その5
星彦君の先導で、彼の家の中に入ったわたしは、早速、2階にある台所へと案内してもらった。
その部屋の真ん中にある食事用のテーブルに、両手で抱えていた食材の入った紙袋を置き、ホッと一息つく、わたし。
星彦君には、まずはお茶でも一緒に飲もうかと言われたが、わたしはかなりテンパった状態にあり、とりあえずは、一人になって落ち着きたかった。
そこで、わたしは、星彦君には、今から料理を作るから、それが出来るまでは、別室で待っていてくれと頼んで、まるで追い出すかのように、彼には、台所から出て行ってもらった。
星彦君は、少しきょとんとした顔をしていたが、やがて肩をすくめると、隣の自分の部屋にいるから、何かあったら呼んでくれと言い残し、わたしを台所のある部屋に、一人きりにしてくれた。
わたしは、彼が部屋を出ていくと、あらためて一人きりになった、台所のある部屋を見回した。
そして、部屋の真ん中に置かれた紙袋から、料理の材料を次々と取り出して、テーブルの上に並べる。
わたしは、フンッと息を吐くと、部屋の中に置かれた調理器具を眺め、どういう手順でカレーを作るか、しばし頭を巡らせた。
調べた所、水道は出るし、前述した様に、自家発電システムが機能している為、電気製品も普通に使えるみたいであった。
だが、さすがにガスは止まっており、わたしはどうやって湯を沸かすか、頭を悩ませたが、結局、台所の棚に入っていた、カセット式のガスコンロを使うことにした。
台所の棚の奥からガスコンロを引っ張り出して、その上に水の入った大きめの鍋を置いて、早速、お湯を沸かす、わたし。
メンテナンス不足気味の水道管から出る、水の水質が少し心配であったが。蛇口をひねると、見たところ大丈夫そうだったので、わたしは、その水道水で沸かしたお湯に、次々と切り刻んだ食材を放り込んでゆく。
グツグツ、グツグツーッ。
ニンジンやジャガイモ、それに大きめに切った牛肉など、お鍋に入れた様々な食材が煮え立つと、やがてそれらは、グツグツという沸騰音と共に、湯の中で旋回し、優雅に踊り始める。
まるで生きている魚みたいな、その動きに魅入られながらも、わたしは市販のカレールーを手にして、それを鍋に投入するタイミングを、慎重に見計らった。
さて、使い慣れない台所で、孤軍奮闘する、わたしであったが、頭の中で何度もシュミレーションをして来たせいか、わたしは、何とかカレー作りに成功し、テーブルに完成した、それをメインとする手作り料理を次々と並べてから、隣の部屋にいる星彦君に対して、声をかけた。
星彦君は、隣の部屋から出て、わたしのいるダイニングルームにのっそりと入って来ると、テーブルの上に並べられた料理を見て、目を細める。
「こりゃ、美味しそうだ。まともな料理を食べるのは久しぶりだな」
彼はそう言うと、カレーライスを初めとして、スープやサラダなど、いくつかの料理の皿が並べられたテーブル席に、そそくさと座った。
そして、テーブルの向かい側に座る、わたしが、熱っぽい視線で見守る中、早速、メイン料理であるカレーライスを食べ始めた。
スプーンを使って、カレーライスを次々に口に運び、その顔に嬉しそうな表情を浮かべる、星彦君。
その表情は、普段はどちらかといえば、クールな彼からは想像がつかないほど、子供っぽかった。
かく言うわたしも、そんな彼の向かい側に座りながら、テーブルの上に置かれた、自分の分のカレーライスの皿に手をつけていたのだが、やがて、スプーンですくったそれを口元に運んだ瞬間、異変が起きる。
わたしの目から、突如として、涙が滝のごとく溢れ出したのだ。
「お、おい、一体どうしたんだ!?」
わたしの向かい側で、テーブル席に座る星彦君は、突如として泣き始めた、わたしを見て驚いたのだろう、思わず、素っ頓狂な声を上げる。
一方、わたしは、彼が、テーブルの向こうから、心配げに見つめる中、スプーンを片手で握りしめたまま、ポロポロと涙を流し続ける。
そう。
そうなのだ。
わたしは、こんな風に、大切な人の為に料理を作りたかったのだ。
毎日、毎日、こんな風に。
ずっとずっと作り続けて、しまいには飽いてしまい、こんなに美味しくは、感じられなくなってしまうほどにー。
それなのに。
もう二度と、作る機会は無いなんて、あまりに酷すぎる。
いや、それともー。
ただの一度だけでも、作る機会を与えられた事を、わたしは感謝すべきなのだろうか。
どこにいるかも、わからない、神様にー。
「おい、泣くなよ、天野。このカレー、すごく美味しいよ。こんなにとびきり美味いカレーは初めてだ。だからさ、泣くなよ。頼むからー」
星彦君は、わたしが泣いた事に動揺したのか、カレーを食べる、その手を止めると、懸命な口調で話し掛けてくる。
一方、わたしは、テーブルの向かい側から響く、そんな彼の言葉に耳を傾けながら、しばしの間、涙を流し続けていた。
[続く]




