は下として付いている為妨害も無いだろう。


黒子は殺しても、こちらに手は出せない。


キュッと湯を止め、使用したボトル達を洗い流した。

証拠隠滅の癖なのか、ただの几帳面か、皓兄は常に周りを綺麗に保つ。


使ったバスタオルやマットも片付け、部屋の鍵を全て念入りに確認する。

その後、本当なら自分の部屋に戻るのだが、亜妃の様子が気になり亜希の部屋へ来た。

そして、椅子に座り煙草に火を付けると、軽く吸う。


亜妃が喘息なのは知って居るが、治まったと聞いてからは我慢しなくなった。

亜妃自身からも時折煙草の匂いがするのは、親も吸うからなのだろう。


同じ匂いを纏う二人。

そこには妙な連帯感が有った。


時間が経つにつれて風がきつく、窓が音を立てる。

外は暗い。

今、太陽は沈んでいるのかまだ海の上に有るのか分からない。

時計は外してあった。


火の着いた煙草が短くなると、灰皿で擦り消した。

そしてゆっくりと立ち上がる。


亜妃は変わらず寝息を立てていた。

起こさない様に、反対側からベッドに入ると、皓兄の意識は暗い闇の中に落ちて行った。

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