第17話 アーメン
気づくと、月子のマンションのリビングに戻っていた。
窓の外は真っ暗で、もう夜みたいだった。
「お姉ちゃん!」
月子が側で叫んでいるのが聞こえた。
身体の感覚が戻っている事にきづいた。汗の匂いも感じるし、お腹がかなり減っている事に気づいた。手は50代の女のものだったが、なぜか安心してしまって涙が出そうだった。自分は確かに月宮麻里亜(52)だ。
あのゲーム機のゴーグルは取り外され、リビングのテーブルの上に置いてあった。
「月ちゃん、私何やってたの?」
「お姉ちゃん、ゲームに熱中していて、起きてたこなかったんだよ。無理矢理起こした」
「そっかぁ」
周りを見渡すといつもと同じリビングだったが、ホッとする。何より月子が側にいるのが嬉しかった。
「なんか、客観的に見ると50過ぎの女がゲームや漫画に夢中になるのって痛いよね」
「そう?」
「お姉ちゃんがゲームに熱中しているの見てたら、痛々しくなってきた。お人形遊びに熱中している子供を見た気分」
月子は、痛ましい表情を浮かべて、ゲームを箱の中にしまった。
このゲームは、月子が仕事で開発したものらしい。かなりリアルな五感で遊べるゲームだった。特に聖女が主役のゲームは、月子がシナリオに口出しし、「エレン」という男性キャラクターは、お気に入りだったそう。
「そっか。エレンは月ちゃんが作ったのね」
道理でいろいろと都合の良い王子様みたいな男性だと思った。あのエレンも偶像である事を改めて納得した。
エレンに恋をしていたかもしれない自分にも少し情けなくなってきた。それは恋ではなかった。自分の欲望、理想みたいなものを押しつけていただけだったのかもしれない。別れ際の彼の悲しい顔を思い出すと、胸が苦しくなってきた。
「うん。エレンはどこにも存在しない。ゲームの中の都合のいいキャラクター」
「そっか、そうだね」
「色々と私も現実逃避していたのかもしれない」
月子はそう言うと、仕事、老い、お金などのストレスがあり、そこから逃げていた事を話した。特に仕事は新しい事を依頼されて研究していたが、全く進まずスランプ中。そんな中、ゲームや漫画はお手軽に現実逃避できて楽しかった。自分にとって都合のいい男性キャラを作って恋愛じみた事も妄想していた。
「でも、全く心は満たされないの? 何で? 麻里亜姉ちゃんは、その理由はわかる?」
想像以上に月子の抱えている闇は深そうだった。
麻里亜は、しばらく月子のそばにいる事に決めた。本当は修道院を探す予定だったが、今は月子の隣にいた方が良いと感じた。
聖書にも自分の家族の世話ができないものが、神の家族の世話はできないと書いてある。
このゲームをした事は、その事を気づかせる為ではないかと思った。
「それは神様を求める為よ。元々神様は、人をわざと未完全に作っているからね」
「麻里亜姉ちゃん、どういう事なの?」
「まあ、おいおい話すわ。お腹すいたよ。うちにホットサンドメーカーなかった?」
麻里亜のお腹から、情けない音が響いた。
それから数日たった。
相変わらず日常に変化はないが、月子はゲームや漫画を捨て始めた。聖書にも興味を持ったようで、たまに麻里亜が内容の説明なんかをしていた。
「月ちゃん、この冒涜の書を捨てていい?」
「いいよ。っていうか、冒涜の書とか言うのやめてくれない……?」
月子と一緒に漫画やゲームを段ボールにつめ、古本屋に引き取りに来てもらう予定だった。
お陰でリビングはスッキリと片付いていた。
こうして麻里亜は、綺麗になったリビングで膝をついて祈った。
父なる神様、イエス様。
この世界を創ってくれてありがとうございます。美味しいホットサンドも創ってくれて感謝です。でも、あなた以上に大切なものは無いです。もう終末がくるでしょう。どうか目を覚まし、この世界で生きていけるよう守ってください。
アーメン。




