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復讐  作者: 樋口 涼
―宮木亜希と宮本亜妃―

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26

しかし、皓兄はどうしても腑に落ちない事があった。

近くに自分が居るのに、何故後藤が亜妃に危害を加えたのか。

亜妃に何故、薬を盛ったのか。


俺が側に居るのだ、殺してもすぐにばれる。

そう…何をしても。

最悪、自分が殺されるのを知って居るはずの後藤には、何も利など無いのに。


魘されて居る様な声を上げ、微かにもがいている亜妃に目をやる。

取り扱う薬の種類が多すぎて、どれを盛られたのかが分からない。

そして、それの量はそう多くは無い。と、皓兄は検討を付けていた。


どうせ、抜けるまで待つしかない。


この状態の亜妃を一人、残していくのは不安だったが「様子を見ておいてくれ」と頼めるはずの後藤も居ない。

仕事も残っている。


「くっそ!!」


両手で頭を掻いた。


「冷静に成れ。冷静に!」


いつもそう自分に言い聞かせている。

亜妃にも言うが、己にも同時に言い聞かせて来たのだ。

それなのに、このざまだった。


「ちっくしょう!」


ごみ箱を蹴り上げたくもなったが、我慢する。

中に亜希が食べたのだろう、菓子の袋が入っていた。


尋常じゃない量のごみをみて、前々から何か盛られていた可能性を考えた。

しかし、思い当たる節も無い。


「あぁ!!」


イライラしては頭を掻きむしる。

やっと20過ぎただけの若造が、訓練したとはいえ自分の感情をコントロールしきれる訳も無い。


ごみ箱を蹴る代わりに、備え付けのライティングデスクの横を殴った。

鈍い音がするだけで、一向に苛立ちが治まらない。

だが、いつまでもこうしている訳にもいかず、深呼吸し始める。


先ずは、後藤を…いや、その前に仕事を。


何よりも優先すべきは、恙無くこの船を運行する事。

客には優雅に丁寧に。

…そして、下には見られない事。

見下されてはならないのだ。

当然、弱みを見せる事も厳禁だ。


目を瞑り、耳を澄ます。

微かな亜妃のうめき声だけが聞こえた。


大丈夫。俺は…大丈夫。

自分の鼓動の速さも体温も正常だ。


ゆっくりと部屋を出て、鍵を掛ける。

万が一の為に付けてあった、外からの鍵も掛けた。


これで、外からと中から鍵を開けなければ部屋には入れない。

それでも、気休め程度にしかならないのは、皓兄本人も理解していた。


訓練された一族の人間ならば、どうしたって開けられる。


これは、自分が不在中に亜妃が部屋から出ない為のモノだった。

後藤が残したリストを見ながら、電話を掛ける。

ワンコールで繋がる先は宮本家の間島だった。


「どうかなさいましたか」


いつも通り冷静な声を聞く、自分もいつかこの男の様に動揺しない人間になりたいと思う。


「…新しい黒子が欲しい」

「こちらの…ですね」

「あぁ。もうすぐ港に着く」

「でしたら、勇弥様の乗る船がそちらに近こうございます」

「連絡しておいてくれ」

「分かりました」


間島の返事を受け、電話を切る。

航海スケジュールや所属、信頼性が高い黒子を把握している間島は、話が速い。

後藤はどうしたか等も聞いて来ない。

長年の経験で、事情がある事を察する。


仕事のできる男だ。


間島が宮本家を裏切らない限り、勢力図は変わらないだろう。と、皓兄は思う。

今のまま、こちらよりも下ではあるが、軽く扱われる事も無い。


自室から少し離れた黒子達の部屋を、ノックも無しに開け入る。

瞬時に気が付き、全ての者が立ち上がり頭を下げた。

軍隊の様に揃ったそれは、指導者の権威を見せつけられている様だった。

自分ではなく、祖父の…だ。


ざっと見渡すが二十人程いる黒子の中に、後藤の姿は見つからなかった。

この中でも『誰に付くか』がある。


宮本家とは違い、皓兄の祖父系は人数が多い。

後継者争いは、生まれた時から始まっている。


『自分に付いていた』


そう思っていた後藤が裏切ったのだ、亜妃を守る為には誰も信用できたものでは無かった。

そして、恐らく間島は結構な人数を寄越そうとするだろうが、あっちの船上の人数も限られている。


無理はさせたくない。

しかも、俺の不手際だ。


「港に着いたらお前とお前、トレードだ」


二人にそう告げる。

指名は適当だった。


…いや、選んだ理由は「気に食わない」からだ。


皓兄の、二歳下の従兄弟にベッタリとくっ付いて居るのを見かけた。

ただそれだけだが、何となく気に障った。


「昀様には…」


指名された黒子が口答えをしようとしたが、それは次の瞬間苦痛の声に変わった。

皓兄は側に在ったカッターナイフで、相手の手の甲を刺したのだ。


「口答えするな。決定権は俺に有る」


分かっている筈だが?と、威圧的な態度を全員に向けた。

二人を除き、全ての者は無表情のまま直立不動を守っていた。


「昀には他の誰かが付け」


それだけを言うとドアを閉め去る。


「ねぇ…」


後ろから声がかかる。

女の声。


「御用ですか?」


振り向くと、相手は亜妃にチョコレートを食わせようとした女だった。

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