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復讐  作者: 樋口 涼
―宮木亜希と宮本亜妃―

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28

ベッドの上で眠る亜妃は、走馬灯の様な夢を繰り返し見ていた。


幼き頃の記憶。

そう、言い切れるモノを繰り返し繰り返しずっと。


自分の母親が目の前に現れる。

母親の手の温度を知りたい彼女は、躊躇いながらも手を伸ばすが、振り払われる。

再度手を伸ばすが、今度は姉の一華が邪魔をし、掴みたい手が掴めず消える。


「お母さん…」


伸ばした手を自分に寄せ、立ち尽くしていると今度は祖母の姿が浮かぶ。

亜季が物心ついた時には、部屋で引きこもっていて、疎遠になっていた祖母。


その足元には赤子の裸体が、写真で降り注いでいた。

性器を露わにされた赤子が、自分だと知ったのはだいぶ後だった。


そして、その中に一華の写真。

実家のあの狭い、押し入れを改造した部屋の引き出しに隠している写真。


遺品整理をした時に、見つけた。

何故か捨てられず、一華が母親の所へ行っている間に隠した。


チリチリと燃え始めるその写真が、消し炭になった跡から、男の声が聞こえる。


『また、風邪か。金がかかる奴やな』

『どうせすぐ死ぬんちゃうか』

『要らんかったな』

『役に立たん』


亜季に降り注ぐ言葉は、鋭さを増し、身が引き裂かれる様な気がした。


言い聞かせるような、諦めの入ったようなメロディーが怒鳴り声と物が壊れていく音に混じり、聞こえだす。

女性が緩やかに歌い、微かに途切れ途切れに姉の声が重なりだす。


「ケセラ…セラ…」


いつも、一華が口ずさんでいた曲だった。

何の歌なのか、亜希は知らない。


その歌で男の声が消える。

同時に聞こえていた男の子の声も。


「あぁ…」


静かに成った中、まだまだ夢は続いた。

次に出て来たのは通っている園の保育士。

黒崎だった。


兄と姉を知って居る。と、薄ら笑いを浮かべて亜希に近付いて来る。

いつも、酷く嫌な言葉を投げてくると言う印象の男。

この男の口調が一年に二度、帰って来る兄にそっくりだった。


祖母の葬式の時から家に住んだ兄は、何をするにも黒崎が浮かぶ。

話し方や人を試す態度、何度も「お願い」を口にさせる所も。

ネチネチとした物言いと行動が、嫌になって離れたが、追いかけて来る所も一緒だった。

誰も見ていない所で、自分の太ももや股を触ろうとして来るのも、亜希が二人を嫌う理由の一つだった。


よく叩いて来る姉の事も怖かった。

どこにも逃げ場がない。と、亜希は思った。


引っ越し作業の時の「もっと早く死んでくれてたら手間かからんで済んだのに」と、吐き捨てた母親の呟きが、頭の中をグルグルとする。


保険金がどうの。手間がどうのとブツブツ言っている母親の背を、眺めながらその時の自分は、何を考えていたっけ。などと思う。


転校した先で、同じクラスの男子に追いかけられ、女子トイレに逃げ込んでも、そいつらの仲間の女子に引っ張り出され、殴られ蹴られる。

意地悪だと評判だった担任の小山先生にも言えず、一人で膝を抱えて泣いた。


そんな時、優しく話しかけて来た姉の担任だと言う教師は、黒崎や兄同様、身体を撫でて来た。

どこへ行っても、嫌な目に遭う。

帰っても同じ部屋に一華が居た。


学校でも家でも、スカートを捲られパンツを下ろされる。

母親に伝えたかったが、忙しそうな彼女との時間は一秒も無かった。


その上、姉に逆らえば夕飯も無くなる。

給食の時間だけが腹を満たす時間になり、空腹で鳴る事で馬鹿にされ、またクラスメイトに虐められた。


「私が…」


何をした?


ベッドの上で丸まり、気持ち悪さで吐き気がする。

涙で枕が濡れて、頬に布が張り付く。


それが今なのか、過去なのか、それも分からない。

目を開けても霞んで周りは見えなかった。


心の中に、ずっと震えて泣く子供を抱えている感覚があった。

亜希はずっと泣いていた。

学校でも家でも。


水泳教室に通いだし、早苗に付き合いたいと言われ、付き合うとはどういう事か分かって居なかった亜希は「一緒に帰る事」くらいに軽く考え、気持ちの無いまま受けた。


しかし、相手は恋愛感情で亜希を想っていたのだ。

月日が流れるにつれ、すれ違いは当たり前に起こった。


ある日の帰り際に、キスをされかけ亜希は早苗を突き飛ばしてしまった。

何度かしていたキスだか、その時は何故か拒否してしまった。


それが、早苗が持つ不安の決定打となったのだろう。

別れを切り出され、流れるまま亜希はそれを承諾した。

唯一泣かなくて済んだ水泳教室も、別れた事により行き辛くなってしまう。


また、居場所がなくなってしまった。


間島に出会い、亜依が迎えに来た。

明るい亜依。


自分とそっくりなのに何か違う亜依。

幸せそうだったのに。


彼女の体が夕日に溶ける。

生きていた最後の顔は泣き顔だった。

最期の顔は…どこを見ているか分からない。


その顔が奇妙に歪んでいく。

自分の顔と彼女の顔が入れ替わるが、見た目は変わらない。


下から上を見上げる自分。

自分を見上げる自分。

自分を見下ろす自分。


何かが落ちる音。

人が駆け寄る足音や声。


全てが反響し、高い音と低い音が交じり合い、耳を攻撃する。

視界は伸びたり縮んだりを繰り返し、音も伸び始め何を言っているか分からなくなる。

踏みしめた地面が消えて、真っ暗な穴の中に落ちていく。


どこにも、もう本当に居場所は無かった。

同じ顔をした双子のいるあの家だけが、救いの場所だったのに。

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