その6
その後、無事に食事を終えた?わたしたちであったが、二人で台所の後片付けを済ませると、今度は、星彦君の提案で、彼の部屋に一緒に行く事になった。
なにやら、わたしに見せたいものがあるそうだ。
もしかしたら、彼は、わたしが食事中に泣いているのを見て、少しでもわたしを慰めようとしているのかも知れない。
星彦君の後に続いて、台所のある部屋を出た、わたしは、狭い渡り廊下を少し歩くと、彼の部屋のドアの前にたどり着いた。
「まぁ、入れよ」
星彦君が扉を開けて、ぶっきらぼうな口調で、わたしに、部屋の中に入るようにうながす。
星彦君に言われるがまま、廊下に立ってドアを支える、彼の横をすり抜けるようにして、部屋の中に入る、わたし。
すると、緊張の思いで部屋の中に入った、わたしの目の前に広がっているのは、星彦君の自室の乱雑な様子であった。
そこは、まるで科学者の実験室のようだ。
部屋のあちこちに、色々な機械が置かれ、カチカチと奇妙な音を立てている。
書棚には、難しそうな本と共に、薬品や実験器具が収納されていて、いかにも物々しい雰囲気であった。
また、床には、様々な高さの書類の束が、いくつも山積みになっており、足の踏み場も無いほどだ。
さすがは、学校一の秀才であり、科学部の部長と言ったところだが、とても、女の子を招き入れる部屋ではない。
ロマンチックな要素の、かけらもない。
当惑して、彼の部屋を眺める、わたしであったが、そんな室内を見回す、わたしの目を引きつけたのは、部屋の片隅に置かれた、机の上にある一台の機械であった。
それは一見、プリンターのような形状をしており、ニ段の数字が等間隔に印刷された、テープみたいな長い紙を、どうやら放出口から、延々と刷り出しているみたいであった。
今も、わたしが注視する中、ピーッという警報音と共に、長いテープのような紙の上に、新たなニ段の数字が印刷され、それと共に紙の長さが、また少し延びる。
わたしが、興味を引かれ、その機械が載っている机に近づくと、星彦君も側に寄って来て、詳しい説明をしてくれた。
「その機械は、地球に近づきつつある二つの彗星。「黄蛇」と「青龍」の接近情報を逐一、データ化してるんだ。その機械が放出している長い紙には、ニ段の数字が、間隔を空けて、連続で印刷されてるだろう。それは、「黄蛇」と「青龍」の接近状況を、それぞれ数値化したものなんだ」
星彦君の言う通り、その機械が吐き出している長いテープのような紙には、何桁あるかわからない、横に長い数字が、ニ段ずつ等間隔に隙間を空けて、次々と印刷されており、その長さは、机の上から延びて、もはや、部屋の床に届きそうであった。
わたしは、こう見えて、数字には強いのだが、単に暗算が得意なだけなので、もちろん、そのニ段の数字が、何を表しているのかは、かいもく、理解出来なかった。
だが、よく見ると、横に何桁もある、そのニ段の数字のそれぞれの値が、印刷されるごとに、両方とも徐々に小さくなり、ゼロに近づいているのが何となく見てとれた。
おそらく、そのニ段の数字が、それぞれゼロになった時こそ「黄蛇」と「青龍」が、地球に激突する、最後の瞬間なのだろう。
わたしの顔に、暗い影がさしたのに、気づいたのだろうか。
星彦君は、ことさらに明るい声を出すと、わたしに部屋の真ん中まで来るよう、手まねきをした。
わたしが、星彦君の言葉に従って、部屋の真ん中まで行くと、そこには別のテーブルが置かれており、その上には、やはりというか、またしても奇妙な物体が載せられていた。
星彦君の説明によると、それはタイムカプセルなのだという。
金属でできた、ボールのような形状で、真ん中からパカリと二つに割れており、空洞である、その中身が、むき出しになっている。
言うなれば、半球のサラダボウルに、同じく半球の蓋がくっついており、その蓋を閉めると完全な球状となり、密閉された状態となる。
そんな感じだ。
だが、今はその容器の蓋は、パカリと開いており、テーブルの上に置かれた、それは、中に入っている物が、丸見えの状態となっていた。
わたしは部屋の真ん中で、テーブルの上に置かれた、その容器を、星彦君と共に、側で棒立ちになりながら見下ろしており、隣にいる彼に向かって、思わず疑問の声を上げる。
「猿田君。この入れ物何なの?中に色々、入ってるけど・・・」
すると、星彦君は、わたしと一緒に、テーブルの上の、その奇妙な容器を注視しながら、ため息交じりの声で言った。
「これは、タイムカプセルなんだ。中には、今まで、僕が研究してきた、様々なテーマに関する成果を、資料としてまとめたDVDとかが入ってる。後、自作の小説とかも」
彼は、そこでいったん言葉を切ると、テーブルの上の容器を、じっと見つめながら言葉を続けた。
「いずれは、どこかに発表したいと思って、ずっと頑張ってたんだけどね。でも、もう、それどころじゃ無くなったし、僕はこのカプセルを、家の庭に深い穴を掘って、埋めるつもりだよ。いつか、誰かに見てもらう為に。彗星がぶつかった後で、生き残っている人がいればの話だけどー」
少し遠い目をして、話し続ける星彦君を、横目で見ながら、わたしは、彼のその前向きな姿勢に、強い感銘を覚えた。
冷静になって見れば、全く意味の無い、おままごとみたいな事をしている、わたしとは、えらい違いだ。
そして、この家に着くまでに街で見かけた、今更、信じてもいない神に向かって、一心不乱に祈り、起こるはずの無い奇跡を願う、大勢の他力本願で、無知蒙昧な人々ともー。
そんな思いを抱いた、わたしは、隣に立つ星彦君に向かって、少し上擦った声で言った。
「猿田君て偉いね。わたしとは全然違う。それに大勢で集まって、必死に神頼みしている、この街の人達ともー」
しかし、星彦君は、そんなわたしの、おべっかじみた言葉を聞いても、ただ悲しげに首を振るだけだった。
「いや、俺だって、君や街で祈りを捧げている人達と、さしたる違いは無いよ。ただ少しだけ、方向性が違うだけさ。要するに、みんな、最後の悪あがきをしているだけなんだよ。でも、俺は、それが悪い事だとは、決して思わない。それに、街の人達のしている事だって、もしかしたら、無駄じゃないかもしれないよ。ああやって、大勢の人間が、心を一つに合わせて祈れば、何らかの奇跡だって、もしかしたら、起こるのかもー」
わたしは、星彦君の言う事に耳を傾けながら、顔をうつ向かせ、少し考える。
「ねぇ、猿田君。わたし達、人間を含めて、地球の生き物が、全部いなくなっても、いつの日か、また、地球に生命が、甦る日はくるのかしら。今と同じようにー」
星彦君は、わたしの質問を聞いて、しばらく押し黙っていたが、やがて静かな口調で言った。
「それは、少し難しいかも知れないね。地球に生命が生まれたのも、たまたま起こった、奇跡みたいなもんだし、隕石の衝突によって、そもそもの環境が激変すれば、多分、二度と同じ事は、起こらないだろう」
「そう・・・」
この星の、死の運命を宣告する、星彦君の言葉は、わたしの胸に深く突き刺さった。
そして、改めて思った。
わたし達が、この星の上で生きている、その事自体が、とてつもない奇跡だったのだと。
だとしたら、わたし達は、その事を深く自覚して、もう少し1日1日を、大事に生きるべきではなかったか。
そうすれば、わたし達の歴史は、少しは、ましなものに、なっていたのではないのだろうか。
もう少しー。
そんな風に、考え込む、わたし。
すると、意気消沈した、わたしを気遣ってか、星彦君は、テーブルの上のタイムカプセルを、指差して言った。
「ねぇ、天野も、このタイムカプセルの中に、何か入れて見ないか。もし、君が良ければー」
「・・・」
わたしは、少し考えてから、懐に入れていたカレーのレシピを、おもむろに取り出した。
そして、そのレシピが書かれた紙を、星彦君に向かって差し出すと、おずおずとした声で言った。
「これ、入れていい?」
星彦君は、大きくうなずくと、わたしから、その紙を受け取り、それを、目の前のテーブルの上に置かれた、タイムカプセルの中に入れた。
それから、同じテーブルを囲む、隣にいる、わたしに向かって、笑顔を向けると、静かな声で言った。
「明日の朝、明るくなったら、このカプセルを、裏庭に埋めよう。なるべく深くね」
そう言って笑う、星彦君に釣られて、わたしも思わず笑い出す。
「ハハハーッ」
「フフフーッ」
それは決して、心からの笑い声では無く、どことなく、哀愁を帯びたものではあったが、それでも、わたし達の間に。束の間、暖かな空気が流れる。
その時であった。
ピーという警報音と共に、部屋の隅に置かれている、例の機械ー。
急速に地球に接近する、二つの隕石の位置情報を記録している、プリンターの様な装置が、再び磁気テープを、長々と吐き出した。
何故か、わたしには、その機械の挙動が、今までと違うように、感じられた。
そしてー。
今まで、カーテンの閉まった、部屋窓の近くの床上に置かれ、ずっと耳ざわりな雑音を発していた、ポータブルラジオが、いきなり、はっきりとした声で、放送を始め、アナウンサーの声が部屋中に響き渡った。
「緊急ニュースです。地球に接近している、二個の隕石の内、「黄蛇」の内部で、何らかの崩壊現象が、起こったようです。これによって「黄蛇」は、その侵入コースを、大きく変えるものと思われ・・・」
[続く]




