その7
急に言葉を吐き出し始めたラジオであったが、すぐにガーガーと雑音が入り、その声は聞き取れなくなってしまった。
一方、部屋の隅に置かれた、プリンターみたいな機械はといえば、耳障りな警報音と共に、相変わらず、数字が順列に書かれたテープを、断続的に刷り出し続けており、それが気になった、わたしは、その装置の近くまで、足早に歩み寄る。
わたしは、その装置の側に立つと、それが定期的に吐き出している、テープに記された二列ずつの数字を、目をこらし、じっと見つめた。
件のテープには前述した通り、二列ずつの数字が、少し空白を空けて、次々と印刷されていて、その長さは、すでに何メートルにもなっており、床上で、まるで蛇のようにのたくっていた。
わたしは、床上に垂れている、そのテープの先端近くに記された数字を、側で棒立ちになりながら、じっと見下ろしていたのだが、何故か、違和感を覚えた。
「これって・・・」
わたしの行動を、奇異に感じたのだろう。
星彦君も、側に寄って来て、首を傾げながら、わたしに向かって聞いてきた。
「どうしたんだ?天野」
わたしは、プリンターみたいな装置から床上に垂れている、長いテープを、おもむろに足元から拾い上げた。
そして、その先端を、側にいる星彦君に向かって差し出すと、そこに記されている数字が、彼に見えるようにした。
「この上下二列の数字、少し前から、列ごとに合計すると、両方とも、同じ値になってるよね。ちょっと前までは、それぞれ、バラバラの数字だったのにー。全体的には両方とも、段々と、ゼロに近づいてるみたいだけど」
その、少し空白をおいて次々と印刷されている、二列の数字は、それぞれ何桁もあり、しかも、両方とも、全くランダムな数字であったが、それは少し前から、列ごとに合計すると、ぴったりと同じ数字になる事に、わたしは気付いていた。
もちろん、それらの数字の意味する所は、わたしにはわからなかったが、わたしは暗算だけは得意であり、その数字の合計の不思議な一致については、すぐに気付く事ができた。
するとー。
「ちょっと、見せて」
星彦君は、わたしから、そのテープをひったくるみたいに持ち去ると、それを手に持ち、そこに記された数字を、じっと凝視した。
「こ、こんな事がー。信じられん」
星彦君は、そのテープを、しばらくの間、見つめ続けていたが、やがて何を思ったか、くるりと踵を返すと、今までいた部屋の隅から移動して、大きな部屋窓がついている、反対側の壁に向かって歩き出す。
わたしが、背後から見つめる中、星彦君は、部屋窓の近くまで行くと、それを覆っているカーテンを、左右に大きく開いた。
シャーという音と共に、星彦君が、カーテンを左右に大きく開くと、今まで覆い隠されていた部屋窓が、あらわになり、そこから外の景色が、わたしの目に飛び込んでくる。
大きな部屋窓からは、周辺に広がる灯りの消えた街並みの景色と、その上に大きく広がる星空。
そして、なによりも、まもなく地球に激突しようとしている、宙空に浮かぶ、二つの巨大彗星の、禍々しい姿が見えた。
あと数日で、順番に地球に激突しようとしている、それらは、まるで夜空に浮かぶ、二つの巨大な太陽であった。
だがー。
わたしが見る限り、それは、以前見た時よりも、両者の距離が、だいぶ縮まってきており、まるで反対側の方向から近寄っている、二つの巨大な光が、同じ場所を目指して、互いに先を争っているみたいであった。
わたしは、その光景に惹きつけられるかのように、フラフラと、室内を移動すると、星彦君の隣で、窓辺近くに立ちすくむ。
その直後だった。
窓際の床に置かれたラジオが、ガーガーという雑音を発し、それと共に、再びアナウンスが流れる。
「これにより、「黄蛇」の侵入コースは、大きく変わり、おそらく、反対方向から飛来する、もう一つの彗星、「青龍」と正面から・・・」
そんな、ラジオから聞こえる声に、耳を傾けていた、わたしに対して、一緒に部屋窓の近くに立つ星彦君が、静かな声で言った。
「見てごらん」
星彦君が指差す、その先には、わたし達がその前に立つ、カーテンが開いてあらわになった、大きな部屋窓があった。
目と鼻の先を遮る、黒々とした、それを通して、わたしは、家の外に広がる、星あかりに照らされた、周囲の様子を一べつする。
そこには、夜のしじまの中、静まりかえる家並と、その上方に広がる、怖いくらいに澄んだ星空。
そして、そこでまたたく、無数の星々を背景にして、ぴったりとくっついたように寄り添う、二つの巨大彗星、「黄蛇」と「青龍」の姿があった。
「「黄蛇」に内部で爆発が起こった事によって、その侵入コースが変わったんだ。そしてその新たな侵入コースはある時点に置いて、もう一つの彗星「青龍」のそれと完全に一致していたんだ。つまりー」
星彦君はそう言うと、巨大な二つの彗星がその向こうに見える、大きな部屋窓の方を、更に強く指し示す。
窓の向こうの、大きさの違う二つの彗星は、今やこれ以上ないほど、急接近していた。
まるで、二つの彗星の一部がくっついて、融合しているみたいに見える。
そしてー。
「二つの彗星が正面からぶつかるー」
星彦君の、その言葉と共に、彼が指差す、窓向こうの景色はかき消え、真っ白な光に包まれた。
わたしは、その激しい光に目がくらみ、わたしは隣に立つ星彦君の腕に、思わずしがみつく。
そして、その激しい光が収まると、窓枠の向こうの景色は一変していた。
夜空に浮かぶ彗星は、青い光を放つ「青龍」だけとなり、一方の「黄蛇」はといえば影も形も無くなっていた。
その代わり、数えきれないほどの流星が夜空を彩っており、まるで超巨大な花火が、空中で爆発したまま、静止したかのようであった。
何が起こったか分からず、呆然と立つわたしの隣で星彦君は、どこかホッとした表情を浮かべており、静かな口調で言った。
「「黄蛇」と「青龍」が正面から激突したんだ。小さい方の「黄蛇」は消滅して無数の流星になった。多少は地上に落下するだろうけど、ほぼ無害だよ。「青龍」も大きく進路を変えて地球に激突する侵入コースからは外れた。「黄蛇」が内部爆発によって急にコースを変えたおかげだよ。まさしく奇跡だ。こんな事が起こるだなんて思ってもみなかった」
そう言って、部屋窓の向こうの景色に、あらためて目をやる星彦君。
わたしは、その隣で呆然と立っていたが、二つの彗星が、両方とも地球に激突する事なく、一方は砕けちり、一方は地球から離れていっている状況なのは、なんとなくわかった。
つまり人類は、救われたという事だ。
その時また、窓の側の床上に置かれたラジオが、断続的にアナウンスを開始し、声を発し始めた。
「これにより、二つの彗星が地球に衝突する危険は無くなり、人類にとって未曾有の大危機は、回避されました。世界各国の政府は、次々と、安全宣言を発表しており・・・」
その時、わたしと星彦君が二人で見つめる、大きな部屋窓の向こうから、ガラス越しに、大きな音が聞こえてきた。
それは、無数の人々の発する、地響きのごとき、歓声と歌声であった。
おそらく、街のあちこちで祈りを捧げていた人々の集団が、一斉に喜びの声を上げているのだろう。
わたしは、あまりの事態の急展開についていけず、星彦君の隣に立ちながら、呆然と窓向こうの景色を見ていた。
そこには、いずこかへと飛び去り、地球から離れて行く「青龍」と、無数の流星となって夜空を彩っている、砕け散った「黄蛇」の、変わり果てた姿があった。
わたしは、その窓向こうに展開する、壮大な天体ショーを見つめつつ、思わずつぶやいていた。
「すごいー。こんな景色、二度と見れないね。でも、軌道を変えた、「青龍」は、どこに行ったのかしら?また、いつの日か、地球に戻って来るのかしら」
すると星彦君は、わたしと同じく窓の方を見つめながら、どこか遠い目をしていたが、やがて何故か、少し照れたような声で言った。
「そうだね。何百年、何千年か先に、地球に戻って来る日が来るかも知れない。流石に、その時は、地球に衝突するような事はないだろうけどー。まぁ、どっちみち、僕たちが、その光景を見る事は無いだろう。でもー」
星彦君は、そこまで一気にいうと、更に言葉を続けた。
「僕や君の子供や孫ー。いや、もしかしたら、ずっとその先の子孫たちなら、もしかして、見る事が出来るかもね」
そう言って笑う、星彦君。
その少年らしい、はにかんだ笑顔を見て、わたしも彼の隣で、一緒に笑う。
彼の言葉の意味は、相変わらず難しくて、わたしには、よく、わからなかったけれどー。
だが、少なくとも、今のわたしには、その事について、じっくりと考えてみる時間だけは、とりあえず、ありそうではあった。
[完]




