【6話】予想外の出会い その2
悪王の噂。
プレイ序盤から結構重要な事柄らしく、何回もシナリオに出て来た。
ただその噂で言われている事の大半が、嘘と言うか過大表現に近い。
実際は首をはねた=解雇されただし、誰も姿形を知らないって言うのも、正確には王子が2人居るからどっちが王になったのか分からないってだけ。(それもどうかとは思うけれどね)
それこそヴァルデとか、立ち位置が上の人達はみんなレイとツェルの双子を知っていた。
ただ、だいたいが大袈裟に言っているだけで本当の事ではないのだけれど、一つだけ件のレイが実際にやらかした事がある。
違う点と言えば、"王の時にやった"んじゃなくて"王子の時にやった"ってだけの。
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王様は残虐非道な悪魔のよう。
シャツに皺をつけた召使いの首をはねたり、
くしゃみひとつ零した兵士の首もはねたり、
挙句の果てに邪魔だったとかなんとかで、
パン屋が主人ごとごっそりなくなった。
理不尽極まりない統治。
まさに悪王ではあるけれど、戦に滅法強いから、彼が居る限り他国からこの国は守られる。
王様は冷酷非情の怖い人。
誰も姿を知らないが、
誰も声すら知らないが。
それでも決して彼には逆らうな。
でないと、首を飛ばされる。
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ちょっと長いから、今度はそこだけ抜き出してみるよ。
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挙句の果てに邪魔だったとかなんとかで、
パン屋が主人ごとごっそりなくなった。
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ここです、ここ。
これだけは本当にレイがやったって、ツェルルートで明確に書かれていた。動機不明なんだけれど、概ね「邪魔だった」であっていたと思う。
この事件が原因でレイの危険性に気が付いたツェルが、4年掛けて禁術に近い事までしてレイの魔力を封印したお陰で、レイはほとんど再起不能になり、ツェルも禁術の代償で子供になってしまったのだ。
で、何が言いたいかって言うと……。
潰されたパン屋って、もしかしなくてもここじゃないっっ?!
だって噂でパン屋潰した張本人が、パン屋の目の前で「邪魔」とか言っているのよ。
もう確定じゃん。絶対潰されるじゃんこのパン屋。
おかしいと思ったよ。
ほぼ同じ物しか売れないパン屋に。
ほぼ同じモブしか来ないパン屋に。
と言うか、どう考えても赤字まっしぐらなこのパン屋に。
目があってかつ、ある程度の会話が出来るモブが居るなんておかしいと思ったのよ!!
そりゃそうよシナリオに組まれているもん、パン屋の店主。
そりゃ目あるよ。反応するよ。
主要キャラ達にとってのある意味最初の分岐点みたいな出来事に、一番巻き込まれてる人だもん。
話せなきゃ困りますよね。そうですよね。
女Aに成り代わった時と同じ手使って、どうにか店主に成り代わって目をGETしてやろうって目論んでたのに……。
目があるモブには目がある理由があったようで、別に地位は関係ないのかもしれない疑惑が浮上してしまった。
ただ、今このパン屋を潰されるのは正直とても困る。
折角見付けた収入源がなくなっちゃうし、目を手に入れる目標から遠ざかってしまうから。
でも、私はただのモブ。
ただのモブが主要キャラにどうこう出来るかって言ったら、そんな事は無論出来ない訳だ。
モブってそう言うものだし。
他に干渉して欲しくはないけど、なんか一言欲しいなぁって時に使うのがモブだし。
さてどうしようか。
物陰から2人の様子をじっと観察していれば、不意にレイがふんふん鼻を動かした。
で、
「そこに居るの誰?」
ばっと私の居る方に、顔を向けてきた。
うげっ、見付かった!
匂いで気付くとか、この人犬か何かなの?
がっつり目合っちゃったし(私目無いんだけどね!)、逃げるのもあれだからそーっと出て行く。
レイって確か、一貫して"気に入らない事はとりあえず潰す"型の人間だった気がするから、厄介なのに見つかったぞと思いつつ、でもパン屋は潰されたくないし……。
こんな時はどうしようかって思って、生前の記憶から閃いた。
そうだ、クレーム対応で行こう!と。
ゲーム中のこの人の言い分なんて、ほぼほぼこじつけの悪質クレーマーに近いものだったもん。
曲げちゃいけない商品曲げたら折れました。不良品だ!返金しろ!みたいな、理不尽な事に近かったから。
だって"窓の外見て景観が気に入らないから"って理由で、パン屋潰そうとしてるくらいなんだよ?
これのどこが悪質じゃないのだろうか。
勇気を振り絞る基、私は接客スイッチをオンにする。
よし、頑張れ私。
目の前のこの人はお客様、目の前のこの人はお客様。
いいぞいいぞ、自己暗示出来てきたよ〜。
さぁクレーム処理のお時間だ。
まずは悪質クレーマーがもう一度口を開く前に、先制攻撃をするのだ。
「いらっしゃいませお客様。何かお探しでしょうか?」
首を少し傾けて口角をぐっと上にあげて、営業スマイルを貼り付ける。
ポイントは目元もしっかり笑う事。
じゃないと不満そうな目をしていたとか、新たなクレームを呼びかねないからね。
まぁ、目無いんだけどね私!!
私のお客様対応にポカンとしたレイを置いて、更に私は畳み掛ける。
「当店は材料全てにこだわったパン屋でございます。こちら新作商品です!よろしければお味見どうぞ~」
と言って、味見用の一口サイズに切ったパンをトングで差し出す。良かった、味見用セットそのまま持ってきちゃってて。
「ん~……パン買いに来た訳じゃないんだけどなぁ~」
差し出されたパンを見て、レイがそう言う。
そうでしょうよ、だって貴方王族だもん。
パンなんか買わなくても、城に沢山あるでしょう。
だけど私はあくまで王族の事なんて詳しく知らない、ただの下町のパン屋の店員(12)なのだ。
ただお使いから帰ったら、お店の前にお客様が立っていたから話し掛けただけの人なのだ。
「そんなことおっしゃらずにお客様。是非!こちらご賞味くださいませ!パンは食べてみないと分かりませんから!ね!」
「そう?じゃあ貰おうかな」
「はい!よろしければお連れ様もどうぞ~」
私の押しに負けたのか、レイに味見用のパンを渡すのに成功したので、ついでにちゃっかり横のヴァルデにも勧めておく。
ただ流石、側近。
「いえ、私は……」と遠慮されてしまった。
それが普通の反応だと思います。
と言うかたぶんこれ、出来ればレイにも食べて欲しくないんじゃないかなぁって顔してる。
まぁそうだよね。性格歪んでようと、この人王族だもんね。
得体の知れない女モブから渡された、得体の知れないパンなんか毒味無しに口にして欲しくないよね。
でも渡しちゃった物は仕方ないよ。
勧めたの私だけれど、命令も強制もしていないし。
ちょっとゴリ押しはしたかもしれないけれど、最終的に食べるって決めたのはお客様だし。
あと私、この目の前のお客様がまさか王族なんて知らない体だから!あくまで自分のお仕事全うしているだけだから!
接客業って、そう言う流れが上手い事作れないと無理だもん。鈍感なフリしていた方がいい時の方が多いもん。下手に出つつ、会話の主導権さえ渡さなければ勝率上がるんだもん。そう言う世界だもん。
つまり、私の経験勝ちでいいよね!って事で。
と、何に対して勝負しかけているのか分かんなくなっちゃうくらいには、実は私は混乱していた。
だってね?このアシュレイ・スティロアビーユとか言う人間が関わった事で、いったいどれだけのモブが、シナリオのわずか1文果ては一言で、夜空のお星様になった事でしょうか。
主要キャラなんて、モブにとっては脅威でしかないのだ。
なんとか出来るなら、なんとかしたい。
でも極力目は付けられたくない。穏便に済ましたい。
それ以外の本音は無い。
私にはこんなところで終わる前に、しなくちゃいけない事があるのだ。
そう!目と個人名と出来ればCVを得ると言う、重大な使命が!
とか言いつつも、内心めちゃくちゃびびっている訳です。
だって結局私はどう足掻いても、その辺歩いている背景担当の女Aから、パン屋の背景担当に変わっただけのモブだから。
そんな私の心境とは裏腹に、なんだか気味悪いくらい目を見開いたレイ。
パンに虫でも入っていました? そんな事ないと思うんだけれど……。
異物混入に関しては自主的にきっちり管理しているから、そんな事ないと思うんだけれど……。
さぁ何を言われるか。
覚悟は残念ながら、全く決めきれていない私はレイと対峙する。
大丈夫大丈夫、幾らレイでも初見殺しは流石にして来ない筈だから。
目に続いて、ゆっくり口を開いたレイはこう言った。
「君すごい変わってる。なに?」
………………………………は?