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復讐  作者: 樋口 涼
―宮木亜希と宮本亜妃―

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50

自転車で向かう先は、悠衣が待つ宮本家ではない。

山谷大輔の姉、亜里沙と父親の衛、二人が待つ倉庫だ。

倉庫の周りには黒い車と、改造されたバイクが並んでいた。


自転車を黒子に任せ、倉庫に入ると娘と父親は目隠しの上、椅子に縛られている。

いつも通りの黒づくめの黒子と、不良じみた格好にカモフラージュされた黒子が周りを囲んでいた。


亜妃は口の周りをクルクルと指先で円を描く。

『二人の猿轡を外せ』の合図だ。

姉の横に居る不良じみた格好の黒子が、猿轡を外す。


「誰!…ここは何処!」


怖がる事もせず、見えない相手を怒鳴る度胸は有るらしい。

その声に、続いて猿轡を外された父親が反応する。


「亜里沙?亜里沙か?」

「お父さん!?お父さんなの?」


二人は動こうと藻掻くが、きつく縛られたロープは解けなかった。

亜妃はくいっと頭を右に動かした。


黒子達は、一気に亜里沙の服を剥ぐ。

亜里沙が金切り声をあげたが、頬をひっぱたいた。

亜妃は鉄製の爪が付いた手袋をはめると、亜里沙の鎖骨に当てて一直線に引いた。

四本赤く線が走る。


「いああ!!」


亜里沙が苦痛の声を上げた。

山谷大輔とそれの言いなりになった男児に羽交い絞めにされ、引っ掻かれた事を思い出しながら同じ事を姉にする。


服を捲られ、赤く蚯蚓腫れになって行く自分の鎖骨や腹、胸を晒しても抵抗できなかったあの頃。

本当は本人にやり返す事が望みだったが、それよりも孤独を味わわせたかった。


「なに…ぃ…なんなの…ぉ…」


鎖骨だけでなく腹や胸が引き裂かれ、泣き始めた亜里沙の目隠しが、ジワリと滲む。

状況を把握できていない父親は、始終「どうした」としか言わない。


亜妃は二人の目隠しも外した。

顔が見たくなったのだ。


「初めまして。山谷さん」


目の前に立つ小学生に状況を詰め寄ろうとしたが、周りにいる者達と縛られている状況に、二人とも閉口した。


「貴方の息子…山谷大輔にされた事を二人に返します」


そう言うと、亜妃は黒子の手からバットを受け取る。

それを思い切り振り上げ、父親の腹に打ち込む。

ウグッと唸る父親を見て、亜里沙が青ざめた。


「もう一度」


亜妃はフルスイングする。


「止めて!!」


亜里沙が叫ぶが、亜妃は止めない。

それどころか、息子の前でしたかったなと考えながら、何度も何度も父親の腹にバットをめり込ませる。


「止めて!大輔が何をしたの!?」


亜里沙は服がはだけている事も忘れ、父親への暴行を止める様に叫ぶ。

亜妃は手を止めて、亜里沙に向き直った。

額に少し汗が滲んでいる。


「私を虐めたの。引っ掻いたり殴ったり、蹴ったり…」


「私達の所為ではない」と、亜里沙は言いたかったが、弟が同級生を虐めている事を知って居た。

目の前にいる女児が、被害者だとは知らなかったが、弟を止める事も保護者に相談する事もしなかった。

ただ『やられる方が悪い』と思っていた。


「だから、あの子が大切に思っているお姉さんとお父さんに…、代わりに受けて貰うの」


子供の力とは言え、バットで殴られた父親は、皮膚が破れ血を流し始めていた。


「止めて…大輔には…謝らせるから…」


亜里沙はそう懇願する。


「ううん、もう遅いのよ」


亜妃はそう言って、今度は亜里沙にバットを振り下ろした。

何度も何度も。

隣で父親が叫ぼうが泣こうが、何度も振り下ろす。

気が付いたら、亜妃の足元には血が溜まり、二人ともピクリとも動かなくなっていた。


「後は…」


亜妃はバットを投げ捨てる。

カランと金属音がして、バットは床を転がって行った。

転がった先で何かに当たる。


そこには腰を抜かしている男と、その後ろに退路を塞いだ黒子が立っていた。

自転車で何処かへ行く亜希を見て、後をついて来た兄、和雄だった。


「…丁度、良かった」


亜妃は和雄を見て笑い、足元のバットを拾ってその頭を打ち付けた。


「あぁ…スッキリしたぁ…」


清々しい気持ちで亜妃は倉庫から出ると、車に乗り込む。

後は黒子に任せ、娘と父親の事は不良達とのいざこざで片を付ける気だった。


姉と父親が行方不明になった二日間。

山谷大輔の動向を遠目から見て、亜妃は満足げに笑った。


「ざまあみろ」


亜里沙の葬式を眺め、半狂乱になる大輔を見て思う。

不良娘が居なくなった喜びか、あるいは時同じくして死んだ自身の弟の為なのか。

はたまた合同での葬儀を、弟の後妻に拒否された為の悔しさからか。

伯母夫婦は泣きはらした目をしていた。


「貴方に、今後一切会わないわね」


伯母夫婦は残った大輔を施設に入れる。

両親も姉も死んで、一人で施設。

どれほどの孤独だろうか。


「貴方の不幸を末永く願う」


呪詛を吐き、スキップをしながらその場から離れ、不自然ではない時間にいつも通り家に帰った。

家の中は暗く沈んだ空気に満たされていた。

兄が死んだからでは無く、姉と母親の知り合いが死んだからなのだと分かっている。


何故なら兄の遺体は、発見されなかった。

誰も、兄が死んだ事を知らない。

亜希だけが知って居た。


「あ、いっちゃん!」


一華が自室のドアを閉める前に声をかける。

亜希は何だか気分が高揚し、楽しかった。


「何?」


振り返る一華の顔は暗い。


「えーっと。この度はご愁傷様でした」


忌事を軽いモノの様に思う。

自分には関係の無い…それどころか達成感に満ちている。


「それ、亡くなった人の家族に言うものよ」

「そっか」


亜希はてへ。と舌を出して笑うと、顔を引っ込めた。


「次、会う時は…いっちゃん、私が誰だか分かってくれるかなぁ」


その晩、悠衣と入れ替わった亜希は、次の復讐を果たす為に実の姉と母親の前から約三年間、姿を消した。

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