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復讐  作者: 樋口 涼
―宮木亜希と宮本亜妃―

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25

そこには先程よりもゆったりとした空気が流れていた。

皆、デザートの準備に入り、慎重に飾り付けをしている。


薄紅色から黒に近くなるまでグラデーションになったゼリーが、白いレース模様の生クリームに縁どられ、半分に切られたイチゴが添えられている。

白襟に付けられたブローチの様に。


その周りに、チョコレートやアイスクリームが盛り付けられ完成したデザートは、ふるふると震えながら、トレーに乗せられ運ばれていく。

上にはクローシュを被せられて。

そしてまた、運ばれた先の客が感嘆の声をあげるのだろう。

「可愛らしい」と。


給仕者が去り、シェフも淡々と片付けを済ませる。

全ての物が取り払われていく調理台を見て、亜妃は胸を撫で下ろした。


良かった。見間違いだった。


自分が倒れる前に目にしたモノ。


良かった。…そうだよね。有り得ないものね。


「どうかされましたか?」

「ううん、大丈夫」


あぁ。良かった。


亜妃は檻に居た少女の…その頭部のこげ茶色の瞳と、目が合った気がしていたのだ。


良かった。

そんな訳が無かった。


息が深く漏れる。

安心。


「皓の所へ戻ろう」


そう言って、亜妃は厨房から宴会場へのドアに手を掛けた。


「あぁ。アレなら片付けさせました」


不意に何かを察したように後藤が口を開いた。


「え…?」

「亜妃様には少々刺激が強かったので」


また倒れてはいけないと。と、続ける。


「何の…話?」

「買い手が付かなかったので、下げたあの子達の事です」

「え…?」

「8と9です」

「8と…9?」


亜妃はぐっと息が苦しくなる。

動悸が激しく打ち、身体全身がどくどくと鳴っている様だった。


「そんな…まさか」


その一言を絞り出す。

胃がキュウっと鳴いた。

それと同時に、会場から拍手が聞こえて来る。


「デザートが到着したみたいですね」


そう言って亜妃の方を向く後藤の顔が、笑みを浮かべている様に見えた。


「大丈夫ですか?」


後藤が顔の前で手を左右に振る。

振られた手すらも、グニャグニャとし始めた。

足元の床が波打つ感覚でよろけ、会場へのドアを開けた。


室内の照明が嫌に眩しく感じ、目を細めるが、逆に暗くも感じる。

頭の中がグルグルと回り、不快なのか愉快なのか、分からない気分に亜妃はなる。


平常心…無表情…へいじょうしん…むひょうじょう…。

へいじょうしんって何だっけ?

むひょうじょうって何?


自分が立っているのか座っているのか、歩いているのかさえ分からなくなっていく。


誰かが…横で何か…話している?


亜妃は自分がテーブルに着いた一人の貴婦人の横に、立っている事に気付いていない。

仮面で顔を隠しているが、貴婦人はあの自分の夫の痴態写真を撮っていた婦人だった。


「オニキス…どうしたの?」

「参加するのかい?」

「残念ね、もうデザートよ」


クスクスと笑い、周りの者達が口々に亜妃へ言葉を放つ。

しかし、亜妃からは返事がない。


「どうしたの?お腹が空いたの?」


婦人が亜妃の腕を掴み引き寄せた。

そして、力の入らないくったりとした亜妃の体を抱える。


「あらあら…」

「可愛らしい…」


近くに座っていた男が、より近くで見ようと席を立った。


「お客様、お座りください」


皓兄の声が客に指示を出すと、渋々ながら着席する。


「申し訳ありません」


皓兄は婦人に近付き、亜妃を引き取ろうとした。


「良いじゃない。このままで」


婦人は亜妃を返すのを拒んだ。


「いえ、お客様にご迷惑になりますので…」

「構わないわ」

「しかし…」

「ほら、顔色も悪いわ…」


そう言うと婦人は自分のデザートの皿から、チョコレートを手に摘まんだ。


「ほら、食べさせてあげる…」


チョコレートの匂いで、無意識に亜妃の口が開いた。


「お客様…」


婦人のチョコレートを持つ手首を、皓兄は掴んだ。


「お止めください」


鬼気迫る皓兄の声に、婦人は怯み掴んだチョコレートを亜妃ではなく自分の口に運んだ。


「冗談よ」


そう言って、皓兄が亜妃を抱えるのを今度は妨害しなかった。


「失礼いたしました」


亜妃を抱えたまま、頭を下げる。


「それでは…ゆっくりとお過ごしください」


皓兄は亜妃を抱えたまま退室し、部屋に戻ったが、後藤は戻っては来なかった。

ただ、亜妃を彼女のベッドに寝かせ、テーブルを見ると発注リストだけがテーブルに置かれていた。


「くっそ!!」


苦々しい思いで、リストを持つ手に力が入る。

怒りが沸々と湧き上がるが、その怒りは裏切った後藤へなのか、あれ程注意したのに自分以外からの物を口にした亜妃へなのか、自分の甘さへなのか。

何に向けるべきなのか、皓兄は分からなかった。

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