第14話 偶像の苦しみ
ようやく夜になった。
このゲーム世界は色々とおかしかったが、とりあえず時間が昼と夜に分けられている事に安心した。
ダンテの誘拐話を聞いてしまったので、村人達は不安が募っていた。
とりあえず子供であるダンテを一番優先する事になり、エレンのテントで寝かせた。他の大人達は交代で周囲を見張りながら夜を過ごす事になった。
夜になると、焚き火の暖かさは心に染みてきた。マリアはこの肉体のおかげでちっとも眠気もおきず、寒気も無い。疲労感も無いのでずっと起きている事にした。
他の村人やハリスは、見張りをすると言っても疲れて椅子に座って眠ってしまっていた。ちなみ書店のユージンやレイラ夫婦は、店の片付けがあると先に帰ってしまっていた。美味しい食べ物の噂を他の村人達に広めてくれるようで、心強い。
マリアはパチパチと燃える焚き火を見ながら、このまま帰れなかったらどうしようかと考えていた。今のところアリスを探すしか方法が無いようだが、彼女を見つけれたとしても帰れる保証はない。
一生ここで生きていく覚悟もしなければならないのかも知れない。
「はー」
エレンが持ってきたインスタントコーヒーをすする。見上げると嘘みたいに綺麗な星空があった。
こうして見ると、星空は偽物っぽかった。自分の今の肉体は可愛い女性だし、疲れも空腹感も持たない。村人から崇められてしまう事もあった。それなのに、この世界にいる時間が長くなるほど、早く帰りたくなった。
やっぱり神様が創った世界は一つだけだ。異世界もゲーム世界も架空の世界だ。嘘臭い星空よりも、元いた世界の夜闇の方が美しい気もしてきてしまった。
「マリア」
そこにエレンが現れた。確か水を汲みに川辺の方に行っていたはずだったが。
「眠くないのか?」
「ええ。全く眠く無いの」
そう言うと、エレンはなぜか鋭い視線を向けてきた。鋭いのは目だけでは無い。エレンの手にはよく研がれたナイフがあった。しかもマリアに向けている。
「ちょ、何? ナイフはしまって!」
マリアはお手上げのポーズをとりながら、叫んだ。この声で村人やハリスが起きるのかと思ったが、別にそんな事はなくテントからいびき声が聞こえてきた。
「おまえ誰だ? 隣国のスパイだろ。まず宗教や思想から新略するのが一番王道のやり方だからな」
「誤解ですって!」
マリアは涙目になりながら、一から十までこの状況を話した。中の人が月宮麻里亜(52)である事も話してしまった。
「そうか、なるほど。マリアは微妙におばさん臭かったからな」
「そうよ、中身はおばさんよ! いいからナイフをしまって頂戴!」
マリアに必死の叫びが届いたのか、エレンはようやくナイフをしまい、テントの方に置いていた。
「ちょっと、心臓に悪いわ。突然ナイフを突きつけるなんて」
マリアとエレンは焚き火のそばで並んで座っていた。エレンは焚き火で湯をわかし、再びインスタントコーヒーを作ってくれた。確かに今の肉体は全く喉が乾かないが、飲んでいると心理的に落ちついていた。
「しかし何でそんなに私を疑っていたの?」
「俺は昔、迫害されて村から追い出された訳だし、基本的に人は信用していないんだよ」
「私の話は信じてくれない?」
「あまりにも荒唐無稽すぎてな……。でも嘘を言っているようには見えない。神様の話も」
エレンは単に疑り深いようだった。心の底から自分を疑っていないようでホッとしてしまった。
「まあ、本当に自分のために死んでくれた神様がいればいいけどな」
「いるわ! 絶対いる!」
しばらくマリアとエレンは見つめ合ってしまった。なぜか背景からロマンチックな音楽が聴こえてきそうだった。エレンの顔も赤いのは、焚き火のせいなのかかわからない。
これって甘いムードというヤツ???
マリアは免疫無さすぎて、あまりにも未知な領域だった。月子がゲームや漫画にハマってしまう理由も改めてわかる。ゲームや漫画を見ながら、失った青春を取り戻しているのだろう。月子も勉強漬けでろくに青春が送れなかったし、その後は仕事漬けだ。若い頃の甘い思い出は皆無だろう。その点においてはマリアと月子は共通点がある。
「君の話が本当だとしたら、俺の存在って何なんだろうね?」
「え?」
「架空の存在ってわけなのか?」
エレンは、泣きそうだった。冷静で強そうな人物に見えていたから意外だった。確かに「この世界はゲーム世界だ」と言われたら、自分の存在って何?ってなるだろう。
「思えば、俺は小さい頃の記憶とかもハッキリ無いんだ」
「え、どういう事?」
「俺だけでない。この国の連中は、記憶がなかったり、自我が無いものもいるんだ」
「ど、どういう事?」
「自由意志がないんだよ。何か決めようとしても、勝手に決められたり。今日の朝ごはんもホットサンドメーカーでパンを食べる予定だったんだが、突然、身体が動かなくなってさ。結局魚食って食べたんだけど。おかげでこうしてみんなでホットサンド食べられたわけだけど」
「まるでシナリオが決まっているみたいな……」
「そうなんだよ。生まれたからずっとこんな調子だ。見えない誰かが勝手に何かを決めている気がしてな……」
エレンは再び泣きそうになりながら、インスタントコーヒーを啜った。エレンの話が事実であれば、やはりここはゲーム世界だ。ゲームの設定、シナリオにのっとってキャラクターが動く、不自由な場所。プレイヤー=マリアはある程度自由が与えられているようだが、他のキャラはそうでも無いらしい。
急にエレンが可哀想になってきた。とてもリアルな「人」のようだが、所詮ゲーム上のキャラクター。聖書で書かれる偶像と似たようなものかもしれない。聖書では偶像には何の力も無いと言われている。それどころか拝むと悪霊がそこに入る。
エレンには好印象を持っていた。恋愛感情のようなものもあったかもしれないが、今は可哀想って思ってしまう。
「できれば俺だってこんな世界から抜け出したいよ。自由に自分の意思で生きたいよ」
「大丈夫よ、私と一緒にゲーム世界から出る方法を探しましょう!」
マリアも少し泣きそうになりながら、エレンを励ました。
「そうだな。まだ諦めるのは早いかもしれない。俺は誰にも縛られず、自由に生きたいよ」
再びエレンとマリアは見つめ合っった。さっきと同じようにロマンチックな音楽がどこから聞こえる。
「マリア、もしこの世界から出られるなら……」
その続きの言葉は、雑踏にかき消されて聞こえなかった。
メイソンと、綺麗な女性がいた。聖女の服を着ていたし、おそらくアリスだ。
二人は私達の襲い掛かり、何か薬品のようなものを嗅がせた。
一瞬の出来事で、ほとんど抵抗出来なかった。
「マリア! 俺が必ず助ける!」
そんなエレンの声も聞こえたが、意識がぼやけて返事をする事が出来なかった。
あぁ、神様。私はどうでもいいのでエレンを助けてください。
心の中で祈り続けたが、意識はプツンと切れて締まった。




