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召喚した使い魔が、隣国の氷の皇太子だった  作者: 岡達 英茉
最終章 「分水嶺の術」
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ただ、あなたを助けるために

 ゴダイバ帝国の皇太子宮殿は、混乱の極みにあった。

 普段は美しく整備された庭園の木々は、初夏にも関わらず葉がむしり取られて無惨な姿を晒し、噴水の水は竜巻に巻き上げられた土埃で濁っている。

 あちこちに置かれていた木のベンチは吹っ飛び、宮殿の外壁にぶつかって割れている。

 だが今、庭園の整備具合を気にする者は皆無だった。

 荒れた庭園の中心には、大きな木の棺が鎮座していた。

 棺の周りにはどう考えもて季節にそぐわぬ雪がこびりついており、陽射しを受けて白い煙を微かに上げながら、周囲に冷たい空気を漂わせている。

 狼狽する兵達にバシレオスが棺を建物の中に運び入れるよう、矢継ぎ早に命じている。

 バシレオスは自分が召喚陣を閉じる寸前に、そちらに近づきすぎたシェリィが陣内に吸い込まれるのをはっきりと見た。そして妖精界と人間界を繋ぐ召喚陣が消えた時。

 シェリィの姿はどこにもなかったのだ。

 こうなれば考えられるのは、ただ一つ。

 シェリィは妖精界に渡ってしまった。

 バシレオスは彼を宥めるブルーノの手を振り払い、芝の上に落ちていた布袋を拾い上げた。

 そうして召喚陣を作り出すための術具である絹の糸や、ダイヤモンドを再び地面に撒き始める。

 ブルーノはバシレオスから布袋を取り上げ、怒鳴った。


「何をなさるおつもりですか! まさかもう一度召喚陣を開くおつもりではないですよね⁉︎」

「開くに決まっているだろう! シェリィを助けなければ」

「時間をおかずに二度も高度魔術をするなど、無謀です! 下手をすれば御命に関わります!」

「だがシェリィが妖精界の魔獣の生息地に放り出されていたら、どうする! 海の中だったら?」


 そうだとしても、皇太子を失うわけにはいかないブルーノは、芝に規則的に置かれた絹糸を屈んで手で散らし、バシレオスの魔術の邪魔をする。

 バシレオスはブルーノを一喝しようと口を開きかけ、言葉を呑みこんだ。中庭を見下ろす回廊の中から、皇帝がやってくることに気がついたのだ。

 皇帝の目はすっかり据わっており、怒りのあまり青筋を立てながらバシレオスの方へ歩いてきていた。


「皇太子よ、これは何ごとだ。急な庭園の改装か?」

「少々高度な魔術を試してみただけです。魔獣討伐で負った怪我の療養の後は、魔術を使っておりませんでしたので、最近腕が鈍っておりまして」

「この馬鹿者! みえすいた嘘をつくな。ゴードンが会議中に血相を変えて皇宮を飛び出すほどの魔術の、どこが『少々高度』なものか!」


 名を出されたゴードンが、皇帝に向かって深々と頭を下げて説明をする。


「殿下をお止めできず、申し訳ございません。シェリィ・キャドベリー嬢が、誤って妖精界に吸い込まれてしまったようです」


 皇帝は口を真一文字に結んだまま、バシレオスを睨みつけた。

 バシレオスはてっきり皇帝が「そんな娘は放っておけ」と言うだろうと身構えたが、皇帝はようやく口を開くと意外なことを言った。


「――助けられる公算はあるのか?」

「もちろん、あります。そして今この時が、彼女を助ける唯一のチャンスです」

「もし連れ帰れなかったら潔く彼女を諦めて、そなたは余が選んだ令嬢と結婚しろ。それも無理ならば、第四皇子のアダムがそなたの代わりに皇太子となる」

「どちらも俺はお断りです。連れ帰ったらシェリィを俺の妃にします」


 皇帝はここでなぜかゴードンに視線を移した。

 物言いたげにゴードンと目を合わせた後で、皇帝は肩をすくめた。


「見上げた自信だ。ならばやってみるがいい。シェリィ嬢を連れ帰れたなら、そなたの覚悟は誰もが認めるだろう。その時はシェリィ・キャドベリーが皇太子妃だ」


「そのお言葉、たしかに頂戴しましたよ」とバシレオスが自信みなぎる声を張り上げ、途端に彼を中心に爆風が起きた。

 中庭にいる皆が風から目を庇い、顔の前に手を掲げる中、バシレオスは右手を広げて召喚陣を作り出し始めた。

 ブルーノが散らしたはずの絹の糸が、まるで生き物のように所定の場所に戻され、輝きながら円形の召喚陣へと変貌していく。


「うわっ、なんて魔力だ」


 皇帝が自分の息子の魔力の大きさに驚愕して後ずさる中、ゴードンはバシレオスの背中を厳しい表情で見守った。

 ゴードンはバシレオスが再び先ほどと同じ妖精界の一点に召喚陣の焦点を合わせることは、至難の業だと分かっていた。

 この場にいる者は誰も気づいていないかも知れなかったが、二度目のせいかバシレオスの召喚陣は欠けている部分あり、いつもの彼の魔力量に比べて、輝きが弱い。

 ――このままでは、失敗は必至だ。

 ゴードンが歯を食い縛り、バシレオスを止めるために声をかけようとした矢先。

 バシレオスがゴードンを振り返り、彼の方に左手を伸ばした。


「シェリィの魔力を俺が探す。だからゴードン、そなたも追って召喚陣を開いてくれ」

「殿下? それは一体どういう……」

「バードとシェリィの二人を召喚するのは、不可能だ。だがそなたと二人で同時に召喚陣を開けば、二人を一緒に通すことができる」

「そう仰っても。アタシも流石に二人で一つの召喚陣を開いたことは、ございませんよ?」


 魔術が起こす風に遊ばれる長い髪を片手で押さえて、ゴードンが冷静に言った。

 対するバシレオスはゴードンの言葉にまるで動じることなく、力強く尋ねる。


「やったことがなかろうと、そなたなら可能だ。そなたは世界一の魔術師だろう?」

「そっ、それはもちろん、そうですけれど……」

「俺も世界でただ一人、そなたにだけなら俺の魔術の手綱を握らせてもよい」


 輝く笑顔で自信満々にそう言い切り、バシレオスは自分が作り出した召喚陣が白い雪原を映し出したのを確認するや否や、中に飛び込んだ。

 庭園に詰めかけた者達が、恐怖と驚愕の混ざった悲鳴を上げる。

 だがゴードン身の内からは、ふつふつと笑いが込み上げた。

 興奮のあまり、ゴードンの腕に鳥肌が立っていく。


「まったく。なんて方なのかしら? 躊躇なく飛び込むのね」


 何より、ゴードンが手を貸すことを、微塵も疑っていない。とんでもない重責を課していったにもかかわらず。

 自身に寄せられた強烈な信頼に、胸が焦げるほど熱くなっていく。

 皇太子にそこまで言われたら、やらない選択肢はない。

 ましてや十年前、船から飛び降りてなお、皇太子を守った父の死を無駄にするものか。

 ゴードンはローブの袖をまくり、逞しい腕を露出させた。

 目をカッと見開き、身の内に眠るあらゆる魔力を一気に引きずり出し、全身全霊で叫ぶ。


「筆頭魔術師の誇りにかけて、やってやろうじゃないのぉおお!」


 自他共に認める世界一の魔術師が、ありったけの魔力を込めて魔術を発動させる。

 その波動たるや、庭園にいる者達が立っていられないほどの地揺れを引き起こした。

 輝きの弱まっていくバシレオスの残した召喚陣に向けて、ゴードンが右手を伸ばす。

 バシレオスの召喚陣を引き継ぐため、ゴードンは野太い声で詠唱を始める。


「古の妖精女王を導きし、異界への道よ。我が足元に開け!」


 弱体化しつつあった召喚陣が、息を吹き返したように燦然と輝きを放つ。ゴードンの意気込みに比例したのか、それは彼が今まで作り出してきたどの魔法陣よりも眩く、あまりの光量に庭園にいる者達はゴードンを除き、誰もが目を覆って召喚陣から顔を背けた。


「我はゴダイバ帝国、筆頭魔術師のゴードン。人間界で最も偉大なる魔術の使い手なり。この力に応える妖精を、妖精界より呼び寄せんとする」


 ゴードンがたぎる思いを込めて、召喚陣に赤い目の焦点を合わせる。


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― 新着の感想 ―
昨日はバード良かったぁと嬉し涙を流し安堵したものの、 シェリィ、ゴードンいるから大丈夫とか言ってるけど色々お願いしてる暇なんてなかったし、ゴードンてば皇帝と何やら密約あるっぽい雰囲気醸してたけどホント…
最高のクライマックスですね! バシレオスもゴードンも、めちゃくちゃかっこいい! 映像が目に浮かびます!
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