その4
件の小学校を通り過ぎてからも、わたしは街のあちこちで似たような集団を見かけた。
公園や空き地、工場跡など見晴らしのいい広いスペースに、幾人もの人達が集まり、地面に整然と座り込んでいた。
そして彼らは、一様に夜空を見上げながら、それぞれ胸元で腕を組み、何やら口々に、祈りの言葉を唱えている。
恐らく、彗星が地球にぶつかる前に、何らかの奇跡が起こり、自分達の命が助かるよう、神に祈っているのだろう。
わたしは、夜の街中を歩きながら、そんな彼らの姿を見かけるたびに、何やら切ない気持ちが、胸奥から込み上げるのを感じた。
もちろん、今更、神になど頼っても、事態が好転する事はないだろう。
しかし、座して死を待つよりも、無駄だとは分かっていても、何かにすがろうとする、彼らの気持ちは良く理解できた。
わたしだって、似たようなものかも知れない。
わたしが今から、星彦君に会いに行こうとしているのも、客観的に見れば、単なる自己満足であり、意味のない悪あがきなのかも知れない。
もし、わたしの思惑通りに事が運び、わたしと星彦君の心が通じ合ったとしても、それは彗星が地球に激突するまでの間のつかの間の幸福に過ぎない。
だって、たとえ、わたし達が結ばれても、二人の未来には何も無いのだから。
まるで、ホタルかウスバカゲロウみたいな、命の終わりに一瞬だけ燃え上がる恋。
家族の静止を振り切ってまで、わたしがやろうとしているのは、そんな刹那的ではかない行動であった。
そんな風に想いを巡らせながら、街中を移動するわたしであったが、いつの間にか、わたしは、家々が立ち並ぶ路地を抜けて、大きな川が流れる開けた場所に出ており、その堤防沿いに作られた小道を、トボトボと歩いていた。
そして、そこからは、近くを流れる堤防に挟まれた大きな川と、その周囲に広がる河川敷の景色を、一望することが出来た。
ふと見ると、その大きな川に沿って広がる、草茂る河川敷には、大勢の人達が集まっており、たくさんのテントも張られている。
更に、幾つものかがり火が焚かれており、川面をオレンジ色に照らし出していた。
河川敷に集まっている人々の多くは、地面に跪いており、やはり彼らも、天に向かって祈りを捧げているようであった。
どうやら、彼らも、先ほどまで、わたしが街中で見かけた人達と同じく、人類の救済を、集団で神に向かって祈っているらしかった。
例年、この時期は、花火大会で賑わっていた筈の、河川敷の川原は、今や天に向かって祈りを捧げる人々で満ち満ちており、数多く立てられたかがり火と共に、彼らが放つ異様な熱気が、周囲一帯に、色濃く立ち籠めていた。
そう、それは、もはや、一種の宗教的空間といえた。
まるで、カルト教団の主催する、巨大な儀式のようだ。
かがり火で照らされた、大きな川の岸辺で展開する、その異様な光景を、堤防の上からしばらくの間、遠目で見下ろしていた、わたしであったが、何故か、段々と胸奥が苦しくなり、いつしか、いたたまれない気持ちになっていた。
やがて、わたしは、深いため息をつくと、今まで高みから見下ろしていた川辺に、くるりと背を向け、夜の道路を、目的地を目指して、再び歩き出す。
わたしの背後で、川面を照らし出す、かがり火の光がゆらめき、それと共に、絶え間なく聞こえていた、人々の唱える祈りの声は、徐々に遠ざかり小さくなっていった。
再び、夜の街を歩き出した、わたしは、堤防沿いの道を離れると、やや街の中心からは離れた、郊外の住宅が密集する区画へと、足を踏み入れた。
そう、そこに、わたしの目指す、猿田星彦君の家があるのだ。
似たような建売住宅が、密集して立ち並ぶ、一区画に足を踏み入れた、わたしは、その間を直線的に走る道路の角を、いくつか曲がると、やがて、たくさん建っている住宅の内、一軒だけ電灯が灯っている、二階建ての家の前にたどり着いた。
わたしは、その家の門をくぐって中に入ると、玄関口までスタスタと歩き、ドアについたブザーを、迷わず押す。
すると、しばらくしてから、ドアの向こうからドタバタと物音が響き、おそらく2階から降りてきたであろう、誰かの気配と共に、そのドアは内向きに開いた。
すると、その内開きのドアの向こうから、星彦君がひょっこり顔を出す。
「あれ?天野じゃないか。一体どうしたの?」
彼は、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になると、半開きだったドアを、内側に大きく開き、全身を露わにして、家の入り口の前に立つ、わたしと向かい合う。
内開きのドアのノブを持ったまま、家の玄関内に立つ星彦君と、その外で、開いたドアを挟んで、彼と向かい合う、わたし。
そんな、わたしは、その場で大きく息を吸うと、目の前に立つ星彦君に対し、思い切って言った。
今まで何度も、頭の中で練習した言葉をー。
「ほら、猿田君。前に、最後に一度だけ、カレーライスが食べたいって、言ってたでしょ。材料が手に入ったから、作ってあげる。一緒に食べよう」
星彦君は、わたしの言葉が意外だったのか、少し首をかしげて、考え込むような表情を浮かべたが、それでも大きくうなずいてから、わたしを家の中に招き入れてくれた。
「そんな事、いったっけ?まぁ、とにかく、中に入りなよ」
星彦君が支えるドアの脇を通りながら、彼の家の中に足を踏み入れる、わたし。
ドキドキしながら、玄関先で靴を脱ごうとした、わたしの背後で、彼が片手で支えていた内開きのドアが、バタリと閉まった。
こうして、星彦君の家の扉は再び閉ざされ、彼の元に押しかけて、手料理を食べさせるという、わたしの目論みは、とりあえずは成功し、無事に第二フェーズを迎えたのだった。
[続く]




