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復讐  作者: 樋口 涼
宮木一華と宮木亜希

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宮木一華と宮木亜希

「何の…事?」


這う這うの体で起き上がりながら、一華は笑う亜希を見た。


『亜希の居場所を奪った女』


まるで自分は亜希では無い様な言い方に、頭が混乱する。

一華には訳が分からない。

何故なら、亜希の身に何が起こったのか、何を経験したのか、何も知らなかった。


ただ、一華は自分の日常を送り、友人と学校生活を楽しみ、母親や父親と折り合いを着け、妹を虐げて来た過去を忘れて生きて来た。


「分からなくて良いんだよ、いっちゃん。分からなくて…」


亜希が溢れる涙をコートで拭く。


「その代わりに…」


『自らの罪と向き合わねばならない』


「私も…いっちゃんも…」


亜希は誰かの言葉を復唱する様に唱え始める。


「『助けてやれなかった私は…私が憎い』『助けてくれなかった人達が憎い』『戦争をした世界が憎い』」


亜希は両手で顔を覆った。


「弱い者を虐げて、食い物にして、殺していく…」


泣き声の混じる響きが、粉塵が晴れ始めた世界に響いた。


「本当に罪の無い人間が…理不尽な目に遭う…」


持っていたナイフが地面に落ち、カランと渇いた音を立てた。


「罪を負うはずの人間は…笑いながら」


泣きじゃくる亜希は、一華より背が高くなっていたが、小さなか弱い幼児の様に見えた。


「亜希…」


腹を押さえ、亜希に手を差し出そうとする。

一華はどうして、妹を虐める様になったのかは思い出せない。

しかし、昔泣きじゃくる亜希を抱きしめて、慰めていたはずだった。


小さな手に指を握られて、嬉しかった事も覚えている。

甘く優しいミルクの匂いに、包まれていた妹。

重かった。けれど、暖かかった。


「亜希…ごめん…わかんないけど…私、分かんないけど…」


目の前の妹に、何があったか分からない。

これからどうしていいかも…。

本当に妹なのか違うのか…。

それも…。

でも…。


「亜希…ごめんね」


両手でやっと、亜希の体を抱きしめた。

赤ちゃんの時とは随分変わった、亜希の体。


一華の体も変わった。

女性らしく柔らかくなった。

妹の体は…自分とは違う感触だった。


母親から自分とは違うのだと聞いて、異質に思いだした。

兄とも父親とも違うのだと知って、怖くなった。

だから、虐めた。

他の子達が無意識に感付いて、虐めたのと一緒だった。


『自分とは違う』


ただそれだけ。


「あぁ…ごめん。私。馬鹿だ」


一華の目が潤む。


「皆、違うのに…」


一緒の人なんていない。

誰もが違う。

誰かの代わりにも成れない。

成り替わる事も出来ないのに。


「なのに…私、特別に感じてた」


一華は自分の心の奥底で『亜希』に成りたかった。

自分とは違い、祖母に守られている亜希。

母親に気にかけて貰える亜希。

父親に歯向かえる亜希。

兄に優しくされていた亜希。

友達に褒められる亜希。


全て、一華から見た『亜希』だ。

本質など見てはいない。


祖母は打算と利益で、母親は亜希同様一華の事を想っていた。

父親は二人に対して横暴で、兄も自分の傷を二人に移しただけだ。

そして、友達が妹を褒めるのは…『一華との関係』が有るからに過ぎない。


一華は一華で傷付いていた。

周りの想いや考えに振り回され、自分が『辛い』事に目を背けた。

普通だと思い込んだ。


「本当に…」


自分がしてきた事が、自分に返されて初めて気が付く。

自分がどれ程、無感覚になって来ていたのかも。


自分に蓋をして、忘れたら。楽だった。


「ごめんね…ぇ…」


一華の体に亜希の腕が回る。

ぎゅっと胴体が締め付けられたが、不意にその力が緩んだ。


「亜希?」


ゲフッと言う音と共に、一華の胸元に何かが吹き付けられた。

一華の服が血で汚れていた。


「亜希?」


少し体を離した。

亜希の口からは血が流れている。

二人の近くに身なりの良い男が立っていた。


さっきまで、亜希が持っていたナイフがその手に握られている。

一華の腕に亜希の体重がかかり、崩れ落ちていく。

切っ先が、亜希の背に埋まっているのが見えた。


「お役目ご苦労様でした」


身なりの良い男はそう言って一歩下がり、頭を下げた。


「誰?何…」


一華の問いに「身代わりはさせられませんので」と、男は答えるとナイフを背から引き抜き踵を返す。

所々白く、少し地肌が見えている後頭部を、呆然と見る事しか一華は出来ない。


亜希の背中からは血が流れ出し、一華の制服を汚していく。

もう、腕の中の妹は息をしていないのが、分かった。


最後の最期まで、一華は亜希から許される言葉を貰えなかった。

暖かかった妹の体が、冷えて固まっていくのを抱きしめた。


呆然とする一華の頭にはいつも思い出す曲が、繰り返し流れる。

あの、女性が緩やかに歌う…言い聞かせるような。

諦めの入ったようなメロディーと共に…。

救急隊員が引き剥がすまで、ずっと。


たまたま、役所に重要でない用件で来ていた要人と、その重要でない要件に引き出された職員達。

そして、日常業務を行う職員と多くの市民に犠牲者を出したガス爆発の事故は、一週間後にはニュースから消え、些細な芸能人の醜聞が流れる。


その裏で、新たな法案が国民の知らざる場所で発案が上がり、通る。

それはあの一族が『繁栄』する為の法案であるのは、言うまでもない。

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