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【7話】予想外の出会い その3


いや、「なに?」って何?

いま何に対して、「なに?」と言われたの私は?


頭の中は、はてなマークでいっぱい。


もしかして主語と述語とか詳細とかが、全く存在しない世界の住人とお話しているのかもって思ってしまうくらい、質問が簡潔過ぎて言っている意味が分からなかったけれど、


「ここまで変わってるの初めて見た」


レイはそんなの気にも止めていないようで、一方的に話し続けている。


…………。


いま私が変わってるって言ったこの人?


いやいやいやいや、ご冗談を。

私モブですよ、紛れもないモブですよ。

無個性代表のモブですよ!!


こいつは何を言っているんだ?と、ついうっかり人格どころか神経すら疑いそうになったんだけれど、ふと、


「(いや待って。モブなのに自由に動いているから変わっているって思われたのかもしれない)」


と思った。

それなら"おかしい"って言われても仕方ないよね。


ごめんなさいねぇ、私転生者なんですよこれでも。

モブなんですけれどねぇ?転生者なんですよ。

手違いかもしれないんですけどー。

モブの分際で、チョロチョロ動いて実にすみません。


とは、流石に言えないので、


「?」


とりあえず、"何を言われているのかさっぱり分かりませんアピール"をした。すっとぼけたとも言う。

実際自分が何言われたのかについて、全くもって分かっていないしね私。

これが駄目なら、次はAIの物真似でもしようと思っている。「すみません、よく分かりませんでした」って。


全力で分からないアピールをしている私を見たレイは、なんだかニヤニヤその端正なお顔を歪めて突然近付いて来た。


急にびっくりするくらい、間近に寄ってきたレイの顔面。とんでもないイケメンが至近距離に来た。

なのに、たぶんいま自分でも呆れるくらい表情が"無"になった。表情筋が使い物にならなくなってしまった。


私だってヒロインとか悪役令嬢とか、他のキャラに転生していたら、そりゃあもっと乙女な反応をしていましたよ。顔を真っ赤にさせて、可愛らしく照れていたのかもしれません。


でも今、尋常じゃないくらいに整った、すごく綺麗なお顔を目の前にして私が切に思ったのは、


「(畜生こいつ目あるしCV持っているし、主要キャラだし!羨ましいぃぃぃいい羨まし過ぎてどちらかと言えば憎いくらい羨ましい!!)」


俗に言う、僻み妬み&ないものねだりでした。


私が欲しい物全てを手に入れた目の前のこの男が、ひたすら妬ましいし憎い。

欲しい。私も目とCV欲しい、ずるい。

攻略対象ずるい!神様の馬鹿!この世界に居るかどうか知らないけれど。


そんなあらゆる面において恵まれた主要キャラ様が、一介のモブ女の至近距離で口を開く。


「君の名前教えて?」

「無いですけど」


しまった、つい条件反射で答えちゃった。

でも無いものは無いんだもん。

無いんだから、無いって言うしかないじゃない。


「ない?」

「はい、無いです。無い!」


強いて言うならAですかね名称!あはははは……しんどいよぅ。


いったいどこの誰が、モブ転生した時用の名前を考えるのだろうか?もしかしたら考える人が居るのかもしれないけれどさ。

少なくとも私は、考えてなんかいなかった。思い付きもしなかった。

個人的に優先順位は、名前よりも目なので。


だから無いと言うしかないのだ。

名乗れる名前が無いから。


生前の名前を使う?

え〜……なんか嫌じゃんそれ乙女ゲームみたいでさ。乙女ゲームなんだけれどね。


それはそれで、これはこれなのよ。


開き直って脳内自虐をしてしまったせいで、変にテンションが振り切れていた私は、ちょっと取り返しの付きにくいことをしたようで。

ワンテンポ、それに気が付くのに遅れてしまった。


「ナイ、ね。名前も変わってるんだ」


変わらず至近距離で、ふっとさっきとは比べ物にもならないくらい自然に笑ったレイ。


もうなんか何もかもが白い人が笑った時の破壊力ってなに?!ってくらいに、凄まじく美しい笑顔だった。


透けるような色素の薄いまつ毛から、綺麗に覗く紫色の目。

顔のパーツの黄金率も、これ以上ないくらいに完璧。


これが主要キャラとモブの間にある、埋まりようのない格差ですか……。

乗り越えられる気もしなければ、乗り越える気も起きない。


いくら私がモブでもこれはちょっとうっかり、勘違いしちゃってときめくかもしれないなぁって思って………………待って。


「違います!ナイじゃなくて無い!」

「うん、だからナイ?」

「ちがぁーう!無いの!無いんです名前!」


なんて事だい!

見えないメッセージウィンドウみたいなのが、正しく機能していないぞ!システムエラーですか?ねぇ、ちょっと。


「ナイン?」

「"無い"です!無い!無いの!」


お願いだから漢字変換してくださいよ〜王子様。

漢字と言う概念がなくてもいいから、現在お住みのお国のお使いのお言葉で、"無い"もしくはそれに類義する単語で変換でもいいんです。

私が言った通りに変換して!今だけでいいから!


必死で「ナイじゃないの無いなの!」って説明するも虚しく、


「ん~……よく分かんないからナイって呼ぶよ」


ニコってまたひと笑い。


嘘でしょ。名前が無いって言ったら、名前を"ナイ"にされたんだが……。


焦がれてやまない固定名が"ナイ"とか嫌なんだけれども!


ここファンタジーですよ。

もっとさ、こうさ、ハンナとかレイチェルとかジョセフィーヌとか、如何にもな名前がわんさかいる中での、私"ナイ"ですよ。


どうするよ?将来運良く脱モブ出来て貴族の仲間入りしたとして、舞踏会とかお茶会とかで、


「初めまして、どこぞのなんとか家のナイと申しますうふふふふ」


とか自己紹介したら、周りのご令嬢達もびっくりだよ。「え……ナイですの?そ、そうですの〜素敵なお名前ですこと〜おほほほほ」とか苦笑いされちゃうじゃんか。地味にお互い気まずくなっちゃうやつじゃんか。


しかも私、攻略対象のThe主要キャラ様直々に"ナイ"って認識された。なんでだろう?さっきからすごい嫌な予感しかしないこれ……。


主要キャラの言う事って結構権限があると思うから、あとでステータス絶対に確認しておこう。

もしかしたらただのあだ名扱いで、まだ固定名扱いじゃないかもしれないし。

道はまだある、諦めないで私!


そう私が思っているなんて当然レイは知らない訳だから、一方的に私をナイと呼んで尚も話しかけて来た。


「ねぇ、ナイ。君、王宮に来ない?」

「殿下っっ?!」


再びの脳内「はぁ?」と、ヴァルデ・ベルクの驚愕した声が綺麗にハモった。この人居たの忘れててちょっとだけびっくりした。

そんな事はいいんだ。気付かれていないのならば、即ちそれは無かった事なんだから。


それよりも、いまめちゃくちゃ「トイレに行きましょう」みたいなノリで王宮にスカウトされたんだが……。

え、危機感って物ないのかな?この王子様。

得体の知れないモブ女を、易々誘う普通?


ツェルの封印さえなければ、もしかしたら将来は世界最強になっていたかもしれないくらい、レイは魔力の高さで秀でているって設定だった筈だから、まだかなり若いけれどもう自分の身は自分で守れるのかもしれない。実際ツェルとかの個別ルートで、みんなレイの強さにかなり苦戦していたし。


だからこその軽率さなのかもしれないけれど、この人いつか絶対後ろから刺されると思う。

或いは不意打ちで痛い目見ると思うの。


状況だけを見たのなら、パン屋の店員よりも遥かに王宮で働く方が割に合っている。暮らしも今よりずっと良くなるだろう。

たぶん住み込みだろうから、素敵なお城で暮らせるのだ。

だから、私の返答は勿論決まっていた。


「行かないです」


一択。


「どうして?」


まさか断られるとは思っていなかったみたいで、レイが呆気に取られた表情を浮かべた。


正直王宮へのお誘い、かなり魅力的ではある。

ゲームの中の恋愛劇ってほとんどお城で起きていたから、普通に下町でモブとして生きているよりも遥かに脱モブへの道も広がりそうだし。


でもそんな魅力を捨ててでも、この人とはあんまり関わりたくないのが本音。


見た目とか今の状況から察するに、たぶんレイは16歳で確定だと思う。

ゲームの正式な年月ーーこれから施されるであろう、レイの封印が解けて大暴れするのは、丁度この人が20歳の頃。


つまり、4年後。


まだ現段階では未来に起きる話扱いだし、私がここに居るって時点でシナリオ外の事が起きちゃっているから、今後確実に起きるかどうかも分からないんだけれども。


でもレイには一方的に、同胞達(一言で星になったモブ達)の恨みがあるんだ。

あと主要キャラだし。妬ましすぎて死にそうになるし、そもそもモブが主要キャラの近くに居るってろくな事にならないだろうし。

故に、極力お近付きになりたくない。

せめて平和に生きていたい。


つまり私は私で地道に他の方法で脱モブルートを探すので、貴方は貴方で他所でよろしくやっててくださいねって事。


なので、


「すみません、お客様。私にはこの仕事がありますので間に合っております」


訳、「パン屋で働いているので王宮の誘いはノーセンキュー」と返した。


残念だったなアシュレイ・スティロアビーユ!

半月早ければお前の誘いにも乗ってやったさ!

でもいま私は自力で職を見付けたから、お前の提案なんかお呼びじゃないんだよ!一昨日来やがれ!


脳内で高笑いしていたのがまずかったのかなんなのか、私はそもそもの根本的な問題を置き去りにしていた。


このレイって王子様は、"気に入らないことはとりあえず潰す"型の人間だと言う事を。


「仕事ってこのパン屋で?」


そもそも彼がここに来た当初の目的は、"パン屋を潰す"だと言う事を。


と、思い出した時には既に遅く、ほんの少し私から距離を開けたレイは、にっこり笑顔を作って、


「これ邪魔だからいらないね」


爆音、爆撃。




自動お着替え機能の時とは、比にならないくらいに凄まじい閃光がパン屋を埋め尽くし、堪らず目元付近を両手で覆う。


勢い良すぎて空気の塊になった風が全身を包むから、立っているのすらやっとだった。


そして光が収まる頃には、




パン屋が主人ごとごっそりなくなっていた。



一瞬だった。

相手の思い切りの良さを舐めていたし、この世界の魔法の技術ってのも実際言う程凄くないんでしょー。だって私転生してからまだ魔法の類見てないもん。本当に存在してる???正直しょぼいもんでしょへへっっ、とか考えているくらい舐め腐っていた。


彼の方がずっと一枚も二枚も三枚もぶっ飛んだ行動をしやすくて、彼の方がずっと魔法に順応していた。


主要キャラだって勝手に脳内マウント取っていたけれど、主要キャラだからこそ何よりも警戒しなくちゃいけなかった。


だって私、モブだから。


シナリオ通り、しかも呪文の類を一切言っていなかったからたぶん無詠唱で、パン屋を恐らく強烈な"光魔法"でぶっ潰したレイは、


「ナイの仕事無くなっちゃったね」


と、無邪気に言い放ったのだった。



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